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変化する世界を貴方と  作者: 黒煉
1・出会い
10/93

今更の名乗り

初めての評価、ブックマークをいただきました。ありがとうございます!今後とも精進しますので、評価感想等、ぜひよろしくお願いします!


※部分的に修正

※大国ルーヴェンの帝制五剣についての文を追加

 「お姉さん!」


 「うん?」



戦いを終えて、琥珀だらけのあの場所へと帰ってきたへと帰ってきた”彼女”を迎えたのは、最初に助け出したあの少女だった。



駆け寄ってきた少女を抱きとめてやれば、少女は心底心配そうな表情で彼女を見返す。



 「どうした?」


 「‥‥‥‥怪我したりしてないの?」



当然と言えば当然の心配である。


とはいえ、彼女にとってそれは無用の心配だ。

だから彼女は優しく微笑むと、少女の頭を優しく撫でながら答える。



 「なあに、心配ないさ。なにせ、この体はこの世界で一番の出来だからな」



少女にはその言葉の意味は分からなかったが、ともかく彼女の無事を確認して、その表情を緩めたのだった。







 「あの、よろしいでしょうか?」



しばらく少女と言葉を交わしていた彼女のもとに、申し訳なさそうにして二人の人物がやってきた。


おそらく、少女の両親だろう。

現に少女は、彼女の元を離れてその二人のもとへと駆けて行く。



 「何か?」



 「娘を、私たちを助けていただいてありがとうございます!」



 「「「ありがとうございます!!」」」



両親が深々とお辞儀したのに合わせて、後ろに並んでいた他の辺境の住民たちも頭を下げる。

それに対し、彼女は緩く首を横に振ることで答えた。



「よしてくれ。 私は依頼を受けて助けに来ただけだ。 礼はむしろ、私に助けを依頼した傭兵のゴスペルに言ってくれ」


 「あの、傭兵団の団長の方ですね!? よかった‥‥‥生きていらしたんですね‥‥‥」



少女の父親が安堵の言葉を漏らす。


少女の話によれば、父親はどうやら傭兵と共闘していたようだから、ゴスペルの生存は嬉しい知らせだったのだろう。



それよりも、と彼女は口を開く。



「今はともかく、この場所から出ることを優先しようじゃないか。それにここにいた魔物は全部殲滅(・・)したから、危険もないはずだ」



その言葉に、少女のように幼いものを除いて、村人たちは驚きと共に、あれだけの魔物を殲滅したという目の前の人物の言葉に少しの恐れを感じる。


しかも彼女はその戦いの後だというのに、まるで疲れた様子もなければ、身に着けている服にも汚れ一つついていない。



そもそも魔法で眠らされていた彼らをも目覚めさせた戦闘音の激しさから、激戦であったことは明白だった。



なのに当の本人はこうして何事もなかったかのようにして目の前にいるのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。



だが残念な事に、彼女の精神はまだ、その内心を察することができるほど成長してはいなかった。


結果、彼女は人々が動揺していることに気付きながらも、そのまま流すことにした。



 「さあ、いこうか?『善は急げ』と言うしな」










 「お姉さんって、旅をしてるの?」

 「うん、そうだな」

 「どのくらい?」

 

 「そうだなあ‥‥‥‥もうかなりの時を旅しているから、数えていないなあ」

 「ふうん‥‥‥」

 


 「それより、両親の所に行かなくていいのか?」

 「うん。 もっといっぱい話をしておいでって」


 「そうか」



洞窟から出る道中で、彼女は少女と横に並んで歩いていた。



その後ろを、ぞろぞろと助けられた人々が追従する。


その中には、楽しそうに話す娘を微笑ましそうに眺める少女の両親の姿もあった。だが、彼女は、その顔にどこか悲しげな表情を見た気がして思わず小首をかしげる。



 「? お姉さん?」


 「ん、なんだ?」

 「どうしたの?」

 「ああ、いや、なんでもない」



 「ホント?」

 「ホントだ」

 

 「ホントのホント?」

 「ホントのホントだよ」



そんなやり取りを少女としながら、彼女はしばらくそのことについて頭を悩ませていた。


だが、その表情の理由は、すぐにわかることになる。





□□□





時刻は昼を少し過ぎた頃。



辺境の村‥‥‥というよりは、魔物に襲われ、更地になってしまった場所へとたどり着いた一行。


今の今まで自分の生存を喜んでいた人々も、自らの故郷の見るも無残となった姿にやはり悲しみを覚えずにはいなかったようだ。皆が辛そうにその表情を歪ませる。


中には洞窟の中で出会えなかった待ち人の生存が絶望的であるという現実を突きつけられ、とうとう泣き崩れてしまった者もいた。



そんな人々の姿を見て、いっそ自分の手でこの村を再建してみるかと本気で考えた彼女だったが、その鋭い視力が遠くからやってくる何かを捉えた。



目を凝らしてみてみれば、それはどうも武装した兵士の一団らしく、よく見ればどこかの紋章が刻まれた旗を掲げていた。



一瞬盗賊か何かだろうかとも考えたが、まさかこの荒れ果てた村の、しかも辺境にまでやってくるものなどいるとは考えにくかったので、おそらく依頼を受けた冒険者か、あるいは街の戦力、騎士団あたりがようやく重たい腰を上げてやってきたというところだろうかと予想する。



後者だとしたら少し不満があるところだ。


そしてそれが顔に出てしまったのか、隣にいた少女が不安そうに彼女の服のすそを引っ張った。



彼女はバツが悪そうに笑うと、安心させるようにかけてくる兵士たちのことを少女だけでなく、辺境の者たち全員に向かってくる兵士たちのことを告げる。



「どうやら、もともとゴスペルが依頼していた正規の救援がやってきたようだ。 ただ、いささか遅い気がしたので少し、な」



その言葉に、賛同するものも少なからずいたが、大半の人々は苦笑いを浮かべた。

代表するように、少女の父親が口を開く。



「ゴスペル殿が救援を発してくださったのはここ最近のことだったのでしょう? でしたら、辺境に来る早さとしては普通ではないかと」


 「そうなのか?」


「はい。 誰もが簡単にやってくるというわけにはいかないほど、離れた場所。 それが、この場所が辺境と呼ばれる所以ですから」


笑いながら告げる少女の父親に、彼女はそもそもの疑問をぶつける。



 「そこまでわかっていて、なんでこの場所に住んでいたんだ?」



その問いに、少女の父だけでなく、全ての者たちが虚を突かれたような表情を浮かべ、そして当たり前だと言わんばかりに答えを口にした。



 「生まれたころより過ごすこの場所には、愛着がありますから」



愛着。



その言葉で、彼女はすぐに納得することができなかった。


そんな理由で命を落としては何の意味もないではないか。

現に今回は全員が巣に連れ帰られ、危うく食い尽くされるところだったのだ。



それを思えば、この場所を離れて安全な、それこそファルの街のような場所へと身を移す方が賢明だと思うし、事実そうだろう。



だがその危険を知っていながら、この場所にとどまり続けた、そしてこれからもそうするであろう彼らの考えは、残念ながら彼女には理解できなかった。


そのことに、自分がまだ人として”歪な存在”であると、彼女は感じずにはいられなかった。



そんな彼女の横顔を、少女は隣からじっと見つめる。



その表情はとても美しく、それでいて触れたら簡単に崩れてしまいそうなほど儚い笑みだった。


兵士たちを乗せた馬の音は、もう誰の耳にも届くほど近づいている。










やってきた一団は、やはりファルの街から派遣された遠征団だったらしく、近くで改めて確認した鎧は、間違いなくファルの騎士団のものだった。



この世界では基本的に、街の治安を維持する組織として、騎士団を設置しているのが普通である。

ゴスペルの話にも出てきた大国ルーヴェンの『帝制五剣』も、王直轄の騎士団だ。


騎士団の主な仕事は治安維持はもちろん、定期的な魔物討伐の遠征なども重要な仕事の一つだ。

また戦争で動かされるのも基本的に騎士団である。



そして今回のこの一団は、その魔物の討伐遠征の一環として派遣された‥‥‥そんな感じだろう。



兵士たちは到着すると同時に、更地となった辺境の村の様子に慌ただしく走り回ったり、村人の話を聞いたりとしばらく騒然としていた。



その様子を、本来”旅人”というポジションの彼女はその現場から離れた場所で、なんとなしにそれを眺めていた。



今は関係のない人物としての立場でいることに成功しているが、村人たちが少し話せば彼女のやったことはすぐにわかるだろう。


そうなったときこの場にいなかったのでは、後々面倒事につながりかねない。

もちろん、そうなったとしても別段問題なく押しとおることはできるだろうが‥‥‥


むやみやたらに恨みは買いたくないというのが、彼女の今の所の考えであった。



しばらくすると予想通りというか、村人たちの話を聞いていた兵士たちの視線がだんだんと彼女に集まり始め、やがて兵士たちの中でも最も立派な騎士甲冑姿に身を包んだものが歩み寄ってきた。


彼女は集まった視線に居心地悪そうにしながらも、その人物と対峙する。



 『初めましてだな、旅人殿。 私はファル守護騎士団所属のガッシャーという』



くぐもった男の声が甲冑の下から響く。先にちゃんと名乗ったあたり、礼儀はしっかりとした人物のようだ。



 「初めましてガッシャー殿。 村人たちから聞いているだろうけど、通りすがりの旅人だ」



彼女はあたりの障りのない挨拶でそれにこたえる。だが騎士の方はそれを聞いて『勘弁してくれ』とつぶやいた。



『辺境の村の、決して大きくはないとはいえ、人の住む場所を蹂躙して更地にした魔物の群れ。 その巣にたった一人で突っ込んで住民を助け出し、あまつさえ魔物を殲滅してきたという人物が”ただの旅人”? 悪いが信じられないな』



それに‥‥と、騎士、ガッシャーは彼女の服を指さす。



『それは普通の旅人には背伸びをしても買えないほど上質なもののはずだ。 腰にさしている剣についても同様。 最低でも金貨10枚はくだらない代物だろうな』



金貨10枚がどれほどの額かというと、1月の間、食べるものには困らないといえば伝わるだろうか。


つまり彼女の衣服一つで、人間1人養うことができるということである。



当然とばかりに言い放たれたその額の大きさに、村人たちはどよめき、持ち主の彼女は面倒そうに眉をひそめた。


更にガッシャーは言葉を続ける。



『さらに言わせてもらうなら、名前すらわからない、恐ろしい戦力を持った人物を野放しになどできはしない。 街を襲われでもしたらたまったものではないからな。 もしなんの情報も明かさないというのであれば、悪いが我々と共にファル騎士団本部まで連行させてもらう。 当然、逃げたなら危険人物としてファルの街だけでなく、国全域に手配されるだろうがな』



それを聞いて彼女のもとにいくつもの視線が突き刺さる。


それは村人たちの視線だ。中でも先ほどまで話していた少女のそれは一段と強い。

やはり命の恩人の名前は気になるのだ。



それでも彼女から名乗る気配は一切なかったうえ、見た目からやはり貴族といった身分の高い方ではないかという考えから、聞くことはためらわれたのである。



対して、彼女は悩むと同時に、「ついにこの時が来たか」とも思っていた。





そもそも彼女が今まで”願を叶える旅人”をしていたのにも、実はちゃんとした理由がある。


それは願いを叶えるついでに、自分にできることを確認するためだ。



この体というものはそもそも彼女が創ったものであって、決して生まれ持っていたものではない。


その為長い時間をかけて慣らす(・・・)必要があったのだ。


そうするとやはり様々なことを経験するのが一番手っ取り早く、その点”願を叶える旅人”という姿は、まさに彼女にとって理想であった。



そして願いのなかには、素性が割れては何かと不便な”裏”のものもあった。


だから素性はできるだけ明かさなかったのである。



そして彼女がその旅で得たものは多かった。


自身にできることの確認はもちろん、願いを叶えたものの中には地位が高いものもいたためその人物たちとは伝手もできた。



例えば”願いを叶える旅人”が、一応ギルドに加入しているのに情報が一切ないのは、ギルドの上層部との伝手を使ったからであり、それは後の旅で非常に役立つこととなった。


もっともそれは一昔前の話で、その者はすでに亡くなってしまったが‥‥‥‥



ともかく彼女は旅ですでにそれだけのものを得ており、”願いを叶える旅人”の目的は達せられているのだ。



そして元々この旅が終われば1人の人間としてこの世界に溶け込み、旅をしながら世界を見て回る手筈であった。

だからもう、素性の判らない人物である必要はないのである。



だがそうなると今度は別の問題が鎌首をもたげる。




 名前をどうするか―――――――――――――




そもそも名前などなかったし、今までは素性を明かすことを避けてきたのだから当然考えてもいない。



どうするか‥‥‥‥



少しうつむき加減になりながら、しばらく自分の名前を考えているといい加減じれてきたのか、ガッシャーが数歩彼女に詰め寄った。


そしていよいよガッシャーが彼女を連行しようとその肩に手を置いたその瞬間、その脳内に電流のごとくひらめきが走る。



 「‥‥‥リア」

 

 『なに?』



ぼそりと呟かれた言葉を聞き取れず、ガッシャーが怪訝そうに聞き返す。


それに対し、彼女は顔をあげるとどこか誇らしげに答えた。




 「セフィリア。私の名前はセフィリアだ」




その誇らしげな笑顔の訳が、『いい感じの名前を思いついたことによる安堵からだった』と気づいたものは、誰一人としていなかったことだろう。

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