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変化する世界を貴方と  作者: 黒煉
1・出会い
6/93

害虫駆除

※少女視点の文に、年齢についての一文を追加

”世界そのもの”が呟くと同時、魔物はもう我慢の限界とばかりに飛び掛かった。




 『キイイイイイイイイイイ!!!!』




巨大なアリが、その口を大きく開けて襲い掛かってくる。


その数は目算で数百程。



 だが何の問題もない。



いくら”人の形を模した体”で、かつてとは”比べ物にならないほど弱くなった”とはいえ、この程度ならば。




 「何の問題もない」




唇から漏れるのはとても透き通った声。



”世界そのもの”の体に性別はない。



パッと見は女性にも見えるが胸は膨らんでいないし、肉付きも確かに女性と見えなくもないが、細身の男性といっても問題はないような、言ってしまえばひどく中途半端である。


そもそもこの体を作った時にそのことを深く考えていたわけではないし、今まで何とも接触してこなかったのだから見た目にこだわりもない。

結果として出来上がったのは、美男と美女を足して2で割ったような、そんな体だった。



好き好んで醜い姿になりたいとはさすがに思わなかったから基準が美男美女となっているのはひとまず、置いておくとして‥‥‥



ちなみにどちらの”モノ”もついていない。




 「すぅ――――――っ、ハッ!!」




長めの呼吸の後に、一気に駆け出す。


そして今まさに頭から食い千切らんとしていた大の男の2倍はあろう大きさのキラー・アーミー・アント一匹の腹下に潜り込むと、拳でその硬い殻に覆われた胴を貫いた。



その風圧でフードがめくれ、その顔があらわになる。



 それはまさしく、『完成された美』。



雪のように白く長い髪は光のない洞窟の中であっても自らが光っているかのように美しく輝き、紅い瞳は宝石のルビーを思わせる。いや、あるいはそれ以上か。



そんな容姿の彼女?は、おそらく腐食液であろう体液を気にもせず、胴に手を突っ込んだまま、その絶命したアリの体を思いっきりぶん回す。



そうすれば、周りにいたアリたちは固く強靭な仲間の体で強打され、振り回された亡骸に直撃したものは体の一部と共に命も飛ばし。

そうでないものも、その驚異的な速度に耐え切れずに弾丸の如く吹き飛んだ亡骸の一部によって致命的な一撃を追い、やがて息絶える。



そうすれば生き残ったのはたったの数十匹。



さすがに恐怖を感じたのかたじろぐアリたちだったが、もう遅い。



今度は地面に散らばっていた鋭利な何か―――――おそらくアリのアゴだったものだろう――――を拾い上げ、うろたえる(アリ)に切りかかる。



足元に駆け寄ると、その関節部分にそれを突き立て、切り裂く。


それを一息に3本ずつ、生き残ったすべてのアリに見舞ってやる。




 『ギイイイイイイイイ!?』




そうすればバランスが取れなったアリたちは地響きの後にその体を無様に地に伏せ、残った片側の3本をカサカサと動かすだけの気持ち悪いオブジェになり果てた。


そうなればもはやこの先は想像するまでもないだろう。




 「これで終わり」




動けなくなったアリたちは、例外なくその頭を素手(・・)で潰され、戦闘ですらない何かはあっさりと幕を閉じたのだった。







魔物(アリ)たちをすべて駆除した後に(この表現に落ち着いた)洞窟の隅に埋め込まれるようにして並んだ琥珀のもとへと歩み寄ると、それをしげしげと眺める。どうやって中身をだせばいいのかが分からなかったからだ。


そもそも琥珀に閉じ込められているのだから、生きているかどうかすら怪しいところだが、その心配はないらしい。



彼女―――ということにしておこう―――の瞳は、琥珀の中に閉じ込められた人々の体がまるで胎児のように時折動くのを捉えていた。


それによく見なければわからないが、中に入っているのはおそらく液体なのだろう。口元の部分が、一定のリズムで波打っているのが分かった。




 「獲物を生きたままくらうのか‥‥‥趣味の悪い虫だな」




最早あまり原形をとどめていないキラー・アーミー・アントたちの死骸を見て、また琥珀へと視線を戻す。



そしてふと、鼻に密のような甘い香りが漂った。



その発生源を辿れば、食事の途中だったのか、中ほどから割られた琥珀が1つあり、どうも中の液体が漏れ出しているらしかった。


しかもよく見れば、その琥珀にはアリの体液がかかっており、さらにその部分は溶けていくではないか。



 「溶解液はつまり、この時の為のものだったのか」



彼女は散らばっていたアリの腹の1つを顔色一つ変えずにまさぐると、溶解液をため込んでいたらしい袋を見つけ出し、引きずり出した。



当然彼女の手も溶解液を浴びることになるのだが、そもそも先ほどから何度も浴びているはずのそれは、彼女の体にはなんの障害も与えていないらしかった。


それは彼女のローブも同じである。



とはいえ‥‥‥




 『さっき動いている時‥‥‥煩わしかったな‥‥‥』




思い立ったがなんとやら。



遠い昔にどこかで聞いたような言葉を言い訳に彼女はとりあえず腹袋を適当に放りやると、何とその場でローブを脱ぎ捨て裸になって(下着という概念すら知らなかったためだ)その場で新たな衣装の作成に取り掛かるのだった。




□□□





私が最後に見たのは、大きなアリの魔物がその巨大なアゴを開いている姿でした。



お父さんは「ここで隠れていれば大丈夫」と言ってお母さんと私を倉庫に隠した後、多分、傭兵の人たちとどこかへ行ったっきり、戻っては来ませんでした。


そしてもっと時間がたって、今度はお母さんがお父さんを追いかけるみたいにしていなくなって。



皆いなくなって。



大きい音がしたかと思ったら、隠れていた建物を壊して大きな魔物がやってきて。



私は動けませんでした。



怖くて。



誰か助けてと思って、先にどこかに行ってしまった、ううん。きっと死んでしまった両親のことを思い出して、きゅっと胸が締め付けられて。



私は意識を手放しました。



その後はとても不思議な感覚でした。まるでさなぎになったみたいに、もちろんなったことなんてないけれど、温かい何かに包まれて眠っているのがわかりました。



だから私は思ったんです。



『これはきっと夢で、きっとホントは、何も起きなかったんだ』って‥‥‥‥





□□□





 「きゃうっ!?」



だから、急に硬い地面に放り出された私は、思いっきり体を打ち付けて小さく悲鳴を上げてしまいました。




 「うっ!?ゲホッ、ガッ、うっ‥‥‥」




そして突然鼻を刺したハチミツを何倍も濃ゆくしたような甘ったるい匂いと、それが体の中に詰まっているような感覚に強烈な吐き気に襲われました。


我慢しようとしたけど、結局努力の甲斐なく目の前の地面に食道、胃、肺にたまったそれを吐き出してしまいます。



それは黄色い、どろどろとした気持ちの悪い液体。




 「はーっ、はーっ、はーっ‥‥‥」




数度、息をして呼吸を整えてようやく少し落ち着いたので、改めて今の状況を確認しようとまず自分の体を見下ろしました。



それは、酷いの一言です。



水辺でもないと自分の顔は見れないけれど、きっと見れば憔悴しきって、さっき吐いたドロドロの液体が滴っていたことでしょう。


そしてそれは体にしても同じことでした。



お母さんに綺麗とよく褒めてもらっていた金色の長い髪も、お父さんが誕生日に買ってくれた大切な服も全部台無しなってしまったこと、そしてそのお父さんとお母さんがどこかへと行って帰ってこなかったこと思い出し、また胸がぎゅっと痛みました。



泣きそうなのを必死に我慢して周りを見回すと、洞窟の中みたいで、あたりは当然のように真っ暗‥‥‥‥でもなく、壁に埋まったきれいな石が光っているみたいで、うすぼんやりとなら周囲を見渡すことができました。


でも今は見えなくてよかったと、心底思いました。




 「ひいいっ!?」




当たりに散らばっていたのはあの魔物の死骸、死骸、死骸。



それが少しの隙間だけを開けて、床一面に散らばっていたのです。


それをみれば私でもこの部屋にかつて、何百もの魔物がいたことがわかりました。

もう14にもなるのに、私の口からなさけない悲鳴がもれます。



でも、一体なんでこんなことに?




 「まさか‥‥‥もっと強い魔物がっ‥‥‥!?」




頭をよぎったひどく悪い予感に、無意識に後ろに後ずさります。

けれどその咄嗟の行動は、すぐに止まることになるのです。




 「魔物‥‥‥‥‥」




 「え?」




この場に似合わない、とても透き通った、それでいて、ひどく落ち込んだような声に驚き、その声のした方向を凝視します。



そして私は驚きに絶句しました。



そこには見たこともない、白い衣服に身を包んだ一人の綺麗な”女性”が立っていたからです。




それが私と、この”女性”との初めての出会いでした。



・魔物紹介

キラー・アーミー・アント


何らかの致死性の攻撃を備えるキラービートル種に属し、その中では最下位に位置する1mを超える巨体を持つアリ型の魔物。

洞窟などを作って巣にする習性がある為、強力な腐食液を体内で生成している。

凶暴というわけではないが、普通に人間も餌として認識しているので、人里近くにこの魔物が出現した場合は大変危険。また、繁殖期やえさの少ない冬は攻撃的になる。



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