第三回 攘夷絶叫①
サンレーヌ人は、馬術が巧みだった。
どんな隘路も、見事な手綱捌きで駆け越えていく。助之進も、清右衛門から馬術を仕込まれてはいるが、これほどではない。
西洋は、日本以上に馬が身近な存在だという。日本は武士でも馬に乗れない、或いは乗った事もない者が多い。
(馬そのものが違うのも大きいな)
見るからに、日本の馬とサンレーヌの馬は大きさが違う。そして、調教法も違うのだろう。ここまで馬の動きを観察しているが、よく訓練されている感がある。
助之進と清右衛門は、ロジーヌやシモンと共に、一隊の真ん中を進んだ。先頭はセザール。偉丈夫なこの男は、騎士団の戦闘行為にはいつもいるそうだ。
シモンによれば、浪士の根城は、高尾山の麓にある神社である。朽ちて無人だったその社に志摩朝長という神職が入り、浪士達を呼び寄せたようだ。志摩は急進的な攘夷論者で、既に二人のサンレーヌ人を斬っている。しかも斬ったのは、若い女と少年らしく、
そうした話を聞くと、
(やはり、彼らに正義はない)
と、思う。彼らが怒る理由は判るが、手段が良くない。では、どうしたらいいのか。そこまでは考えつかないが、サンレーヌ人とは言え、女や子供に手を掛けるようでは、彼らが標榜する攘夷に賛成する事は出来ない。
トンビが良く晴れた空を、鳴き声をあげながら大きく旋回している。長閑な田園風景。その穏やかなひと時を断ち切るように、騎馬隊が疾駆していく。
鬱蒼とした森が見えてきた。ほぼ半里の距離で、ロジーヌは馬を止め、先頭のセザールを呼んだ。
「セザール、B小隊を率いて森を迂回しろ。戦闘が始まれば、その背後より仕掛けよ。A小隊は私が直率する」
同意したセザールが、B小隊を率いて駆け去っていく。連れたのは、十名。半分である。
(部隊の名は簡素なものだな)
AやB、Cというサンレーヌ語は、この国の〔いろは〕に当たるものだ。日本なら勇ましい名前を付ける傾向にある。それはそれで判りにくいし、何より独自の名が付けばお互い独立した組織という意識が芽生えてしまう。サンレーヌという国は、そうした虚飾より実利を重んじるのかもしれない。
「あの社か」
助九郎は呟いていた。
目標の神社。浪士隊は、その門前で待ち構えている。滅びを意識した抵抗なのか。古風な甲冑を身に付けた完全武装であった。
ロジーヌの号令で、団員が一斉下馬すると、短筒を構えた。
一人、甲冑に陣羽織、そして立烏帽子という姿の男が出て来た。歳は四十ほどだろう。
その男が手を挙げると、一斉に幟が上がった。
〔神衛党〕
白地に黒で、そう記されてあった。
「あれが、志摩だ」
ロジーヌが、助之進に言った。冷たい横顔とは裏腹に、口許には侮蔑の笑みが浮かんでいるのを、助之進は見逃さなかった。
志摩朝長が、大音声で叫び始めた。よく聞くと、随分身勝手なサンレーヌへの批判である。
「やめろ」
助之進は思わず声に出していた。
「サンレーヌは盟友だ。エスパルサとも戦ったのだぞ」
「貴様は誰だ」
「芳賀冬帆の一子、芳賀助之進と申す」
すると、朝長が一笑し、それは神衛党にまで広がった。
「ほう。親も親なら子も子だのう。売国奴に教えてやろう。サンレーヌを盟友と申すが、その盟友が、嫌がる娘を手籠めにするのか? 物を盗むのか?
横の女に訊いてみよ」
「なんと」
朝長の言を合図に、方々から声が挙がった。
「俺の妻も手籠めにされ、自害した」
そんな声もあった。
「本当なのか?」
助之進がロジーヌに訊いた時、
「天誅」
という絶叫が聞こえた。




