イアの才能
10分遅れてしまいました‥‥‥申し訳ありません
ファルの街からそう遠くない場所に広がる平原。
その一角で、鼠色の兎の群れが気の向くままに跳ね回り、夏の空の下、実にほのぼのとした光景が広がっていた。
兎の魔物、ラビッツの群れである。
その群れが小さく見える場所で、セフィリアはイアに小さく耳打ちする。
「良いかイア、知っての通りラビッツは外敵が多い分、気配察知能力が高く、また逃げ足も速い。 だから一般的には弓で一発で仕留めるのが基本だが、お前がこれから鍛えていくのはスキル:格闘術を活かした接近戦だ」
「うん」
「そこで”課題”だ。 あのラビッツたちを接近して1匹以上仕留めてこい」
これはかなりの難題である。
ラビッツはそれこそ攻撃力皆無だが、それを補うだけの気配察知能力を持っている。
接近して仕留めるともなれば、それこそ息を完全に殺し、足が草を踏みしめる音さえも消さねば不可能だ。
「わかった」
しかしイアはいたって真剣にその指示に頷いて見せた。
今のイアはセフィリアの渡した服、いや装衣と呼ぶべきそれに身を包んでいる。
セフィリアが動きやすさを求め、コートはともかくそれ以外の布地をさほどなくしたデザインであるのに対して、イアのそれは露出は極めて少ない。
タンクトップにパンツ、その上からはジャケットを羽織っている。靴はゴムに近い素材でできているらしく、消音に優れていそうである。それらすべて黒かあるいは濃い色に統一されていた。
そして手には鉄甲鉤(鉤爪がついた暗器の一つ)をつけており、その様は完全に暗殺者か何かである。
それも当然のこと、セフィリアがイアに目指すように言ったのは、”暗殺者”であったからだ。
もちろんというべきか、イアは反対した。
イアの中で、格闘術といえば結びつくのはそのまま”拳闘士”などであったからだ。
しかしセフィリアそれに対し、こう答えた。
『別にそれならそれで構わない。 しかし考えてもみろ。 それで世界最強になるのはかなり難しいと思うぞ? 仮にお前が強くなったとしても、私に馬鹿正直に真正面から挑みかかって勝てると思うか?』
その言葉にイアはすんなり納得することができた。
確かに理不尽の極みのようなセフィリアに真正面から挑んでも瞬殺されるのは火を見るよりも明らかである。それに今のイアにはセフィリア以前にゴスペルにすら勝てないだろう。
であるならば、弱い今の自分が目指すべき戦い方とは、姑息な手段を用いてでも勝ちの目を拾うことである。
それは魔物を相手にするにしても同じことだ。
未だ弱い自分がスキルがあるからと村を襲ったあの魔物に殴り合いで挑んだところで、武器がそれこそ伝説の武器でもない限り殺されるのはこちらだろう。
セフィリアは言葉足らずだったが別に”暗殺者”になれ、と言いたかったわけではない。ただイアはまだ弱いのだから、スキルがあるからと真っ向勝負を挑む必要はなく、その戦い方を最も得意とする暗殺者を真似ろといいたかっただけである。
まあ結果として頭の回転の速いイアには伝わったようであるから問題は無かったかもしれないが。
□□□
イアはできる限り身をかがめ、群れから離れた1匹のラビッツの背後へとゆっくりと忍び寄る。
息は自身の耳にもわずかに届く程度、それほどまでに微かになり、心音も静かでゆっくりとしたものだ。
草原を移動するたびに草をかき分け、カサカサと音が鳴るが、それは風が草を揺らす音に紛れて消えた。
標的になったラビッツはといえば時折耳を動かすものの、その時にはイアは確実にその歩みを止めるので気づかぬまま、同じ場所で草を食んでいる。
そしてイアはとうとう、腕を伸ばせば手の鉤爪が届く位置までたどり着いた。
常人であれば緊張の糸が切れ、その場ですぐに襲い掛かったかもしれない。しかしそうしてしまえば、届くか届かないかの距離であればラビッツはその優れた脚力でさっさと逃げてしまったことだろう。
しかしイアは違う。心身掌握という固有スキルを持つイアだからこそか。その頭の中では確実に仕留められるかどうかの計算が、冷静に行われていた。
その結果導かれた答えはNo。
その答えを導き出したイアは未だ緊張の糸は解かぬまま、むしろ今まで以上に気配を殺し、近づいていく。
そして確実に手が届くその位置へたどり着いたとき、イアは潜めていた殺気を解き放ちその手の爪を振り下ろす!
そしてラビッツがそのさっきに反応し、咄嗟に振り返るがもう遅い。
ストンッ―――――
ラビッツは悲鳴を上げて他の仲間にその死を知らせることすらできず、頭を失くした胴体は崩れ落ちた。
そしてイアは群れの中からも2匹のラビッツを仕留めることに成功。
他のラビッツには逃げられたものの、その成果は上々であった。
□□□
「よくやったじゃないかイア。 あの気配の殺し方、初めてとは思えないくらいだったぞ!」
「本当だぜ!! というかラビッツに気取られないなんて腕利きの冒険者であっても難しい事なんだぜ? 俺たち傭兵もラビッツ狩りは面倒掛けずに弓でやるのが基本だからな」
「うん‥‥‥‥ でも疲れちゃった‥‥‥‥」
「それはそうだろう。 精神のコントロールは体を動かすこと以上に疲労を募らせるというしな。 ともかく、一つ目の課題達成おめでとう。 ほら、ご褒美だ」
「うん、ありがとう」
見事3匹のラビッツを仕留めたイアをねぎらうセフィリアとゴスペル。
もちろん依頼としての難易度は最低レベルであるが、この”縛り”で3匹というのは十分な成果だ。
疲労を訴えるイアにセフィリアはボトルに補充しておいた魔術薬あらため自身の血入り水をイアに渡す。
イアがそれを飲み干せば、たちまちにイアの疲労は見る影もなくなり、むしろ以前に増してどんどん体が進化していくようであった。
そんなイアの様子を見たゴスペルが、ふとセフィリアに質問する。
「なあ、別にイアちゃんに戦いを経験させなくてもその水を毎日大量に飲ませれば強くなれるんじゃないのか?」
「ああ、実はそれ、前に実験したことがあったんだけどな。 どうも私の血は魔力が濃すぎるがゆえに、あまり摂取しすぎると人体には悪影響らしいんだよ」
さらっと聞き捨てならないことを言ったセフィリアにゴスペルも、そして先ほどボトル2本目となる血入り水を飲み干したイアも固まる。
「以前過剰な魔力は毒になるという話を聞いてな。 試しに依頼で暗殺を頼まれたとき、私の血を濃い目に混ぜた飲み物をターゲットに提供したことがあるんだよ。 そうしたらな。 翌日かなりひどい”魔力暴走”をおこしてな。 心臓が破裂したと聞いている」
魔力暴走。
これは病気のようなもので、何らかの理由で過剰な魔力を供給すると、魔力を生成し、血と共に体内に循環させている心臓が許容量を超過した魔力によって破裂するというものだ。
すでに患ってしまった場合、防ぐ手立ては今の所ないとされている恐ろしい病気である。
「だから私の血はかなり薄めたものでないと飲ませられない。 実際イアに飲ませたのは血1滴を酒樽一つ分くらいの水で薄めたものだし、運動などで疲労している時にしか与えてないだろう? 疲労している時は体が本来よりも多くの養分を求めているからな。 過剰供給になる可能性は低いというわけだ」
基本行き当たりばったりだが、重要なことについては割としっかりしているセフィリアである。
その言葉にゴスペルとイアはとりあえず安堵のため息をついたのだった。
ちなみにセフィリアだが、前回2人が走っていた際にイアの訓練用にと受けた依頼以外の物を全て片付けてきている。
とはいえ、1kmの距離を、イアが走ったのにかかった時間はおおよそ10分。
それ程の数の依頼をこなせる時間があったとは思えない。
しかし、そこは化け物じみた体を持つセフィリア。
一つの依頼の処理におおよそ2分。移動に1分。
きっとその光景を見たものがいたならば、今までそこにあった生物や薬草が強風と共に消えるという怪奇現象を目撃したことだろう。
セフィリアがおよそ10で片付けた依頼とその解決方法は以下の通り。
『討伐:ウルフ種10頭』 剣を横に高速に振るって発生させた刃で群れを一層。頭を証明に回収
『討伐:スライム20匹』 高速移動ついでに瓶をもって伸ばした手を道すがら見かけたスライムに突っ込んでゼリー状の体をえぐり取って倒し体液を回収
『討伐:ブロス・モー1頭』 2m近い巨体の牛型の魔物。大きな二本角を持ち突進が脅威。サーチアンドデストロイ。ウルフ種と同じく首は回収
『討伐:バジキキ1匹』 全長2m50cm程の蛇型の魔物。動きは遅いが麻痺毒を持ち、動けなくなった相手を絞め殺す銅級冒険者にとっては難所となる魔物だが、セフィリアにとっては言わずもがな。首はいただきました
『討伐:ラモ・キマイラ1頭』 胴体が牛で頭部と手足はウサギという巨大で、奇妙な見た目の魔物。しかし跳べない代わりに逃げ足が見た目に反し恐ろしく速いのと、数が少ない希少種だが、高速で行われた捜索と迅速な狩りによって何の問題もなく終わった。この魔物については肉が大変美味なので依頼用だけでなくとれるだけの肉はすべて回収した
『採取系:依頼全て』 セフィリアが持っていた者で十分足りるようだったので謎収納から必要数だけ取り出した
そして残った依頼は『討伐:ペルクル』のみ。
ペルクルとは羽を広げれば5m近い巨大な怪鳥で、草食の為人を襲うことはないが今回の場合は天敵であるバジキキに追い立てられるなどして興奮すると近くの人里などを攻撃することがある魔物だ。
そしてセフィリアはこの討伐をイアにさせるつもりであった。
ともかくセフィリアはイアに”戦い”の場数を踏ませたかった。
とはいえウルフ種やバジキキでは戦闘初心者のイアには命の危険があるし、ブロス・モーも同様だ。ラモ・キマイラは逃げ足が速すぎてイアには難しい。スライムに関しては弱すぎるので論外である。
その点、ペルクルは飛びこそするが行動は単調だし、殺傷性の高い攻撃手段もそんなに持ってはいない。
ちょうどいい練習台であった。
というわけでセフィリアはイアに次の”課題”を提示する。
「イア、ゴスペルにペルクルの基本的な行動パターンなんかを聞いておけ。 私がペルクルをここまで追い立ててやるからお前はそれを倒すんだ。 ゴスペルの手は借りるなよ?」
それに流石のイアも驚く。
イアもペルクルのことは知っている。そしてそれを一人でやれと言われ、動揺が隠せなかったようだ。
だがしかし、その表情からは”怯え”は感じられない。それよりは、うまくできるだろうか?という”緊張”の方が強く表れていた。
そんなイアにセフィリアはにやりと笑うと「心配するな」と声をかけた。
「私がまずペルクルを弱らせる。 無手でな。 イア、お前の戦い方の手本を見せてやる」
そう言ってセフィリアは自身の両の拳を胸の前で打ち合わせた。




