圧倒的決着
※感情についての描写を追加
魔法。
この世界における魔法とは、”魔力”を用いてこの世界の様々な物に干渉し、本来ならば起こりえないような現象を引き起こすことを指す。
例えば指先から炎を出してみたり、とてつもない威力の水弾を放ったり。
熟練したものにもなれば、自然災害を引き起こすことすらできるようになるのだからその力は筆舌にしがたいものがある。
そして、実は始原のエネルギーを利用し、様々な現象を引き起こす技術こそが、”魔法”なのだ。
つまり”魔力”とは”始原のエネルギー”のことなのである。
だがなぜそんなものを、その存在も知らない人々が使い、あまつさえ変化させることができるのか。
それは生物にもわずかながら、そのエネルギーが含まれているからだ。
とはいえ人々の中には魔法を使えるほどの”魔力”、つまり”始原のエネルギー”を宿すものの方が少ない。
当然だ。
この世界は確かにそのエネルギーによって直接生み出されたものだが、生物はそのなかでいわば自然発生したものにすぎない。
生物にも含まれているとは言ったが、それは元となる始原のエネルギーの”残滓”というレベルの、極少量でしかないのだ。
魔力量が多ければ多いほど魔法の才に恵まれていると言えるが、そもそもその才をもつものさえ稀有なのが分かっていただけただろう。
だがもし、その元となった始原のエネルギー、そのありのままを、しかも大量に宿すモノがいるとしたら?
その答えがこれである。
□□□
「”貫け”!!!」
その一声によって、何の変哲もない洞窟の壁から巨大な槍が2本生み出される。
そして一瞬で今まさに飛び立とうとしているアグリー・クイーンの羽めがけて放たれた。
風すらも断つかのごときそれは、まさに女王を罰しようと襲い掛かる断罪の槍。
―――――――バキィィィン!!!
『――――――――――――――――――――――――――――!?』
ガラスが割れるような音を響かせてあっけなく羽は貫かれ、そして地面へと縫い付けられる。
それを確認すると、”彼女”は”自由落下に任せて一直線にその頭上めざして落ちてゆく。
同時に激しい動きを阻害しかねないコートを、一瞬で長い白のマフラーへと変化させた。
これらすべて、”始原のエネルギー”そのものという純粋すぎるほどの魔力をその体に大量に宿すという、本来ありえない肉体を持つ彼女だからこそできた芸当である。
例として、この世界で天才と称される魔法使い、魔術師であったとしても土の槍は土の槍。
本数を増やすことはできたとしても、アグリー・クイーンの羽を貫くほどの本物の”槍”を即興で生み出すことなどできないし、邪魔だからと言って簡単にコートをマフラーに変えたりなんかもできはしない。
せいぜいがぼろぼろになった服を補修する程度だろう。
彼女が始原のエネルギーを潤沢に使って生み出したその体がどれほど規格外なのか、分かろうというものである。
しかし落ちてくる彼女をアグリー・クイーンがおとなしく待っているわけもなく、なんと自身の鎌でためらうことなく縫い付けられた羽を切り飛ばすと、落ちてくる彼女を切り裂かんとその大鎌を構えた。
だが”戦う”意志を宿した彼女に、そんな未来予測が通用するわけがない。
「”羽を、よこせええ”!!!!!」
彼女は焦りに表情を歪ませることなく、しかし気合を入れるかのように大声で吠える。
それはまさに、自分の体に対する命令。
そして間違いなくこの世界において最も最強で化け物じみた体はそれに忠実に従う。
体内に膨大な量含まれた超常のエネルギーがその強大さに物を言わせ、人の体に本来存在しないはずの器官を創り出した。
それは2対4枚の純白の翼。
両肩と臀部に作り出されたそれは大きく羽ばたくと、彼女の体の落下地点を強引に逸らし更に加速する。
その原理は、全てのもとになったと言えるエネルギーによって本来人の体には存在しない翼をいう器官を強引に作り出し、さらに元の体に接合するというもの。
理論上は可能である。
だが実際にするとなれば、それは不可能としか言いようがない。
そもそも普通はそれを生みだすだけのエネルギーを生物は備えていないし、仮に作れたとしても、それをもとの体に接続し意のままに操るとなれば、例えるなら右利きの人物に対して突然「左で文字をかけ」と言っているようなものだ。
今まで使ったこともないものを、咄嗟で自在にコントロールできるわけがない。
だができる。
できてしまうのだ。彼女には。
これが”理論上可能であることは全てできる”ことの恐ろしさなのである。
当然、そんなことができるなどと予想も出来なかった女王は戸惑ったような鳴き声を上げ、慌てて防御しようとするが、それはもう無意味だ。
「ああああああああああああああああっ!!!!!」
彼女が決着をつけんと迫る。
その胸の内は戦いの高揚感で満たされていた。
恐ろしい、それこそおよそ生物には出せないだろう速度で加速した彼女は、長い髪をなびかせながら、その勢いのままその手に握った直剣で斬りかかる。
もしそれが適当な剣であったなら、堅牢な甲殻を相手に折れておしまいだっただろう。
だがその直剣は異常な彼女がその手で生み出したものだ。当然それが普通であるわけがなく。
――ドクンッ
彼女の咆哮に合わせて、剣が心なしか脈打ったように見えた。
まるで血液を全身に巡らせる心臓の鼓動のように。
――ドクンッ
そしてその斬撃は狙いたがわずその太い胴体に放たれ―――――――――――――
『――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!!!!!!!!!』
女王の断末魔が響き渡った。
紫色の毒々しい体液が、分かたれた胴体からとめどなく溢れていく。
それをなした剣は、一切の刃こぼれすらなく、むしろその血によってその輝きを増したようですらあった。
その持ち主はその剣を地面に突き立てると、少し乱れた呼吸を整える。
そして魔法で返り血やら何やらを落としてしまえば、とてもではないがこの戦いを終えた後の姿には見えなかった。
残ったのは、何もできず、半ばから真っ二つに斬られたアグリー・クイーンの死骸のみ。
決着は、圧倒的な力による完封で終わった。
□□□
彼女は突き立てた剣を引き抜くと、改めてそれを眺める。
刀身はよく見れば薄い脈のようなものが均一に走っており、魔力を扱うことによって力を増す剣、”魔剣”の類になっているらしいことが分かった。
興味本位で試しに魔力、一般的なものよりも濃く、大量のそれを流してみれば、剣は先の再現のように脈打ち、隅々までいきわたった魔力が剣に浸透し更に鋭さが増した気がした‥‥‥ではなく、事実増していた。
試しにアグリー・クイーンの骸を試し切りしてみれば、なんと斬らずともその剣で表面を軽く撫でただけであっさりと斬れてしまったのだ。
予想以上の切れ味に少し肝を冷やしながら、流石にそんな剣の刃をむき出しにしたまま持ち歩くわけにはいかないので、剣を創り出したのと同じ要領で鞘をつくるとそれに剣を収め、そしてついでにこしらえたベルトでそれを腰に固定する。
邪魔だったからとマフラーに変えていたコートをもとへと戻せば、結局最後には戦う前とまるで変わらない姿になって彼女はその場を去ったのだった。




