第二回 聖ルベルジュ騎士団①
鉄門扉を抜けると、そこは異国。で、あった。
掃き清められた道筋は広く、西洋風の屋敷が軒を連ねている。それら建造物は木造か或いは石造だが、長屋のような粗末なものは無い。どれも二階建てである。屋敷の他には商店もあったが、驚くべき事に耶蘇教の教会もあった。
(耶蘇教は厳しく禁じられているはずだが……)
茂亭には、教わらなかった事だった。耶蘇教に触れる事を、意図的に避けたのかもしれない。
しかし、耶蘇教とは。ここまで堂々と建立しているのだから、幕府も公認のはずである。きっと、サンレーヌとの何かしらの取引があったのだろう。
「凄いな、これは」
助之進は、湧き上がる感情を素直に口にした。
榎津の中心から小高い丘陵地にかけて広がる、榎津居留地。その本貫地というべき場所だった。地元ではサンレーヌ人の町、即ち参人町とも呼ばれ、日本人の立ち入りを制限するように、厳重な関所が設けられている。この関所も西洋風。鉄の胸当てに鉄の兜、そして槍を手にした番兵が守備していたが、ロジーヌを見ると片足を鳴らして背筋を正し、何も言わず助之進達を通した。
「凄い。凄いなぁ。まるで異国ではないか。なっ、爺」
すると、清右衛門が助之進を嗜めるように、口の前に人差し指を当てた。
「慎み為され。日本の武士が侮られますぞ」
「はいはい」
どうもこの頑固爺は、異国の町並みには興味がないようである。
「あれは?」
二頭の馬が、妙な荷車を引いている。荷車には窓があり、中には人が乗っているようだ。
「馬車トイウモノダ」
側にいたサンレーヌ兵が言った。三国志演義の張飛を思わせる虎髭を蓄えた、立派な体格の壮年である。歴戦の勇者なのか。右頬と目尻には、古くなって引き攣った刀傷がある。この者も日本語が話せるようだ。
「馬車というのか。日本には牛車はあるがなぁ。して、貴殿は日本語が話せるのか?」
「簡単ナモノナラ。騎士団員ハ日本語ヲ話サナケレバナラヌ」
「なるほどな。その騎士というのは、西洋の武士というものか?」
「ソウダ。騎士ハ名誉ヲ重ンジル」
「そうか、そうか。なら、ロジーヌ殿は武士の棟梁か」
そうして話している内に、道は緩やかな坂になった。
「モウスグダ」
壮年の騎士が言った。そして、微かに笑む。
「驚クナ」
そうは言われたものの、眼前に現れた巨大な建造物に助之進は圧倒された。
聖ルベルジュ騎士団の本営であり、榎津居留地総督府が置かれた城塞である。
(ここが、サンレーヌ人の本城か……)
それを示すように、城塔にはサンレーヌ王国の青い旗が掲げられている。
「日本人ハ、赤石城ト呼ンデイルガ、〔エスト・リュミエール城〕トイウ名ダ」
煉瓦と呼ばれる赤褐色の石材を用いているから、赤石城なのだろう。
掘割に掛かった跳ね橋を通ると、先頭にいたロジーヌが片手を挙げた。
下馬の合図だろう。騎士達が一斉に馬を降りた。
「芳賀殿。暫く客間で待っていただけないだろうか」
ロジーヌが、豊かな金髪を揺らして助之進に歩み寄った。
「茶など用意しよう。それとも、酒かな?」
「お構いなく。待たせていただくのもありがたいですが、出来れば城の中を見物してみたい」
「何?」
ロジーヌの視線が一瞬鋭くなったのを察した助之進は、取り繕うように言葉を重ねた。
「いやいや、機密に関わらぬ場所で構いませぬ、厩でも厠でも」
「ほう」
「私は、日本でサンレーヌ語が最も達者な上村茂亭先生に洋学を学びました。先生のお話を聞いて、西洋とは如何なるものなのか、見てみたい触れてみたいと夢見ていたのです。兎も角、何処でも良いですので」
「ふっ……素直なお人だな。よかろう、これで貴殿から受けた恩義に報えるのなら、私としてもやぶさかではない」
ロジーヌは頷き、壮年の騎士に目配せをした。
「彼は我が騎士団の古参で、セザール・ドゥ・デシャン三等武官。騎士団の中ではそれなりの身分だが、彼は日本語が話せる。案内せよ」
「ウイ」
セザールという騎士は、片足を鳴らして背筋を正した。これがサンレーヌ兵が上官に示す敬礼のようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
セザールは、野人のような外見に反し、事細かく説明をしてくれた。
厩や厠のみならず、台所や兵士の詰め所、見張り台。歩きながら、〔エスト・リュミエール〕が〔東の光〕という意味がある事も教えてくれた。
その一つ一つに助之進は驚いたが、後ろをゆく清右衛門は顔を顰めるばかりだ。
城内をひと廻りした後は、城塔に登り居留地内を一望した。
「見ロ。コノ居留地ハ、本国ノ建築家ガ設計シタモノダ。細部ニマデ計算サレテイル」
「へぇ。だから、野放図に広がっていないのか」
「ソウダ」
セザールは満足気に頷いた。
粗末な家がひしめき合う江戸とは大違いだ。居留地でこれほどなのだから、サンレーヌの王都というものに否が応でも期待してしまう。
「セザール殿は三等武官だそうだが、それは凄いのかい?」
心地よい春の風を浴び、助之進は訊いた。
「サンレーヌ王国軍ハ、五等級ノ兵ト、武官、ソシテ三等級ノ将官ニ別レテイル。武官ハ将校デ、私ハソノ中間ダ」
「では、ロジーヌ殿は?」
「三等将軍ダ」
「将軍だと」
そう声を挙げたのは、清右衛門だった。
女で将軍。その衝撃は、助之進も同じだった。
「団長ハ、王室ニ連ナル身分ナノダ。ソレニ、我ガ国デハ女ノ武官・文官ハイル。少ナイガナ」
「凄いな、やはり。日本では考えられない事だ」
それから、耶蘇教についても聞いた。教会建立に関して、やはり幕府とサンレーヌとの間に激しいやり取りがあったそうだ。
だが、居留地への立ち入り制限と布教をしないという事で、幕府が折れた。そうしなければ、サンレーヌは日本を守らないとでも言われたのだろうか。その経緯まではセザールは知らないと言った。
「コノ部屋デ、待ッテイロ」
一応に案内された後、助之進と清右衛門は客間に通された。
その部屋も、助之進には物珍しいものだった。
磨き上げられた板張りの床に、純白の白い壁。そこには二畳ほどの大きさの鏡が備えられており、その他には何者か判らないが異人の絵も飾られている。
「座レ。マタ呼ビニクル」
と、長椅子に促された。
「ありがとう」
セザールと代わるように、女が現れた。西洋風だが粗末な衣服を着ている。女中のようなものなのだろう。
茶を運ばれた。色は薄い赤茶。見た事が無いものだ。
女は、茶を置くと一礼をして部屋を出た。
「ふむ」
喉の渇きを覚えていた助之進は手を伸ばそうとしたが、その手を清右衛門が掴んだ。
「なりませぬ。此処は外夷の本拠地。何が仕込まれているか判りませぬぞ」
「おいおい。我々を殺して何になる。それに殺すにしろ捕らえるにしろ、こんなまどろっこしい真似はしまいよ」
「ですが、こればかりはなりません」
清右衛門の手に力が入る。こうなれば、何を言っても無駄だ。頑固な糞爺であるが、尊敬する師父である。たまには言う事を聞かねばなるまい。
「判ったよ」
助之進は口を尖らせて、手を引いた。




