第2章 ~カフェ開店編~
僕はショタ。
昔は人間だったけれど、天に召されて生まれ変わり、一匹の子猫になった。
猫になった事は人生最大のショックだったけれど、家族のいる家を探し必死で走り、家族の前で一生懸命鳴いて、漸く飼ってもらう許しを得た。横山ショタと命名された。
そう、家族と暮らすことができたのだ。家族は、終ぞ僕だと気付くことは無かったかもしれない。それでも、家族の中で暮らすことができて、僕は小さな幸せを感じる毎日を過ごすことができた。
それから十四年だったかな、十五年だったかな。結構長生きして大往生ってやつを経験した。どこからが大往生のラインか判らないが、十五年前後なら猫として大往生と言っても差し支えは無いだろう。
それでだ、大往生した僕はまた何かに生まれ変わることになったらしい。ここの線引きが良くわからないのだが、人間時代に悪行三昧の輩は、生まれ変わることはできないのだそうだ。この世と来世のマッチングを生業とする、ふてぶてしいブサ猫、黒猫ジョーイが言っていたから、たぶん間違いないのだと思う。
さて、今度は何に生まれ変わるんだろう。
人間かなあ。
犬かな。
鳥かな。
モグラは陽に当たれないからパスしたいなあ。
暗く、長い、長いトンネルの先に光がぼんやりと見えてきた。さ、急ごう。トンネルの中ではゆらゆらと身体が流れていくみたいな感覚で、自分が何に生まれ変わったのか見当もつかなかった。生き物であることに間違いはないようだが。時間の感覚も良くわからなかった。ゆっくり、ゆっくりと時感が僕自身を育みながら流れていくように感じた。
いくらか眠っていたのだろうか、気が付くと、目の前にキラキラと光る虹色の門が見えた。建造物ではないし、俗にいう虹のアーチでもない。光が反射して逆U字の門を象り、その門をくぐって現世に飛んでいく仕組みのようだった。飛ぶとはいっても、実際に飛ぶのではなく、一歩を踏み出す、といった感じか。人間の赤ちゃんなら「オギャー」と泣くように。
さて、だんだん門をくぐる順番が近づいてきた。
そう、ここには沢山の生まれ変わるべき霊珠があるらしい。霊珠とは、善き魂の総称だそうです。それが皆で並んで順々に門をくぐる。順番を侵そうなんて不届きモノはいない。そんな根性あったら、生まれ変わり組に入れないはずだから。
あと五人、あと四人、あと三人・・というところで、前の前にいた霊珠が滑り落ちていった。どうやら、早く生まれ変わりたい衝動に駆られ、前の霊珠を押し倒したらしい。不届きモノがいるとは知らなんだ。自己中心に値する罪だな。いざ順番が来たその時に、罪深き霊珠は門内と門外の狭間に堕ちていくという罰が待っていた。それを見た後ろの霊珠たちは大人しくなった。驚いたのだろう。
僕だってびっくりして、後ろにいる霊珠にぶつかってしまった。声にならない声で「御免なさい」と謝った。後ろからはすごく柔らかく温かい風が流れてきた。許してくれたらしい。
さて、とうとう僕の順番が来た。
狭間に堕ちないで門外に出ることができるだろうか。心配だったが、順番が来たものは仕方ない。するするというよりも、よちよちと少しずつ進んだ。すると、ふわりと浮遊したような感覚と、青い光と言ったらいいのだろうか、ちょっと表現が難しい、よく夜の楽街に光るイルミネーションの青よりも彩度がない青白さ、といった表現が適切かもしれない。かといって、眩しいような白さではなく、落ち着いた色調の世界が僕を包んだ。そして、僕は眠りに就いた。
目が覚めた僕は、辺りを見回した。
青空がある。草木がある。すぐそばに建物が見える。
人間でないことだけは確定だ。
人間なら、病室で産まれるから青空が見えるわけがない。
そうか。また何か動物に生まれ変わったんだ。それも、青い空が見える動物に。
さて、と・・・ここでハタと気が付いた。
生まれ変わるときは、前世の記憶を失くすとジョーイに聞いた。何故、僕は僕が僕であることを知っているのだろう。人間であったことも、今、人間でないことも知っているのだろう。何か不具合でもあったのだろうか。
ジョーイも居ないし、誰も教えてはくれない。まあ、自分が何者であったとしても、過去の記憶があって悪いことはないだろう。まずは、今の自分がどんな種類の生き物であるか、それを確認する作業が僕を待っていた。
すぐにわかった・・・。
下を見たら手があった。
手を見たら、猫の手だった。
それも、前と同じトラ猫。
また猫かよ~。というのが本音だったけれど、そこはまあ、猫の一生を知っているから別に痛くも痒くもない。用心すべき食べ物も知っている。
ただし、青空ということは野良猫なわけであって、僕は野良生活を体験したことがただの一日もなかった。前は自分の自宅に走り家族に会い、すぐに家の中で飼ってもらえたからだ。お風呂も入れてもらったし、ご飯ももらった。トイレは家の中だった。
ここが何処なのか、さっぱり、ちっとも、まるっきり判別不能。
歩いてその辺を散歩するしかあるまい。野良猫生活への不安で一杯だった。
手を見る限り、まだ子猫だったし。
どうやって食べ物を盗ればいいのだろう。確か、猫は雑食だと聞いた。餌をあげたお礼に、雀とか蛙とかが玄関前に置かれていると噂に聞いたことがある。
ということは、其れ等は餌というわけだ。肉系が駄目だったら、草でも食べよう。自宅にいたときも猫草というものを無理矢理食べさせられていた。なんかその辺の草でも食べればいいんだろう。なんとかなるかどうかわからないけれど、兎に角、一歩進んでいかなければ。折角また命と心を授かったのだから。
とはいえ、道は厳しかった。茨の道、といっても過言ではないくらいだ。肉食系にはありつけず、草を食べれば下痢をする。
たまにコロリとしたご遺体は、他の先輩猫たちが目を光らせながら食べていた。それでも、三日ほどはお腹が空かなかったのだが、四日目にはかなり状況は差し迫ったものに変化していた。ちくしょー。スーパーに入って猫餌、猫缶は開けられない。ドライフードの箱を齧ろうか、とさえ考えたくらいだ。
泥棒という罪を働く勇気もなく、何を食べればいいのか本当に困っていた。歩みは段々よろよろとよろめいたものに変わりつつあった。気付いたことといえば、此処は僕の自宅付近ではなく、別の町だということくらいだった。だんだん、意識が遠のいてきた。混濁といったらいいのか。
何故かわからないがジョーイの顔が浮かんだ。
その時、周囲が騒然となった。先輩猫たちが一斉に何処かへ去って行く。何があったのかわからなかった。僕は動ける体力もなかったから、そのまま其処で蹲っていた。
近寄ってきたのは、どうやら、保健所とかそういうお役所関係の車と人だった。猫とか野良動物を回収する委託の車なのだろう、捨て猫野良猫一掃作戦。みんな纏めて、はい、保健所へー、動物センターが貴方をガス室へ誘いまーす、という流れだ。
どうりで元気のいい先輩猫たちは皆逃げ出したわけだ。
僕はもう、逃げ出すことが出来なかった。走る体力が無かったのだ。委託回収の人たちは、僕を動物というよりもモノ扱いしているように感じられた。向こうはどう思っていたか知らないが。網で捕まえられ、車の中にあるケージという大きなカゴに入れられた。何匹か捕まった猫たちがいた。ほとんどが僕のような子猫だ。大きな猫は逃げてしまうのだろう。今日の収穫は、どうやら僕を含め十数匹。一日でこんなに捕まるのかとびっくりだった。ほとんどが雑種の子猫だが、ロシアンブルーとペルシャの 純血種が二匹混じっていた。飼い猫から置き去りにされ、捨てられたのかもしれない。で、昔の僕よろしく何でも与えられ育ち外での生き方を知らない彼らは、餌を取れず体力不足となったに違いない。
そういえば、星羅たちが話していた。春と秋は子猫シーズンだと。
周りが皆子猫だということは、今は春か秋なのだと。風の冷たさはあるけれど、陽射しの柔らかさからして、今は春だと推測した。子猫は普通母猫と一緒だ。何かで逸れない限り、僕のように悲惨な目に遭うことは無いだろう。それとも、母猫が居ないときに揃って子猫だけが捕まったのかもしれない。
気の毒だが、自然界は厳しい。僕も含めて。
保健所らしき建物に着いた。
ケージが何処かの部屋に運ばれた。人々が集まってきた。誰かわからない。職員の人なのか、外部の人なのかも僕には判別不能だった。その人たちは、僕たちのことをじろじろと眺めていた。
結局、僕たちには少しばかりのご飯が与えられた。それでも、何日も食べていない僕からすれば神の手からご飯がもらえたような気がした。その晩から、猫部屋みたいなところで何日か過ごした。気が付くと、雑種でないロシアンブルーの猫とペルシャ猫、彼らはいつの間にか姿を消していた。周りの猫たちが喋っているのが聞こえた。今回は猫語が理解できた。
「たぶん、あいつら何処かに貰われていったのさ」
「いいよな。俺たちはあと数日で動物センター行きだろう」
「ここは動物センターに着いたら、すぐガス室に送るっていうからな」
「送らないところもあるのか?」
「あるらしい」
耳を広げて会話を聞いてみた。概要はこうだ。
どうやら、この自治体では回収した動物たちを総て動物センターに送り、飼い主を募ることなく、すぐにガス室で殺処分するらしい。猫や犬などの小動物がその対象になる。
それに対し、すぐガス室に送らない自治体があるのだという。まず、犬や猫などの保護団体と連携し、生きるのが難しい犬猫或いは狂犬病の犬は殺処分となるが、生きていける犬猫は保護団体に預けられ、そこで里親を探すのだ。里親とは、ペットショップで犬猫を買うのではなく、野良犬野良猫等を拾い育ててくれる人たちを言う。
ちなみに、そういう里親制度なりを使って殺処分ゼロを目指している自治体は、日本中を探せば結構あるらしい。殺処分ゼロを達成した自治体もあったという。そういった自治体は、殺処分にもガス室を使わない。外国の死刑囚のように、注射などを使い苦しまない方法をとるのだそうだ。反対に、毎年何千匹もガス室に送って窒息死させている自治体は相当数に上る。
というところだ。
僕自身人間の時代もあったわけだから、そんな怖い方法を取らなくても済む方法を考えてみた。自治体だって、好きでアウシュビッツみたいなガス室に送っているわけではないだろう。注射液ってのは往々にして金がかかる。見ろ、インフルエンザ予防接種なんぞいくらかかるやら。あれを何千匹に打っていたら財政破綻してしまうわ。
それなら子猫減らす方法考えた方が早い。そうだよ、野良猫親世代にオペすればいいのさ。そうすりゃ子猫が減る。ガス室で苦しむ子猫も減る。どっかの外国では殺処分せずに保護されてるって聞くぞ。
日本もそのくらい動物愛護に関心のある国であって欲しいものだ。今の日本を顧みれば、動物愛護に関してなら先進国よりは後進国の部類かもしれない。
食べないからまだいいって?
そりゃあキミ、動物を食べる習慣は、ある意味文化なのだよ。
誰だって食べるときには感謝の念を忘れない。「いただきます」と。
感謝の念をもって腹を満たすのと、ガス室でガスに満たされるのでは、「満たす」の言葉こそ同じだけど意味は正反対じゃないか。
小さき者を愛せる、弱き者を愛せる、それでこそ何事においても先進国として威張ることができると思うのだが。
間違っているか?
にしても、やはりガス室送りは勘弁してほしい、イヤだよ。
第二次世界大戦時、悪に纏わる権化の下、怯えながら連行された人種がいるという。彼らは悪いこともしていないのに、人種が違うというだけでガス室に送られ最期を迎えた。僕らもひょっとして同じじゃない?
人間じゃないからガス室送りで最期って。
生きる権利を侵害しないで欲しい。
人間だって動物だって、地球という生命体が生きることを許してくれた命なんだから。あ、僕は地球生命体説を唱えている。恐竜も栄えたけれど、地球に害を為したから全滅した。人間だって、地球に害を為すようなら、いつか滅する運命なのかもしれない、と。
ああ、そんなことを今、力説してる場合じゃない。
やだよ、やだよ。どうせなら保護団体に譲渡して里親探ししてくれよ。
ほら、こんな僕でもどっかの誰かが拾ってくれるかもしれないじゃ・・そんな都合のいい話もないな。
幸先の悪い生まれ変わりだなぁ、と溜息を漏らす僕、ショタなのであった。
ショタ、か。
人間時代の名前が将太だから、猫になってショタになった。懐かしい名前だ。もし、誰かが飼ってくれるなら、またショタと呼んで欲しいものだ。
数日が過ぎた。
大きな車がやってきた。ケージの中の動物たちは皆、鳴き喚いた。動物センターに移送されるからだ。数日間、ご飯は死なない程度に。お風呂もなし。汚いままでガス室か。このまま、天に召されるのか?僕はそのために生まれ変わったのか?
そういう運命もあるかもしれないけど、一発逆転、ドラマやマンガのような展開を望んではいけないのかっ?
ああ、なんてこった。
ああ、なんてこった。
子猫で何の力もない僕。抗うこともできず、ケージごと車に移された。そしてドアが閉まり、中は真っ暗になった。まるで、ここにいる動物たちの未来色のようだった。 皆、ガス室を思い打ち拉がれ、声を出すことさえ無くなった。何時間揺られただろうか。信号待ちではない、車が止まったのが解った。動物センターに着いたのだろう。
動物センター。
なまじ噂に聞いていたからか。僕にはやはり第二次世界大戦中の捕虜収容所に思えた。そんでもって、センターの中にケージが移されてからがまた怖かった。僕たちは子猫。他に、大人の猫や犬が沢山いたのだ。
ぎょえー。
この人、いや、この犬猫さんたちと幾日かご一緒するんで?ご飯は一匹ずつ最後まで食べさせて貰えるんですかい?ここにきて大人猫だけ一人食いなんて、それは無いっすよ。天に召される運命体なら、みんな同じ条件でないと不公平っス。
僕も含め、怯えビビッていた子猫軍団。
でも、意外や意外、大人の犬猫さんたちはみんな優しかった。
そうか、大人犬さんたちは狂犬病予防があるからかなり厳しいだろうけど、大人猫さんなら逃げかますのは簡単だったはずだ。子猫たちを守るため逃げられず一緒に捕まったのかもしれない。だからなのか、僕たち子猫軍団にとても優しくしてくれた。みんなで怯えながらも、一夜を明かした。
二、三日経っただろうか。いつガス室に行くのかと思うと、考えるのを止めたくなった。
現実は厳しかった。ついに、一部の犬猫たちのガス室送りが決まった。
職員が一匹ずつケージからだし、優しく抱っこして頭を撫でながらガス室に連れて行く。ケージから出された子は、抱っこの瞬間、皆ガタガタと震えた。
次は誰?次は誰?その繰り返しが続き、ガス室が一杯になると鳴き叫ぶ声が建物内に反響した。しばらくすると、その声は止んだ。
泣けなかったけど、悲しくて、悲しくて、怖くて、怖くて。この国の動物愛護精神の欠如に腹が立った。
犬猫をガス室に送るなら、人間も同じように送ってみればいい。
たぶん、ガス室の怖さや辛さを知っている国の人々は、ガス室を絶対に使わないだろう。
原子爆弾を投下され被害の甚大さを知っている人々が、原子爆弾を使いたくないと思考するのと同様に。
今更、何をいっても避けようのないこの運命。それなら、いつの日にか人間に生まれた際には、動物愛護に勤しむ覚悟をもって最期の時を迎えようじゃないか。
神よ。僕の運命を託そう。
と、周囲がまた騒がしくなった。ガス室第二弾か。いや、猫声の種類が違うようだ。
何事かと耳を澄ませた。人間の声が聞こえた。
あっちゃー。前世でもショタとして人間の言葉理解度120%だったけれど、またもや同じ構造になっているらしい。
動物センター職員以外の人間が何人かいるようだ。
何だろう、と思っていたら、扉が開いた。僕たちのケージの方に女性が近づいてきた。
「はい、こちらにいる猫たちを全て引き取る意向です。自治体との覚書もあります」
「猫だけでいいですね」
「犬は定期的に譲渡会を開いているでしょうから、後程。我が団体は、猫保護中心に保護活動を続けています」
「全部連れて行くんですか。三十匹ほどいますよ」
「ええ、すべて。犬については他団体とコンタクトをとってから連絡します」
職員がケージを開け、僕の隣の子猫を引き出した。その子は、人間の言葉が解らないからガス室に連れて行かれるのだと思ってガタガタ震えた。女性が声を掛けた。
「大丈夫よ、みんなでお家に行こうね」
それでも、彼の震えが止まることは無かった。
センターにいた猫たちすべてが、別の綺麗なケージに移され、車二台で小一時間ほど移動した。もう少し早く来てくれれば良かったのに。そしたらガス室で虹の橋送りにならなくて済んだ子が沢山いたはずだ。
今更言っても仕方ないけど、「たられば」を豪語したくなる僕だった。
先に虹の橋に行ってしまったみんな、今度は幸せに生まれ変わってくれ。
さて、そうこう考え汚い身体をぐにゃぐにゃさせているうちに、どこかに車が停車した。そこには、猫たちが保護されている施設があった。
びっくり。
こういう団体、本当に存在したのね。
で、みんな忙しそうに働いている。ご飯を準備したり、お風呂に入れたり、トイレを掃除したり。
そうそう、保健所から動物センターに至るまでの何が困ったかって、トイレだよっ!
自治体の猫トイレが汚いのなんのって。いや、あれはトイレと呼ぶには余りにお粗末な代物だった。そこらへんで勝手にやってね状態。僕のように人間として生まれ人前で排泄したことの無い猫にとって、あんなトイレは拷問に近い、いや、拷問だ。
ご飯が少しなのは我慢できたけど、トイレだけは本当に酷かった。せっせと綺麗にしてくれているところを見ると、此処はそんなこともなさそうだ。
センターから着いた猫軍団も、最初お風呂に入り汚い身体をさっぱりと綺麗にしてから、夕飯を食べた。
ご飯を食べ安心したのか、僕は瞼が重くなってきた。猫に瞼なんてあったっけ・・・などと考えながら、夢の世界に誘われていくのだった。
「・・・本当に、幸せな処に来たと思うか?」
夢の中で声が聞こえた。
あまりにリアルな言葉だったので声のする方向を振り向いた。
其処にはジョーイがいた。
「・・・本当に、幸せな処に来たと思うか?」
ジョーイは繰り返した。
僕は聞き返した。
「どういう意味だ?」
「そういう意味さ」
「じゃあ、此処は幸せな場所じゃないっていうことか」
「いや、全てが不幸なわけじゃない」
ジョーイの言い方はいつも勿体ぶっていて、わからん。
「半々みたいな言い方だな」
「まあ、飼い主や引き取り主によるってのは何処も同じだけどな」
「なら、運によりけりじゃないか」
「その運が問題なんだよ」
ジョーイの目が見開かれ、はっきり言って・・・もの凄くブサイクだった・・・。
「明日、此処に二人の引き取り手がくる。どっちも保護団体だ」
「で、何がどうなるんだ」
「一人は問題ない。もう一人は、かなり悪質な奴だ」
「何か裏でもあるのか」
「まあな」
「教えてくれよ」
「やだ」
「なんで」
「さっき、ブサイクって言った」
そうそう、ジョーイは心の中で思ったことが読めるのだ。
「あ。腹の中が解るんだったな、ごめん、ごめん」
「しゃーねぇな、悪質なヤツの手口、教えるか」
「頼むよ」
「一匹程度かな、各団体から引き取るのは。その後虐待して身体を不自由にしてから『私この子を保護しました、こんな状態だったんです、どなたか治療費を寄付してくださいますか、こういった子が沢山いるんです』って、虐待後の写真をブログに貼って金をせびるって寸法よ」
「詐欺じゃないか」
「そうさ、それも極めて性質が悪い。人間の結婚詐欺のが余程マシさ、死なない分にはな。ああ、相手を殺した結婚詐欺も結構あったな、イヤだねぇ、人間は」
「どうやって見分ければいいんだ」
「教えられねぇ」
「冷たいな」
「俺の生業知ってるだろうが。こうやってリークするだけでも、知れたらお目玉さ」
「そうなのか。じゃあ仕方ないな」
「お前は引き下がりが清々しいから気に入ってんだ。もう一言、加えてやる」
「虐待で寄付金詐欺。さあ、誰に相談する?」
「相談できる人間なんていないよ」
「アホが。何のために前世の記憶繋いでんだ」
「あ!そうか!」
そう、僕の娘は司法試験に合格した。
僕が無くなった日だから覚えている。悪い奴を捕まえるような素振りだったから、もしかしたら検事になっているかもしれない。寿命はちょいと縮むけど、猫たちの危機だ!星羅の夢に渡るぞ!
「でもさ、ジョーイ。夢に渡るには可能な範囲があった気がするけど」
「幸せを届ける、不幸をなくす、みたいなもんだ。今回は黄泉の魔女退散だから、行ける」
「そういう意味もあったのか。ありがとう、ジョーイ。星羅の夢に渡ってみる」
「おうよ。不幸な猫が減るといいな、の前に、明日はお前が引き取られる可能性もあるから気をつけろ」
「どうやって気を付けるんだよ」
「わからん、俺も実物を拝んだことは、ねえからな」
まったく、肝心な部分だけは必ずはぐらかす奴。
でもいい奴だ。わざわざ夢に来てくれた。
ジョーイは現世から来世にかけてのマッチングを生業とするブサ黒猫だ。御免、普通ならブサカワと言ってあげたいけど、お世辞にも言えない奴の顔。おっとっと、聞こえたらまた蹴りが入りそうだ。
明日はどうやら勝負の日になるらしい。明日だけではなく、毎日がそうなのだろう。どんな人間が貰ってくれるかわからない。いい人もいれば、先ほどの話まではいかなくとも虐待を繰り返す人だっているだろう。本当に、いろんな運命があってその糸は複雑に絡まり合っている。運命の糸に何かしら色がついていたとしても、解すのは容易なことではないだろう。人間の社会は面倒にできているからな。
っと、さっき俺の隣に寝ていた猫がいた、同じようなトラ模様だ。はた目にはあまり見分けがつかないかもしれないが、肉球がピンク色なのが相手のトラ猫だ。僕の肉球は茶色&黒だったっけ、と思って起きてみたら、向こうも起きてこちらを睨んでいる。つーか。かなり意地悪してきやがる。ご飯を隠したり、毛布を汚したり。ははーん、そうか。自分が幸せな処に行きたいのだろう。大丈夫だ、トラ猫希望の人が来たら俺は隠れるからさ。幸せになれよ。はて、トラ猫なのになんで肉球がピンクなんだろう。
っと、こんなガンの飛ばしあいしてる場合じゃない。
星羅の夢に飛ばなくちゃ。昔の親父姿なんて今更恥ずかしいけど、仕方ない。今晩決行だ。星羅はかなり忙しいらしく、こちらに眠りの念が届いた時間が遅かった。真面目に仕事に取り組んでいるんだな。
さて、寝入ったところで、夢に飛ぶぞ。おーい。
「星羅、元気にしてたかい」
「あ、お父さん!いつも若いね、あたしもお父さんの歳に近くなったよ」
「そうか、あれから大分経ったんだな」
「ところでどうしたの?」
「お前にお願いがあって。ショタみたいな野良猫たちのことだ。保護団体から猫を引き取り、虐待して酷い身体にしてからブログに載せて『寄附を募る』という詐欺を働いている女がいるらしい。ブログには必ず酷い状態の猫しか載せないそうだから、もしかしたら分かるかもしれないと思ってさ。でも、忙しそうだな」
「大丈夫、あたし、念願の検事に成れたから。一緒にお仕事手伝ってくれる同僚さんもいるし、今いる部署がとってもいい雰囲気なんだ。何かの折に話してみるよ。場所が分ればばもっといいんだけど、調べてみる。インターネット検索でヒットするかもしれないし」
「ありがとう。お前は昔から優しかった」
「お父さんが優しいから。お父さんを目指して生きてるんだ」
「岩本にも優しくしろよ」
「わかってるよ。お母さんと仲良しだから、それだけで幸せそうだよ。前のDV妻の話聞いてさ、手首見せられて泣いちゃったよ。今ならあたしが捕まえて罪に問うてやるところだ!」
「岩本、泣いてたろ」
「うん」
「みんなに伝えてくれ、幸せにって」
「わかった、お父さん、ありがとう。夢で逢えただけで幸せだよ」
ふう。夢へ飛ぶのは半端なく体力消耗する。それでも、久々に星羅の顔を見た。随分キャリアっぽくなってきた。あの様子じゃ、仕事一筋に脇目も振らず歩いているに違いない。たまには脇を見ろよ、大切な証拠があったりするもんだ。
小夜子も岩本も仲良くやっているようだ、良かった。話には出なかったけど、たぶん穣司も指導者として日々悩んでいることだろう。
自分が泳ぐより、指導する方が悩む。相手をよく観察して、直してあげないとタイムは伸びないからな。
ああ、久しぶりに人間になった気分。ちょっとした幸せに浸ることが出来た。
問題の、「翌日」がやってきた。
何をどうすれば虐待詐欺者を見分けられるのか、見当もつかない。僕自身、最初は汚い格好にしようかと考えたけど、それはそれで汚いからいいや、と気に入られそうだし、余りに可愛いキラキラオーラだと、不幸を願う女の怨念に取り込まれるような気がする。
どちらにせよ、相手を見ないことには決断を下せない。もしか、今回は僕でない子がいくかもしれない。それでも、今日来る二人の女性は、必ず顔を忘れないでおく。どちらかが詐欺犯罪者だから。
周囲のスタッフは、結構緊張しているようだった。それもそうだろう。何十匹とお世話していて、一匹でも幸せになってもらえないと後が閊える。なるべく多く引き取ってくれる別の保護団体はいい協力者なのだろう。
ジョーイに言わせれば、どの団体にも、何がしかの裏ルートがあったりするのかもしれない。あいつは突拍子もないことを、急にさらりと言ってのけるから怖い。命があるのかないのかさえ、わからない。不思議な奴だ。
「代表、いらっしゃいました」
スタッフが保護団体代表に耳打ちすると、代表が客に向かって話し出した。
「ようこそ、遠いところ足を運んでいただき感謝します」
すごく上品な女性だ。この人はどっちだ?良い人に見えるが。
「いいえ、とんでもない。今日は幸せにしたい猫ちゃんを探しに来たところです」
「今日はいかほどお考えですが」
瞬間、女性の目が浮付いた。
「先日急に病気の猫を保護したばかりなので、今日は一匹にします。トラ猫がいいわ」
僕は、ピーンときた。
病気猫を保護し、トラ猫一匹を欲しがる、コイツが詐欺師だ!
隠れようとした矢先、運悪く見つかってしまい、あの肉球ピンク猫と一緒にその女の前に突き出されてしまった。うひゃー、生命の危機!その時僕はどういう顔をしていたがわからない。たぶん、挑戦的な目をしていたのだと思う。おかげさまで、貴女の顔は一生忘れないほど見つめました。はい。
一方、肉球ピンクくんは可愛がってもらいたいがためか、一所懸命に愛嬌を振りまいた。さ、虐待女は生意気猫と愛嬌猫のどちらを選んだのだろうか。
選ばれたのは、愛嬌猫くんだった。
愛嬌が決め手と代表に話しているのが聞こえた。
しかし、何故だろう。愛嬌ある子を虐待するより、ぶっきらぼうを虐待するよな、普通。虐待詐欺犯人に聞けないからだけど、なぜ肉球くんを選んだのか、マジ知りたい。
虐待詐欺犯人と肉球くんは、すぐに旅立っていった。肉球くん、無事を祈る。虐待されそうになったら逃げるんだぞ。
さ、今日はもう一人お客さんが来るらしい。
目に留まれば此処から卒業、そうでなければもう少しご厄介になるということで。あまりデカくならないうちに卒業したいです、ハイ。
午後になり、僕たちがご飯を食べ眠くなった頃、その客はやってきた。
「代表、お見えになりました」
「ああ、こっちこっち。ったく、時間守んなさいよっ。午前の予定だろうが」
「いいじゃん、猫たち寝てるんだしぃ。無理に起こして連れてけっていうのー?」
眠ろうと思ったけど、やめた。さっきとは違う、この片やフレンドリー、片や喧嘩腰という、一見摩訶不思議な二人の会話。妙にショタアンテナが反応した。
薄眼を開けて、人間たちを観察しちゃえ。
どれどれ。片方は僕たちをセンターから引き取ってくれた人だ。それにしても、何という変わり身の早さ。言葉使いの荒さ。女はコワイなあ。
もう片方は、男性の声に聞こえたんだが、男性らしき物体はいない。いや、声は正しく男だ、喉仏の奥からの、あの独特の響きを感じる。でも、眼中に入ってきたのは 女性の格好。スカートまでは穿いてないけど。
あ、いや、噂には聞いたことがある。いまどき珍しくもないだろう。たぶん、きっと。僕の周りにはいなかっただけ。
所謂「オネエ」だっ!
うわっ。でも、きちんと化粧してるし、すらりとしててスタイル抜群。胸が無いのがちと惜しいが。まあ、その辺は、ねぇ。下手にオペしない人も増えてるみたいだし。こういう人たちって、足にスネ毛あるんだろうか。
僕としては、ツルツルのカモシカ足を思い浮かべるのだが、綺麗なお顔にスネ毛ざらざらだったら、百年の恋も一発で冷めるわなぁ。
って、「オネエ」に恋してどーする。
今は、この二人の関係を探るのが僕のミッション。さて、なんだかんだと言葉の暴発はあれど、この二人は仲良しだ。代表さん、さっきの余所行き声より明らかに2トーンくらい声低いし。人間って自然体になると声が低くなるから。元妻、なんか嫌な言い方だけど、人間時代の妻の小夜子は怒ると3トーン低くなった。超絶怖かった。
小夜子の話は脇に置いておこう。
代表とオネエの話を聞かなければ。
「彩良ちゃん、アンタいつまでNPOの代表続けるの、もう年でしょ」
「あんたに言われたかないわよ、歩夢。まだアラフォーだよ、あたしら」
「ちょっと!歩夢って御呼びなさい!それよかアンタ、他にもいろんなとこでこき使われてるんでしょ。そろそろ隠居しなさいよっ」
「隠居とはなんだ、このエセオネエ。後を託せる人間出てきたら譲るから」
「エセとは何よ、女のババアは聞き分けなくなると可愛くないわよっ」
「あ、それよかさ、今回のあの女、追ってね」
「任せて。ちょっとアンテナ張ってみるわ。盗聴器とカメラつけたいとこなんだけど」
「それは犯罪でしょ」
「聖司は?何とかする方法ないのかって聞いたらいいじゃなーい」
「ここ一ヵ月音沙汰なし。たぶん、家出」
「ちょっと、冗談でも、縁起でもないこと言っちゃダメよ!」
「まあ、あいつが検事とか警察とかそっち方面なら挙げられる確率高いんだけどな」
「そこは無理よー。アタシが不意打ちであの女の住所に行ってみるから」
「何回も居場所変えながら詐欺してる女だからさ、十分注意しなよ」
「大丈夫よ、アタシ、男だもーん。力の強さは半端ないしぃ、オネエの団体あるから協力求められるしぃ。今日だって、午前に向こうが来ると踏んで顔合わせ無いようにしたのよ」
「嘘つけ、寝てました、って顔に書いてあるよ」
「失礼なババアね、アンタって」
「その件は兎に角、任せたわ。あたし動けないからさ、面割れたし」
「ラジャー♪」
女性の方が毒づいている。
「それって、死語?」
「わかんなーい。いいの、日本人くらいよ、流行り廃り気にするのって。そんでもって、みんな揃って同じ格好して同じ髪型して同じ体型して。ブキミ―――っ!」
「言えてるかも。っと、今回のニャンズ・ハウスだけど、どんくらい入居戸数ある?」
「えーっとね、借り上げたのは六階建てのマンションよ。部屋数は三十戸かな。三LDKが主ね。二LDKの単身用もあるけど。一階に動物病院とカフェ入れてくれるって約束取り付けたわ。犬猫の飼育は二匹までOK」
「全室、借りることできたんだ」
「うん、聖司の名前出したら貸してくれたのー」
「あんた!聖司の名前出すなって言ってんだろが」
「成り行きよぉ。ま、悪い取引じゃないから、お互いに」
「あんたは、男だってばれないように振舞ってくれればそれでいい」
「地でいられるもの、簡単よぉ」
「あああ、なんで男のあんたがあたしより余程女らしいんだ?」
「そんなことより、彩良。今ここに何匹くらいいるの?今回三十戸プラス1階がカフェだから。全部で六十匹くらい移動掛けるかもよ」
「カフェで六匹くらい?で、個別に二十五戸で大体五十匹、シェアの依頼が五件で十匹。いや、足りないな。隣町の動物センターに話付けといて。来週引き取りに聞くからって」
「オッケー。じゃあ、この子たちは来週マンション下のカフェに・・・六十匹もカフェに連れてくのは無理ね」
「ああ、此処でのんびりしてもらって、それからにしよう。動物センターで怖かっただろうからさ。シェアの件はすぐに契約できるけど、あとはカフェか此処に居ながら、暮らすところが決まればいいでしょう」
あのー。話が長すぎて、概要説明大変なんですけどー。
といいつつ、要は、だ。
僕たちは、どこかの貸マンションで誰かに飼われたり、カフェで人間の「お・も・て・な・し♪グループ」やるわけね?それまでは、此処に居ればいいのか。
ふむ。
ジョーイ、僕はどうやらヤバくない方のグループに入ったのかもしれない。それにしても、午前に来たあの女、右の口角辺りに黒子が二つ並んでいた。すっげー目立った。
もう、二度と忘れない。
目が冴えて、漸く、生きているって実感が湧いてきた。
此処、何処だろう。大体の匂いと音から察するに、どこかのビルをワンフロア借り切ったような感じ。かなり広い。上下階からも声が漏れ聞こえてくることから、数階分の フロアを借り切って犬猫保護事業に使用している、といったところか。ワンフロアって、場所にもよるけど結構な金額だと思う。大丈夫なのかな・・・。
彩良と呼ばれたアラフォーさん、口はかなり悪いけど頭の良さそうな人だ。なかなかの美人だし。あのオネエと話しさえしなければ綺麗な人で通じるだろう。その他に沢山いる女性や男性、学生さんたちはボランティアさんか。みんなの名前を覚えるのはちょっと大変そうだから、お世話をしてくれる人とか目立った人だけ覚えようと思う。
みな、猫たちの幸福を夢見て汗を流しているんだろう。
とても素敵で綺麗な汗だと思う。
僕が若かった頃は、兎に角、一流高校、一流大学、一流企業。3高とか言われて、背が高い、学歴が高い、給料が高い、だったかな。女性は夢を見たらしい。はあ? つーか、3高に釣り合うのは4良+αだろ。顔良し、スタイル良し、頭良し、性格良しで自立心旺盛な女性。最高でしょう。
あら、僕としたことが。おほほ。
なんでこんなに人間くさーい話にばかりなるんだろう。僕は今、子猫で、これからも猫として暮らすわけで。猫たちと仲良くなった方がいいのかなと思いつつ、なーんか近づけないんだよねえ。こう、なんというか、何を話題にしたらいいのかわかんない。
ハイ、それが総てです。だってさ、人間なら「今日は晴れですね」とか「今日は寒いですね」から会話に入れそうなものでしょう。猫に「晴れてるね」って、天気の話しても会話が成り立たない気がする。
そんなどーでもいい理由から、何故か自分から他の猫たちに近づかない僕、ショタなのである。
そういえば、みんな名前あるんだろうか。ないよな、普通は。名前つけてあげたーい。でも、さっきの彩良代表とかオネエさん、歩夢と書いて本名はあゆむ、自称あゆみの彼、いや彼女が付けるのかな。僕も混ぜて欲しいなー。
あーあ。人間語話せたら良かったのに。解るだけなんてつまらん。自分だけ置いてけぼり、そんでもって枯れてしまうようで、尚更つまらん!
しかたないか。いつまで経っても、僕は猫。
少し猫らしく思考する方法でも考えよう。まずは、寝方からだ。伸びて寝るクセ、直そ。
此処のビルらしき建物に来て一週間。あの日一緒に来た連中は皆元気になった。子猫たちは跳ねまわり、大人猫さんは、作法や生きることへの対処法を教えてくれた。やはり、外の世界で猫が生きるには、自分の力で食べ物を見つけるか、人間がご飯くれるのを待つしかないらしい。僕は、どこかで二匹組でマンションに入るなら、大人猫さんと一緒になりたかった。子猫たちとも仲良くなった。みんな、此処で満足いく生活が出来ているから喧嘩も起きなかった。というか、喧嘩しようものなら彩良が来てふわふわベッドからふわふわベッドにぼよーんと投げられたのである。それがまた心地よくて、みんな喧嘩したふりをして彩良を呼ぶのだった。
なんだかんだで一ヵ月が過ぎようとしていた。
6階建てのマンションとやらに移る時期が来たようで、人間たちが品定めにやってきた。何でも、マンションに入るには猫二匹を飼うことが必須なのだそうで、転勤族の家族や、単身男性、高齢のご夫婦などがいた。それぞれに、猫が飼いたくても飼えない状況があるらしい。
転勤族は、毎回転勤先でペット可マンションに出逢えるわけもない。飼ってから、次の転勤先住居がペット不可で捨てられる犬猫も多いと聞く。それなら最初から飼わないのが正解だ。こういった条件で猫を貸してくれるマンションは早々ないから、子供の小さい転勤族にはオススメの猫付マンションだ。
単身男性は哀しいもので、どれほど本人が優しかろうと、単身男、というだけで世間の目は冷たい。どんなに動物が好きでも譲渡は、ほぼ無理だ。ペットショップがあるけど、可哀想な猫を助けたいという、本当に心根の優しい人だっているんだ。
高齢世帯は、自分たちに何かあったら飼うのを我慢してしまうことが多いらしい。そうだよなぁ。自分の前世を振り返っても、自分に何かあったら、と今なら思う。人間時代は思ったことは一度もない。決して威張れることではないが、残された家族を心配して自分を気遣ったことは、ほんの数秒もない!
自慢にもならんわ。
結局、ハンブサが逆に悪目立ちする僕は、引き合いが無かった。大人猫さんも今回は引き合いが無かったようだ。殆どの猫たちは誰かの部屋に移ることに決まり、僕と大人猫さんを含めた六匹が猫カフェにて「お・も・て・な・し♪グループ」に専属契約と相成った。
ハンブサとはいえ、そんなに可愛げないかな、僕。
鏡が見たい。どっかにないかしら。
あ、ボラさん、ボランティアさんのことだよ、ボラさんの子が手鏡持ってる。突撃!鏡の反射が気になる振りして、自分の顔を覗きこんだ。
・・・・・ショック。
これじゃあ、引き合いが無いわけだ。肉球くんが連れて行かれたのも納得だ。
だって、三白眼で逆蒲鉾型の眼だぞ?キャラクターグッズにあったぞ、こんな顔。
可愛くない・・・。
これじゃジョーイが怒ったのも無理ないよ。たぶん、「お前の、その顔に言われたかねぇ」なーんて思ってたに違いない。
まあ、せめて仕草で可愛らしく・・・できるわけないだろう。こうなったら、前世のように、カフェの中で新聞とか雑誌を読ませて貰おうっと。それはそれで、楽しく生活できるかもしれない。会社時代も営業経験あるし、お初のクライアントでも笑顔でにっこり、が僕のモットーだった。あ、ダメだ。猫が笑えるわけなかろう。
僕たち60匹余り御一行は、またもやミニバン3台に分かれマンションへと移動した。今度の移動は30分くらい。比較的近かった。
そういえば、保護ビル、外に出るときに「ちらっ」と見やった。四階建てのビルで1階が倉庫と駐車場になっていた。ということは、あそこは丸々保護ビルだったわけだ。周辺の長閑な景色を見ても、此処は都市部の郊外だろう。ワンニャン声がするからには、相当人里離れるか防音設備バッチリでないと、それこそいがみ合いになるのだろう。仕方ないじゃん、これが僕たちの話す方法なんだから。営業経験がそろばんの玉を弾く。チーン。それでも、ビルひとつ借り上げるには結構かかると思う。 並の人間一人でできるはずもなし、寄附とかそういう方法で運営しているのかもしれない。
人生、本当に色々な生き方があるのだとつくづく感心した。
ああ、着いた先の事も教えないと。
六階建てのマンションです。って、わかってたか。ごめんなさい。
で、一階に僕らが集う猫カフェと、お隣には動物病院が入っているそうです。2階から六階までは二・三LDKの賃貸マンションらしいです。僕は残念ながら入れません。
で、建物名が・・・ニャンズハウス。これまたケッタイな名前ですな。入居者のみなさま、どっかで住所書くとき恥ずかしくないのかしら。ああ、また人間の心配だよ。
カフェのところにデカく看板が掲げられていた。目立つ。キュートな黒猫が一匹だけ、で、「うぇるかむ☆ニャンズハウス」
でかっ!
あ、子猫の僕が見たからでかいのか?いや、そんなことないな。かなり目立つぞ、この看板。隣の動物病院が目立たないじゃないか。いいのか?獣医師さん、怒ってしまわないのか?と、また人間の心配。まあ、僕の居場所は安泰のようだし、いいよね。
車から降りた彩良さんが皆にゲキ飛ばして猫たちを移動させていく。マンション組はお隣の病院やカフェへ、カフェ組は勿論カフェへ。カフェ組の猫たちはすぐに落ち着いた。マンション組は隣の動物病院やカフェのコーナーなど使えるものを総動員して契約していた。契約主に抱っこされ、落ち着か居ない様子の子もいれば、満足した様子の子もいた。当たり外れがあるし、相性もあるからね。
契約の注意事項などが聞こえてきた。
初めのひと月は週一でボランティア巡回があること。ひと月の間に何か不具合があれば猫を戻し退去するか、カフェから別の猫を引き取ること。契約満了あるいは臨時退去時は、猫を引き取るかカフェに戻すか選択することが出来る。
だそうだ。
ふーん。もしかしたら、僕もマンションで飼われる可能性があるわけだ。どっちでも対応できるようにしとくけど、カフェの方が気楽かもしれない、なーんて思ったり。やっぱり終の棲家を見つけたい、と思ったり。その時々で気分はコロコロ、猫の眼のように変わるのだった。
ようやく契約が終わり、仲間たちはそれぞれの部屋に散らばっていった。殆どが2匹1組だから、寂しくはないだろう。それに、何かあれば鳴いて緊急を知らせてくれるはずだ。人間たちは知らないのだ。猫は緊急時鳴いて周りに危険を知らせるんだぞ。え?知ってた?兎に角だ、僕たちに死角なしってとこさ。
気になるのは、肉球くんのこと。
あの女、必ずやるに決まってる。
どうにかして女の実態掴まないと。
歩夢さんが追ってるみたいだから、この辺に住んでいるのだろうか。
ああ、なんとももどかしい限りだ。
っと、カフェのテーブルに、パソコンがあった。キーボードが付いている。
にやり。
遊ぶふりをして、パソコンに近づいた。で、ポチッとな。パソコンを起動した。人間たちは掃除やらに忙しく、今日はまだカフェも開店していないので、誰も僕に気付く者 はいない。へへ。文章ソフト起動しちゃえー。ポチッ。で、自分の名前を打ち込んでみる。
「ショタ」
「ショタ」
「僕はショタ」
ほーほっほっほほ。横山家で修業した甲斐があったわい。あんときも家族に見つからないよう書斎のパソコン使うの大変だったんだから。よく岩本は気付かなかったものだ。
っと、後ろで悲鳴が上がった。
「チョット――――大変だわよっ?」
歩夢さんの声だ。
「猫がキーボード叩いてるの!」
「まさかー」
・・・やばい・・・。
ぞろぞろと周囲の人たちが集まってきた。
「マジっすね、歩夢さん」
「でっしょ―――――――――っ!!!」
「この猫、自分はショタって宣言してますよ」
「ああら、可愛いな・ま・え♪」
ブルブルッ、悪寒がする。
「たまたまなんでしょうけど、この子はショタにしましょうか」
「彩良は?どこでアブラ売ってんのよ、あの子」
「代表は病院スタッフとの打ち合わせです。もうすぐ戻りますが」
「そう、貴方達も大変ね、あのババアにこき使われて」
「誰がババアだって?誰がこき使ってるって?」
あ、彩良さんが来た。
「何でもないわよ~、彩良。そうそう、このハンブサちゃん、ショタにしましょ」
「ハンブサ?あらま、どっかのキャラそっくりな顔だね。なんでショタよ」
「だって、自分でパソコンに僕はショタって、打ち込んだんですもの」
「嘘つけ」
「アンタってば、人を嘘つき呼ばわりするのもいい加減になさいな、周りにお聞きなさい」
周囲の証言から、歩夢さんの言葉が本当で、僕がキーボードを触って名前を打ったことが知れてしまった。
「ウケるな、お前、ショタか。よし、その根性に免じてショタと命名する」
周囲から拍手が沸いた。
「ところで、歩夢、あの女の情報掴んだ?」
「ムキーッ!あゆみと御呼び!」
「どっちだっていいじゃん。状況は?」
誰も僕に注目しなくなった。そこでまた・・するするとパソコンの方へ向かう。画面は先ほど名前を書いた状態のままだ。
そこで、何行か付け足した。
「肉球シンパイ」
「犯人は口角に二つの黒子あり」
「横山星羅」
またもや後ろで悲鳴が上がった。高い音と、地の底から響くような低い音。二つの悲鳴は共鳴するどころか、不協和音となって僕の鼓膜を直撃した。あ、倒れそう。
「犯人て、こないだの?」
「ねえ、彩良。ショタのいう口角に二つの黒子って、覚えてる?」
「覚えてる。顔全体目に焼き付けたから。肉球って、こないだのトラくんか」
「横山星羅って誰のことかしら?」
「わかんない、ショタ、横山星羅で検索したらヒットするか?」
僕はニャニャニャッ!っとぐるぐる回った。
彩良さんは、僕に替わってパソコンをいじり始めた。
「検事だって。ショタ、この人に詐欺のこと知らせればいいの?」
また、ニャニャニャニャッ!ぐるぐる回る。イエスの合図だと気付いて欲しい。
「そうか、でもちょっと遠いとこだな。ショタっていえば解ってもらえるかな」
ニャ――――――――――――!っと長鳴きした。
「ショタは人間みたいだなあ。よし。まずは証拠集めしないと」
彩良さんが、犯人と思しき人間のブログやサイトを次々見ていく。すごい。八~九ほどのブログやサイトで偽名の上に寄附を募っている。しかし、写真の撮り方が総て同じアングルだったし、光加減や背景も同じ場所だ、間違いなく同一のカメラ及びレンズでの撮影と考えられる。この写真がどのカメラで撮られたかわかれば、かなり相手を追い詰めることが出来るのだが。
あ!肉球くんが!見るも無残な顔になってしまった・・・。
「ちっくしょう、やられたか。行ってくる」
「譲渡前の写真持ってお行きなさい。それと、今回も写真撮ってくるのよ」
「まだ、あのアジトにいるといいけど」
彩良さんは飛び出していった。そのあとを獣医師さんが追いかけて行ったことは言うまでもない。
夜、ようやく片づけも終了し開店を待つばかりになったカフェ。僕たちはご飯を貰い各々ベッドに行く時間だった。お風呂は今度から隣の動物病院で入れてもらうことになった。獣医師さんが数名と、看護師スタッフが数名、二十四時間営業の病院らしい。器具を揃えた車もあって、往診可能、ちょっとした傷の手当くらいならできるらしい。ま、オペは清潔でないとできないから、どういう設計の車なのか、そこまではわからない。
犯人宅に行った彩良さんと獣医師さんは、なかなか帰ってこなかった。僕は、肉球くんのことが心配だった。あんなに苛められ虐待されるなんて、あり得ない。どうしてあんな非情で無情な仕打ちができるのか?金儲けのためなら何をやってもいいのか?
どうして僕が選ばれなかったかは分かった。ハンブサで目に特徴があったからだろう。虐待し写真に撮ったとしても、全部顔を潰さない限り片目だけでも、譲った側から見れば僕だと判ってしまったはずだ。
ベッドに行ったものの。入って眠れるわけもなく。彩良さん、今日はビルに帰るのかな。カフェの支配人は歩夢さんだった。うん、男とバレない限りは歩夢さんの方がしなやかな身のこなしと言い、礼儀正しさと言い、客のあしらいも上手そうだった。歩夢さんは基本カフェで寝泊まりするらしく、自分のベッド作りのため奥にいっていた。
と、急にバタン!と物音がした。暗かったカフェ内に灯りが燈った。
「ちっくしょ―――――――――!!」
彩良さんの声だ。どうやら、逃げられたか白をきられたか、そのどちらかだろう。奥から歩夢さんが出てきた。
「遅かったわね、どうなったの?」
「白きられたよ、トラ猫なんてその辺に転がってるからさ」
「ピンクの肉球は?珍しかったじゃない」
「焼かれてたよ、歩くことすらできなくて、余りに可哀想でさ・・・」
「まあっ、鬼畜にも劣る卑劣な行為じゃない。で、連れて帰ってきたの?」
「うん、取り敢えず寄附渡して譲り受けた。今隣で聖司が診てる」
「なんですって?寄附要求されたの?」
「あの女だよ、そう簡単に引き渡すわけないさ。仕方なく、と最初は思ったけど、トラがあの子だって判別できれば逆に有利になるかもしれないと思ってさ。録画と録音もしてきたし」
「肉球くん、足は大丈夫なの?」
「火傷だからね、しばらく歩くのは大変みたいだけど。それより顔の怪我が酷くて」
「録画と録音できたならよかったわ、聖司はなんて?」
「渡す前に血液取ったからDNA検査できるって。あとは、逃げられないように包囲しないといけない」
「あら、それなら大丈夫よ」
「盗聴器?カメラ?どっちにしてもヤバイでしょうが」
「ううん、あの女の指紋、寄附明細書や譲渡書に残ってるし。あとはねー、とっておき」
「とっておきってなんだ」
「教えなーい。だってぇ、彩良怒るんだもーん」
「怒るようなことすんじゃない!」
「ま、アタシの包囲網から抜け出るのは無理だってことよ」
「そうだろうな、あんたに目ぇつけられて逃げ遂せた奴、見たことない」
「伊達にこの世界に生きてるワケじゃないのよ、アタシたち」
「あーあ、あの女も年貢の納め時ってわけだ。でも、悔しいよ」
「そうね、肉球くんには申し訳ないことしたわ。ショタだったら逃げたかもしれないのにね」
そうだな。僕だったら逃げる。でも鬼婆を前にしたら、逃走無理。絶対無理。
「あいつもその辺、感じ取ったんだろう。顔だけで選んだわけじゃないと思う」
「兎に角さ、DNA鑑定待ちましょう、さ、遅いから今日は此処に寝なさいよ」
「げっ、オネエと一緒?」
「失礼な。アタシは病院で寝るわよ。奥にベッドあるから、ほら、行きなさい」
僕も目を閉じた。今日はいろいろあって、疲れた。
翌朝、彩良さんが起き、歩夢さんと獣医師の聖司さんが病院からカフェに来た。
急展開といえば急展開、想像に難くない出来事といえば想像に難くない。いずれ、引き渡した時点で虐待は防げなかったと思う。渡すべきではないんだ。猫がネギ背負ってやってくるとはこのことだ。あ、鴨です。ごめんなさい。
黒子の女は、猫が金蔓に見えているだろう。そして、虐待に至上の喜びを見出すサイコパスかもしれない。たぶん、人格障害に属するサイコパスなのだろう。
サイコパスの心理も、これまたよくわからん。なったことないし。想像も出来ない。
っと。
「違うトラかもしれない」
「あの子じゃないの?」
「いや、あの子に間違いないはずなんだ。しかしDNAが一致しない」
「どうして?」
「わからない」
「じゃあ罪に問えないの?」
どうやら、なんか手違いがあったらしい。黒子に逃げられる前に証拠を掴まなければならないってのに、どうしたっていうんだろう。
カフェの猫たちは怯えていた。あの女を皆見ていたからだ。次は自分があの女に貰われていくのではないか、そんな不安で仲間たちは何時になく不安な声で鳴いた。
そりゃそうだ。元人間の僕でさえ、怖い。サイコパスなんて相手にしたこともないし。でもなあ。星羅に捜査頼みたい。仲間たちのためにもサイコパスを殲滅したい。
僕って人間時代から不幸な役回りだったのかもしれない。ま、仕方ない。結局、見て見ぬ振りが出来ない性質なんだよ、昔っから。
しょうがないわな。パソコンどこだー。お。あった。またパソコンに乗って電源ポチリ。待つこと一分、文章ソフトを立ち上げる。今度はだな・・・。
「ショタ 行く」
「現行犯 逮捕 一番」
「ショタに 首輪 発信機」
「写真の場所 特定せよ その後 黒子のとこに行く」
「黒子 女 サイコパス」
暗号文解読したらこうなりましたみたいな、独特のショタ文字。
人間たちは憔悴しきっていた。流石に、昨日の今日じゃなあ。でも、僕の提案を見てくれよ、おい、こっち見ろ!僕は思いっきりニャー!と鳴いたが反応が無い。
なんだってもう、アラフォーなら、もう少ししっかりしろ!
人間たちに近づいて、自分の手指を舐め、パソコンの方をガン見した。何回も同じ行動を繰り返し、ついには人間たちの袖口を引っ張ってパソコンを見せようと頑張って歯を食いしばった。
「どしたの、ショタ」
「ショタ、またパソコン見てるわねぇ、言いたいことあるのかもよ」
獣医師の聖司さんはお初なので昨日のパソコン事件を知らない。
「なんで猫がパソコン見てるから言いたいことがあるって解るんだ?飛躍しすぎだろ」
「自分の名前自分でつけたから」
「は?」
そうです、僕は自分で自分の名前を付けた、世界で初めての猫です。
すごいでしょ。実際は付けたじゃなくて、名乗った、ですけど。
読者のみなさんは、忘れんといてください。
三人をようやくパソコンの前に引き寄せた。三人とも唖然としていた。暗号解読文状態の文章だったからか、漢字があったからか。どちらなのかは謎だ。少なくとも、普通の猫とは思わなかったろう。
「ね?今日は誰も触ってないんだよ、このパソコン。ショタの計画が書いてあるねえ」
「昨日よりグレードアップしてるじゃなぁーい?ナイスよ、ショタ!」
「お前ら、よく普通にしていられるよな。猫が考える内容じゃねぇだろが。驚けよ」
「だって、この子が打ったんですもの。この子ならこのくらい考えかねないわ」
「そうそう。昨日は『犯人は口角に二つの黒子あり』って打った。猫じゃないって思った」
「だから。猫がどうして漢字打てる?どうして接続詞つけられる?無理だろう」
「じゃあ、ショタはなんだってのよ。説明しなさいよ、獣医の聖司さん!」
「ロボットじゃねえの?今から診察するわ。向こう持ってく」
キミキミ。持っていくだなどと、モノ呼ばわりは止めてくれたまえ。非常時だから時間を取りたくないのだよ。診察してる暇があったら、作戦考えろ!黒子の女を絶対に逃がすんじゃねぇ!そのためこっちは身体張る覚悟してるんだぞ!
と、動物病院に連れて行かれた。カフェからドア開閉で行けるようになっているらしい。ふーん、前世、病院に行ったのは年をとって腎臓悪くしたときだけだった。病院は相変わらず嫌な臭いがするから嫌いだ。
っと、肉球くんがいた。僕は話しかけた。
「キミ、僕と一緒にいたことあるよね、ほら、黒子の女がトラ猫欲しいって」
「え、わかんない、僕は路上生活していたから。その時会ったかな」
「そうなのか?保護された経験はないの?」
「ないよ、ずっと青空生活。でも捕まって拷問された」
「大変だったな。これからは青空できるかどうかわからないけど、優しい人たちがケガを直してくれるしご飯もくれる。まず、身体を治すことだ、大事にしてくれ」
「ありがとう」
なんと、肉球くんではなかった。知らせたかったが、この医者、僕の言葉まるっきり信用してないし。この・・・あほんだらっ!
「あー、どしたー。ああ、あの猫か、昨日レスキューしたんだけどな、DNAが違った」
僕は必死にパソコンの方を向いたり、前足をくるくる回して何か訴えたそうな素振りを見せた。
なのにガン無視された。ヘボ医者!
「今度こそ尻尾捕まえる。お前、DNA二個分取らせてくれ」
それはいいけど。腕の当たりだったかな、ちくっと二回。注射は嫌いな僕、ショタ。
「さ、さっきの続きだ。あの猫と何か話したんだろう。今パソコン持ってきてやるよ」
おお。お主、なかなか弁えておるではないか。パソコンの電源もソフト立ち上げも聖司くんがしてくれた。
早速、僕が指を動かす。
「あのこ、別の子」
「路上生活 青空生活猫」
「肉球くんは行方不明 黒子女宅に急行せよ ショタも行く」
聖司くんは、獣医師だから動物の体の構造や頭の構造も良く知っている。だからこそ、僕のようなイレギュラーが信じられないし、あってはならないことなのだろう。一歩間違えば、「猫の惑星」になっちゃうもーん。
「お前、どうやってキーボード打ってるんだ?」
肉球で打てるわけなかろう。爪だよ。普通は隠れてる爪を、外側を締めることで真ん中の爪が少し出るようにするのさ。本を捲るときも同じ要領。聖司くんは僕の右手の指と爪をまじまじ観察して、納得したようだった。
「なるほど、爪か。あとはこの余り人間臭い言葉の数々だな。猫も人間の言葉を覚えるのか?いや、それほどの知能は持っていないし、脳にもそんな分野は見あたらないはずだ」
どーでもいいじゃん。僕はイレギュラーなんだから。早く、早く黒子捕まえに行こうよ!
僕がジタバタし始めたので、聖司くんはどうやら察したらしい。
「ああ、わかった。黒子女の家に行こう」
カフェの開店は来週だ。彩良さんと歩夢さん、三人と一匹で黒子捕獲作戦会議。
「写真はね、森のくまさん公園で撮られてる。それも一番奥にあるところ。時間からすると、朝イチくらいだね。午後になると人が集まる公園だから。朝は散歩の人が表を通るくらいで奥に行く人は少ないんだ。だから、明け方に虐待して弱ったところを写真に撮ってる可能性が大きい」
「そうだな、ブログのこの顔だと、余りに元気がない。ま、虐待直後の猫なら皆こうなる。ショタにGPSつけるのか」
「アタシお手製の非常ベルにする。結構綺麗な音が鳴るから、一旦手を放すはずよ」
「なんだそりゃ。歩夢、あんた遊んでないか」
「いっつも失礼なババアねっ。兎に角、三~四人のグループに分かれて片や公園付近の明け方時間に作戦決行。あとは、朝方家に帰るでしょうから、そこで抑えて確保する作戦と、かな。もしどっちも空振りに終わったら、ショタを譲渡する形で契約するの。逃げないようにするために。ただし、契約書に細工しておくわ」
「あんたは悪知恵しか働かないのかっ!」
「サイコパス捕まえるのに悪知恵で何が悪いわけ?同等でしょ、何事も」
うん、どっちも正論かもしれない。悪知恵だとしても、サイコパスを捕まえないことにはね。ただし、証拠不十分で釈放ってのが一番性質が悪い上に、詐欺の立件だから刑務所も入るかどうかわからない。日本中のどこに黒子女が出現するのか、それは誰にも予測できないのだ。こういうのは顔を晒して「この人に預けてはいけません」と報道して欲しい。でないと、僕たち青空生活組は安心して眠れないというものだ。
森の熊さん公園チームが現場に入った。夜中から二人一組で公園内をそれと無く巡回する。仲良しカップルのふりをした男女だから、犯人はさほど重要視しないだろう、というのが我々?カフェ側の考えだった。しかし、現れない。別のチームが朝早くに黒子女宅を監視する。出入りの様子はない。室内で虐待すれば血が飛ぶ。女の居宅は賃貸だったから室内で行動を起こすはずが無い。どこか、保護と称し捕まえた猫たちを閉じ込めている場所があるのかもしれない。
結局、何回かトライしたものの空振りに終わったため、方針を転換し僕が契約し保護されることになった。歩夢はGPS機能付首輪をつけてくれた。絶対にはずせないのだという。無理に壊そうとすると非常ベルが鳴る仕組みなのだそうだ。ベルが鳴ると一旦手を放すだろうからその隙に僕が逃走する、というシナリオだ。果たして、どんな結果が待ち受けているのか。今は誰にもわからない・・・。
って、二度と外れない首輪?太ったらどうするんだよっ!
僕が黒子女のアジトに潜入するためには、まず、こちら側に丁重に迎え入れ、その後奴を泳がせなくてはならない。彩良さんはあらためて黒子女にわかるよう、譲渡会開催チラシを黒子の自宅周辺にポスティングした。僕は一旦、保護ビルに移動した。
譲渡会までに、アジト探しが本格化した。僕のGPSがあればすぐにわかるが、その前に捉われた猫たちを解放できるに越したことはないから。
ボラさんの中で写真やパソコンやら機械関係に詳しい学生さんがいた。彼の見立ては、公園という、街中での虐待が可能かどうか怪しい、というものだった。やがて 彼は写真が合成されたものであるという事実を掴んだ。背景は合成、要は公園がフェイクだったということだ。
では、写真を撮った場所はどこなのか。その学生さん曰く、山の中とか人里離れた場所でなら、どれだけ虐待の声がしても目立たない、写真も撮れるだろうとのことだった。みんなは、周辺にある小高い丘、山などを中心に、動物たちを保護できるスペースがありそうな場所を探した。まさか、一匹連れすぐに殺め、また一匹などという真似も出来まい。何処かにある程度保護しておける場所が必要なはずだ。
歩夢がやっと見つけた。
歩夢は超不思議人間で、もしかしたらどっかのご子息なのかもしれない。今回使ったブツ・・・航空写真。どっからそんなもん入手できるってんだ!地図情報は高値で 取引って相場が決まってるの!
それなのに、航空写真たあ、いいご身分じゃねえか。
あ、僕も彩良さんみたいに口が悪くなってきた。
いかん、いかん、僕はノーマルに生きることをモットーにしている。
ううう、それはこの際どっちでもいい。アジトの場所、何処だったのだろう。みんなが歩夢を囲んでいて見えない。悔しい、ニャッ!と鳴いた。
「あら、ショタ。アンタのいくとこ、分かったわよ」
「こんなとこに、こんなものがあったとはね」
「昔建てられたんでしょう、結核病棟として。でも結核収束の報を受け機能しないまま放置された、ってとこかしら」
今でも結核は終息なんてしてないぞ。みんな、ちゃんと新聞読め!
廃墟と化した病院跡地が舞台だった。なんか、すごーく嫌な予感。何かこう、嫌なオーラっていうか、空気っていうか、悍ましさを感じる。なんだろう、嫌だなあ。
そんなこんなで、譲渡会の日。来た来た。黒子女。こないだ寄付をせしめて味を占めたのか。スタッフが代表に案内した。
「先日はどうも。今日は大口が入ってしまいまして。この子しかいないのですが、如何でしょう」
「あら、そうでしたの。こちらでも病気の子を保護したばかりなので一匹と思って伺いましたの」
「もしよろしければ」
「ええ、それでは連れて帰りますね」
「いつもの契約書にサインをお願いします」
「はい」
黒子女は、契約書を読むことなく印鑑を二枚押し、自分の分を一枚バッグに仕舞った。車にカゴが入っていた。
う・・・血の臭いがする・・・。
酔いそう、ゲロ吐きそう・・・。
それでも踏ん張って、息を止めながら、吸う時だけは一瞬で、何とかアジトまで辿り着いた。
中は、血の臭いやら汚物の臭いやらが充満し、息すらできないほどの惨状だった。
猫たちは居た。元気な子は一匹もいない。みな虐待されどこかに傷を創り、死なない程度のご飯が床にばらまかれ、トイレは無かった。
肉球くんを探した。・・・いた!痛々しい姿に変わり果てていたが、確かに彼だ!みんな気の毒に。こんな状態の中で、息を引き取った子も多かったろう。ガス室以上の拷問だった。
僕の首輪に着いたGPS発信機で、正確な位置を割り出し、今頃救助隊がこちらに向かっているはずだ。僕はおいといて、肉球くんが居れば罪を詳らかにできる。
僕は・・・虐待されたくないです、痛いのいやだもん。
っと、黒子女がカゴから僕を取り出した。
「おまえの顔は判り易いな。ブログに載せたら、ばれちまう。仕方ない、顔ごと潰すか」
なんですって――――――――――――――っ!あら、オネエ言葉。
いくらハンブサだからって、酷いよ――――――――っ!
スコップの長いようなものを持ってきた黒子女。逃げられないように、部屋の真ん中にある柱に括りつけられた僕。
かなり、ヤバい状況、だよね?
いざ、顔を潰そうとした黒子女。
でも、僕が小さくて床に武器が当たってしまい、思い切り顔面を叩けないようだった。そこで女は、低めにできた鉄の棚みたいなものの上に僕を乗せ、スコップを真横に振る作戦にでた。
僕だって黙って虐待されるわけにはいかない。身体を捻じったりよじったり、必死に武器から逃げようとした。と、ガチン、と音がして、顔のほんの5ミリ手前でスコップが止まった。うっわ。運良かった。次はもうないわ。
楽観的な言葉に聞こえるだろうけれど、かなり僕は焦っていた。今の「ガチン」が何の音かさえ忘れたほどだ。
首輪の音だった。僕は顔が小さいから横を向いた瞬間、首輪に武器が当たったらしい。
「なんだよ、この汚ねえ首輪」
うわー、サイコパス、本領発揮――――――――――――――――!
そうだ、思い通りにならないだろう、その首輪があると。外したくなるだろう。僕の想像どおり、女は躍起になって首輪を外しにかかった。僕の首を絞めるわけにはいかない、ブログに写真を載せる必要があるのだから。
く、くるじい・・・助けて・・・。
余りに粗っぽく首輪を外そうとして中に手を入れるから、本当に首が閉まるかと思った。次の瞬間、けたたましいサイレンの音が建物内を覆った。
一旦手を放したのは確かだったが、身体はロープでぐるぐる巻きにされていた。もう、逃げられない。サイレンの音も気にせず、女は再びスコップを手にした。近づいてくる。どうする、僕!
その時だった。虹の門をくぐった瞬間のあの光が見えた。
何が起き、僕がどうなっているのかさえ、わからない。
「ぎゃあ―――――――――――――――――!」
何処かに堕ちていくように黒子女の声が段々と小さくなり、やがて消えた。
一体、どうなったんだ?
「よう」
ジョーイ!来てくれたんだ。
「ハンブサ、潰れなかったぞ。どこも痛くねえだろ」
「もう、どうなることかって心配したよ。首輪のベルが空振りしちゃったから」
「あはは、あのオネエ、おもしれえ」
「黒子女は?どうなったんだ?」
「生きてるよ。ただ、精神に異常を来した。もう、話すことも考えることも、できねえ」
「詐欺の立件は無理か」
「まあな。こっちでも、この人間は昔っからマークしてた、堕とすために、な」
「どうして今まで放っておいたのさ」
「こいつをここに連れてこられる猫がいなかったんだよ」
「へ?じゃあ、僕がその役回りだったわけ?」
「そういうことだ」
「人間界では色んな奴がいる。俺たちが罰したい奴らも山ほどいる、でもな、俺は外界じゃ手出しできないんだよ」
「何故?キミはすごく強い力を持っているように思えるけど」
「それなりには、な。ただ、自分の力を自分の好きには使えないのさ。契約でな」
「契約?」
「おおお、いけね、喋り過ぎた。さ、もうすぐ人間たちが来る。ロープ外してもらいな」
「ジョーイ、いつもホントにありがとう」
「おうよ、またな」
ジョーイが消え、あの虹門空間の消滅と同時に、血生臭い現実が目の前を覆った。ベルは鳴ったままだ。
黒子女は失神していた。僕は、間一髪、スレスレ逆転勝利で虐待から逃れたことに感謝した。神様仏様。感謝します。
それから十分ほどして、彩良、歩夢、聖司たちのチームが現場に駆けつけてくれた。歩夢は、自分の首輪が役に立たなかったことを雰囲気的に悟ったようで、僕を抱きしめ、大泣きしていた。
聖司は黒子女の脈を取り、救急車を呼んだ。
彩良は他のチームメンバーとともに、怪我したまま閉じ込められていた猫たちをレスキューして、動物病院へ急行した。
結局この事件は新聞沙汰となり、「動物愛護詐欺事件、犯人謎の最期」みたいな見出しが出ていた。テレビまで来たかもしれない。あ、来た来た。そいえば僕は隠れていたんだ。
犯人謎の最期って、まだ息はあるはずだけど。黒子女はジョーイの言った通り、廃人と化していた。ジョーイの力で堕ちたのだと思う。これまでも思ってきたけど、ジョーイって本当に凄い力量の持ち主だ。
人間一人、廃人ですよ?
僕のカフェ暮らしも、事件の後遺症というか、あまりのことに少し寝込んだけど、どうにかこうにか始まった。
テレビの影響か、ハンブサくんとして一部に熱狂的ファンがいる。
でもみんな、僕はハンブサじゃなくて、ショタだから!!
暇になるとパソコンいじったり、新聞や雑誌を捲りたくなるけど、お客がいる間は禁止されている。
そりゃそうだよな、漢字をパソコンで打てる猫なんつったら、別の意味で客が殺到するわ。猫の好きなお客さんに来てほしい、このカフェ。
物見遊山の一見さんは「ごめんなさい」なんだ、猫たちのためにも。
夜になってカフェが閉まると、歩夢と色々話をしたりする。筆談ならぬ、パソコン談。あの日、どうして黒子女が廃人になっていたのか、結局医者でもわからなかったそうだ。詐欺したお金は、戻ったのやらどこに行ったのやら、詳しく聞いていない。あ、ただ、横山星羅さんに頼んだからね、と歩夢が念を押してくれた。くるくる回ってお礼したさ。
それにしても、世にも稀な詐欺事件ではあったが、警鐘を鳴らしたという点では発生するべくして発生した事件なのかもしれない。保護すると言いながら虐待する例はほとんど表に出た試しがないから。
ジョーイの世界でも、それを狙ったのかもしれない。ジョーイの事は言ってない。黙っているべきだと思うし。
僕以外の猫たちにも、ジョーイが見えるのだろうか。今日はみな寝ちゃったから、明日聞いてみよう。
さ、今日はここまで。眠りに就くとしよう。
猫が好きな人も、ハンブサ猫のショタに逢いたい人も、またのご来店をお待ちしています。
ハンブサ顔のトラ猫ショタが、事件解決に奔走する!
「うぇるかむ!ニャンズハウス!」