セフィリア、王を知る
セフィリアの前に正座するのはボロボロの鎧に身を包んだ魔王、ジャミルだ。
ニーヴィルに乗って退避していたイアとゴスペルも戦いが終わった時点で地上へと戻っている。
2人は初の空の旅だったのだが、命の危機(化け物2人による戦闘)が迫ったための緊急脱出手段としての経験だったためにその感動を味わうことは叶わなかったようだ。
さて、セフィリアとジャミルだが、現在、セフィリアがジャミルに説明を求めている真っ最中であった。
「それで? そもそもなんでお前は突然やってきたんだ」
「いや~、子供が連れ去られたってニーヴィルの番が大暴れしてな? それで‥‥‥‥」
「そのあたりは聞いた。 言い方を変えよう、なんでお前が来たんだ」
その質問にジャミルはきょとんとすると、なにを当然のことを‥‥‥といわんばかりに理由を話し始める。
「そりゃあ、ニーヴィルがてこずるってことはニーヴィルと同じか、それ以上に強いってことだろ?」
「まぁ‥‥‥‥間違ってはいないか‥‥‥」
「じゃあ戦うしかないよなっ!?」
「なわけあるかっ!?」
眼を輝かせながらそんなことをのたまったジャミルを怒鳴りつけるセフィリア。
それに対し「なぜだ!?」といわんばかりのジャミル。
「そのせいでこっちは迷惑してるんだ!! 戦いたいならもっと他に方法はないのか!?」
「あるぞ?」
ヒュウー、と一陣の風が2人の間に吹いた。
「‥‥‥‥ちなみに?」
「アスタリクでは年に一度、あちこちから猛者を集めた闘技大会を催すんだ! そこでは強ければ基本身分にかかわらず参加できるからな、私も参加するぞ!」
「へえ」
これにはセフィリアも怒りを引っ込め、反応する。イアの修行に丁度よさそうだと思ったからだ。
ジャミルはセフィリアもやはり戦いたがっているからだと思ったのだろう。更に饒舌になって語り始める。
「それで優勝したものには漏れなくなんでも1つ、魔王、ひいては魔族に願い事ができるんだ! そうだなあ、多いのだと美人どころを大勢求めたり、魔族の王族との結婚を申し込んだりだな。 大金を求めたものもいたがな! あとは武器やらもあるものなら提供しているな。 そして大会に参加するための条件なんだが、さっきも行ったが、強いことだ! だから身分にかかわらずと入ったが、強さを証明できるものがないと大会には参加できないんだ」
「何? そうなのか?」
その条件しだいによってはイアのこれからの予定が、よりハードになるかもしれないな‥‥‥‥
そんなことを考えているのが伝わったのだろうか。遠巻きに見ていたイアが若干顔を青ざめさせた。文句もいわず日々の訓練をこなしているが、それでも十分ハードなのである。
「ああ。 だって弱いやつがきて瞬殺されるのなんか見せられたら興ざめだろ? 最低でも冒険者なら金級以上だな。 それ以外にも、例えば”1000人斬り”とか誰もが知る肩書がないとだめだな。 あ、私の魔王とか”悪魔”の王っていうのもそれにあたるな」
「ふむ」
ならば一番の近道は依頼を受けまくって金級にさっさと上がることだろうか。
「けどお前なら”洗礼”を受けた方が速いかもな!」
「”洗礼”?」
初めて聞く言葉にセフィリアが首をかしげる。
「なんだ知らないのか? ”洗礼”っていうのは大陸の東の端にある孤島、その古城で祈りをささげるんだよ。 そして現れる”洗礼の獣”に認められれば王として名を連ねることができるようになるんだ。 ちなみに私の場合、”洗礼の獣”と殴り合ったんだけどな? お互いボロボロになったところで獣が王冠に変わって、それをかぶったら王になったぞ。 その王冠はかぶった後いつの間にか消えてたけどな!」
『‥‥‥‥‥ひょっとして女神の言ってた”アーカルム22王”ってそれのことか?』
話を聞きながらふと思い出したのは、神殿で女神から聞かされたセフィリアにとって敵となりゆる存在のこと。
女神フォルセティが言っていた新世界創造のために世界の破壊を目論む存在、アーカルム22王。
その時聞かされたのは”教皇”、”女教皇”、”塔”の3つであったが、おそらく他の19の内の中に”悪魔”がいたのだろう。”洗礼の獣”とは十中八九、アーカルム22王で間違いあるまい。
しかもどうやら”洗礼”とやらを受ければ自身が王という存在に名を連ねることもできる可能性すらあるようだ。
「しかも残るは王の中でも最上位に位置する”世界”の王だけだからな! ただでさえ強いお前がさらに強くなるんじゃないかと思うと‥‥‥‥‥たまらないな!!」
「”世界”の王だと?」
「さっきから質問ばっかりだな‥‥‥‥‥」
最早なぜそこで喜ぶのか謎である。
とはいえまたも聞き捨てならない単語が出てきたので聞き返すセフィリアにジャミルは質問されてばかりだと不満げな顔だ。
「現在”洗礼”を乗り越えてうまれた王は21人。 王になった者は今どれだけの王が存在するのか知ることができるんだが、未だ生まれていないのは”世界”の王。で、王の中でも最上位だと言ったのは、本能的にとでもいうのかな? ”世界”の王はすごい存在だと感覚で理解してるんだよ」
「そうか」
セフィリアは確信する。
その”世界”の王をこちら側に引き込まねばならないと。
おそらくその”世界”の王がアーカルム22王の頂点に位置するというのは間違いない。
そして”教皇””女教皇”、そして”塔”の王もすでに生まれているというのに未だ暴挙に出ていないあたり、”世界”の王の誕生を待っているのはまず間違いない。
それはなぜか?
まず間違いなく、自身の目論見にその力が必要なのだろう。
”世界”の王はその3つの王の考えに乗り気ではないと、敵対関係にあるといっていい神から聞いている。ならば力が必要とはいえ、その力を貸してもらえる可能性は皆無だろう。
これは推測になるが、おそらく3つの王は”世界”の王を引き込むのが無理ならば、”世界”の王が力を与えたモノを引き込もうと考えているのではなかろうか。
だとすれば”世界”の王が未だ誰かに力を貸し与えていないのにも、”教皇””女教皇””塔”の王が未だ大きくは暗躍していないのにも頷ける。
まあそれ以前に、なぜアーカルム22王が自らの力を貸し与えるような真似をしているのかはさっぱりわからないが、今手元にある情報で整理するならばそれが最もあり得る話だろう。
しかしセフィリアはこのままの状態をよいとは思わない。
今の状態は膠着状態。だが野心に燃える王達がこのまま動かないというのはあり得ない。
恐らく今も何らかの手を打っているはずだ。であるなら、今のうちに最大の切り札になりゆる”世界”の王はこちらに引き込まなければなるまい。何かの心変わりで、”世界”の王がその王達に肩入れする可能性もゼロではないのだから。
「おいっ!!」
「ん」
熟考していたために周囲の様子を完全にシャットアウトとしていたセフィリアの意識はジャミルの大声によって引き戻される。
「お、やっと気づいたか‥‥‥‥‥ じゃあ私はニーヴィルを連れて帰るからな! アスタリクの闘技大会は秋の中旬だ! 絶対来いよ!! 待ってるからな!?」
「わかったわかった」
「その言葉に二言は‥‥‥‥‥「さっさと逝けっ!!!」おふあァァァァァァァァ!?」
どうもジャミルに苦手意識が芽生えていたセフィリアはしつこく確認してくるジャミルを胸にもやもやと溜まっていた感情任せにジャミルを飛んできた空の方向へと蹴り飛ばし、ジャミルは地から天へと昇る流星となった。
『ではわしも戻るとするかの。 子が世話になった。 まあこれも何かの縁じゃ、用があればこれで呼べばよい』
呆れ顔で遠くに光る星を眺めながらニーヴィルがそういうと、イアの手元に突然それなりの大きさの角笛が現れた。それにイアは少し驚いた顔をする。間違いなくセフィリアの使う謎収納と同じ魔法であったからだ。
『それは我の牙で戯れに造った笛よ。 その笛の音は我ら竜のみが聞き取れる。 わしに用があるならばその笛で呼びかけるがよい』
「あ、ありがとうございます!」
「おお、すげえじゃねえかイアちゃん。 よかったな!」
「キュキュキュ~♪」
『さて、では戻るか我が子よ。 番も待っておるぞ、お叱りは覚悟せねばなるまいな』
「キュ、キュ~~‥‥‥‥」
「じゃあね」
「またな、チビ」
「キュ~~~!」
イアとゴスペルの2人とそんなやり取りをすませ、ニーヴィルとチビドラゴンもアスタリクへと去っていったのだった。
さて、2匹と1人が去った(1人は強制送還?)後には、もうすっかり日は傾いていた。
「もう‥‥‥‥ もとはといえばセフィリアさんが見かけたドラゴンなんか拾ってくるから‥‥‥‥」
「うっ‥‥‥ つ、次からは道端に落ちてるものは拾わないようにする‥‥‥‥‥」
「セフィリアさん、そりゃ子犬に言う事だぜ?」
「ぐふっ!?」
完全に子犬に言う忠告を自身が口にしていることをゴスペルに指摘され、うめき声をあげるセフィリア。
イアも完全に呆れ顔である。
「で、でもその代わりにイアは古龍とのつながりを持てただろう!?」
「偶然ね」
「偶然でもいいじゃないか! それに私も知りたかったことが知れたし! 学院の入学試験前の目標に、次の目的地も定まったしな!」
「へえ? どこなの?」
流石に子犬と同じというのは堪えたのか、もう必死なセフィリア。
そこでポロリとこぼされた次の目標と目的地という言葉にイアは興味を惹かれた。
それはセフィリアが言う目標と目的地は、うぬぼれではないが、大抵がイアに関わりある理由から定められるからである。
「まずは魔王が言っていた闘技会だな。 なんでも各国から猛者が集まるらしいぞ? それに参加すればお前のレベルアップは確実だろうからな」
「おお!!」
「げえ、あれに出るのかよ‥‥‥」
イアは嬉し気に顔をほころばせ、ゴスペルはといえばどうやらその大会に覚えがあったらしく何故か苦い顔をしていた。
だがセフィリアは珍しく真面目な顔をして再度口を開いた。
「けどその前に、東の果て、そこにあるという古城を目指そうか」
夕暮れの明かりが紅く周囲を照らす。
セフィリアの瞳もまた、その光を反射して輝いていた。




