吸血鬼と旅人の巡り合わせ
過去編。
そこは誰も訪れない、深い深い森の中。
いわゆる魔境と呼ばれるその森は、妖精族、そして獣人が暮らすテミスの大森林にほど近い、この大陸で2番目に巨大な森だ。
その最深部、射すのは僅かな木漏れ日だけというそんな場所に居たのは、恐ろしい怪物。などではなく。
「ああ、もう朝ね」
銀の髪をなびかせ、紅い瞳をまぶしそうに細めながらポツリと呟く。
魔境と呼ばれる森に住まうのは一人の吸血鬼であった。
吸血鬼の名はカレラ。
吸血鬼、それもただの吸血鬼ではなく、始祖吸血鬼としての特別強力な力を持つカレラはとうとう同族からも危険視されるようになり、住む場所さえも追われて、せめて誰の目にもつかぬ場所へと思い魔境へと居ついたのだった。
そしてその最奥、もはや光さえも僅かにしか届かない場所でひっそりと暮らすこと実に百年近く。
誰も来ない、魔物さえも来ないその場所で今日もまた無為な一日を送ろうとしていたカレラの元へと珍客が訪れたのだ。
「っ!! 誰っ!?」
カレラの鋭敏な感覚がカレラの元へと一直線に駆けてくる存在を捉えたのだ。
しかしその速度はすさまじく、察知したときにはもう大した距離は空いていなかった。
やむを得ず迎撃態勢をとるカレラ。
そしていよいよ、うっそうと茂る木々をかき分け、それがカレラの眼前に姿を現した。
「‥‥‥‥? 人の子‥‥‥‥?」
「え? 人間?」
カレラの前に姿を現したのはカレラの同族でも、近隣に住まう妖精族でも、獣人でも、はたまた魔物でもない、黒いローブに身を包んだ、白い長髪の人間の女だった。
これが、カレラとセフィリアの初めての出会いであった。
「貴方、何者?」
思わずそう問い返したカレラに、人間の女、改めセフィリアは首をかしげて言った。
「‥‥‥‥‥それはこっちのセリフだ。 なんで、こんなところにいる? 人の子には、いささか生きづらいように思うが」
この時、セフィリアは人のことを、神と同じように「人の子」と呼んでいた。
それはセフィリアが当時、人と自分が全く別な存在であると決定づけていたからだ。
しかしそんなことは知らないカレラはその言い方がまるでこちらをからかっているかのように聞こえてしまい、少し苛立ちながら返す。
「何を勘違いしているか知らないけど、私は人じゃないわ。 私は吸血鬼。 貧弱な人間と違ってこの森にいる魔物なんて造作もなく倒せるしそいつらから血でも吸えば何も食べずと生きていけるわ。 人間の貴方と一緒にしないでくれる?」
少し威圧的に言い放つカレラ。
しかしその言葉を聞いたセフィリアは驚きこそしたものの、それは衝撃の事実を知ったから、というよりはむしろ、珍しいものを見つけた。そんな驚き方だった。
「驚いた。 吸血鬼?は、私と似ているんだな。 人の子にもいろいろとあるとは知っていたが。 本当に世界は未知にあふれているな」
その言葉にいよいよカレラは爆発した。
「あのね!! 貴方こそ何を言っているのさっきから!? その「人の子」って言い方にしてもそう!! ここに来れる実力と言い、貴方一体何者なのよ!?」
それにセフィリアは少しの逡巡の後、こう返す。
「まあ気にしないでいいから」
「は!?」
「そう怒るな。 ほら、食い物あるぞ」
魔法によって何も空間からとある食事の入った鍋を取り出し(このころからすでに使っていた)、露骨に話をそらそうとするセフィリア。
カレラは反発するも、漂うかぐわしい匂いに思わず反応してしまう。
「ちょっ! どこからだしたのそれ!? あっ、でもおいしそう‥‥‥‥‥」
「会ったのも何かの縁だ。 ほら、そこに掘っ立て小屋もあることだし‥‥‥‥‥? どうした?」
顔を俯かせ、プルプルと体を震わせたカレラに声をかけるセフィリア。
対しカレラは真っ赤になった顔をバッ、とあげると、大声で叫んだ。
「掘っ立て小屋で悪かったわね!! あれが私の家よ!!」
「何? 人の子は立派な建物を作るものだと思っていたが‥‥‥‥‥ 吸血鬼は違うのか?」
「もう!! 本当に何なのよ貴方!!」
さりげなく罵ってくるセフィリアに若干涙目のカレラ。
しかしその口元が笑顔を作っていることに気付いていたのはセフィリアだけであった。
「これ、なんて料理なの? 長く生きたのに、今まで一度も食べたことが無いわ」
「これはただのシチューだ。 牛の肉とか芋とか、そんなのが入ってる」
「そうなの? でも私の知ってるシチューは白かったわ」
「まあ、私がほろぼ‥‥‥‥‥ 大昔に見たことがあるだけの料理だし、このせか‥‥‥‥‥お前が知らないのも無理はない」
「そうなのね」
「うまいか?」
「ええ、とっても」
そんなたわいもない会話をしながら、さっきまで一触即発な空気をもって対峙していた2人はシチュー、それもビーフシチューを、同じ卓について食していた。
場所は掘っ立て小屋、もとい、カレラの家である。
ビーフシチューだが、この世界には未だ存在しない料理だ。シチューというか、そのもどきならあるのだが。
ではなぜセフィリアが知っているかといえば、かつて存在した世界で食されていたのを覚えていたからである。
つまりは、この世界ではセフィリアしか作れない料理ということだ。
そんなことは知らないカレラは、物珍しそうにしながら、この世界でおそらくたった一つしか存在しない料理をすくっては口へと運んでいく。
「ああ、なんだか満たされる気分だわ」
「”満たされる”? やっぱり腹がすいてたのか?」
ふとそんなことを呟いたカレラに、セフィリアが疑問顔で問うが、カレラは「違うわよ」と笑いながら首を横に振る。
「私、理由あってこの森にもう百年近くこもっていたの。 だから、こうして誰かと話しながら食事をするのなんて久しぶりで。 ”心”が満たされていく気がしたの」
「”心”‥‥‥‥‥」
カレラの言葉にセフィリアは俯く。
「私には、人の子が言う”心”が分からない」
「え?」
セフィリアはその一言をきっかけにぽつぽつと語り始めた。
「なんで人の子と呼ぶのかと言ったな。 それは、私が人の子と、この世界に生きる者達と、あまりに違う存在すぎるからだ。 そんな私は人とは呼べないし、この世界に生きる者達のことを呼ぶ時も、つい人の子と、そう呼んでしまう」
「‥‥‥‥‥」
「最も、話したところで理解できないだろうが。 忘れてくれ」
そう言う間も、セフィリアの口調は変わらないままであった。
そんなセフィリアの態度は、確かに人らしくはないように思える。
しかしカレラはプッと噴き出すと、やがて大笑いを始めた。
「む、何故笑う」
「あははは‥‥‥‥、いや、貴方。 結構頭固いんだなあと思って」
「?」
ひとしきり笑った後、今度はカレラがセフィリアへと話しかける。
「私はね。 同族に‥‥‥ 吸血鬼に居場所を追われたの。 『強くなりすぎた』。 そう言われたわ」
「ふむ」
「中には化け物と蔑む者もいたわね。 それくらい、私は周囲とは比べ物にならない程に強くなってしまっていたの。 貴方と同じね?」
「‥‥‥‥‥」
「けれど私は私を吸血鬼だと‥‥‥‥ 少なくとも、同族とは同じ存在である。 そう思うわ」
「何故?」
「何故も何も、私が吸血鬼であると周りと同じだと思ったなら、そう思っていればいいじゃない。 そう思ってはいけないなんて言う決まりがあるわけでもないでしょう?」
「!!」
それはもう、理由でも何でもない。
けれどセフィリアの胸には確かに響く言葉ではあった。
「それにね、貴方も私と、人と大して変わらないと、少なくとも私は思うわ」
「それは‥‥‥‥ でも私には、”心”が理解できない。 そんな私は、人の子とは‥‥‥‥‥‥」
「何を言ってるの。 そういう風に考える心があなたにはちゃんとあるじゃない」
「!! これが‥‥‥‥?」
本当に心底驚いたとばかりの反応を返すセフィリアに、カレラはまたもくすくすと笑いながら一つの提案をする。
「ねえ。 私と友達になってくれない?」
「? トモダチ?」
「そう、友達。 貴方も長い時間を生きるんでしょう?」
「私に寿命はない」
「予想の斜め上を行く答えね‥‥‥‥‥ けど好都合。 私もそれなりに長く生きれる身なの。 そんな変わり者の私と仲良くしてくれる人はなかなかいなくてね‥‥‥‥‥ 変わり者同士、どうかしら?」
そしてカレラは自身の手を差し出す。
それを断る理由は、セフィリアにはなかった。
「私は巷では”願を叶える旅人”なんて呼ばれているんだ。 その願い、叶えようじゃないか。 人の子よ」
「その人の子っていうの、禁止。 私はカレラよ、旅人さん?」
「む、そうか‥‥‥‥ じゃあ、カレラ。 今からカレラと私は、友達だ」
そう言って、その手を握り返したのだった。
あと一話、過去編は続きますよ。




