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第一回 金髪の女武者③

 翌朝。

 助之進と清右衛門は、草鞋や当座の食料を買い込み、榎津を出立した。

 助之進にとって、それは後ろ髪を引かれる思いだった。夢にまで見るほど、憧れた西洋世界が一部なりとて背後にあるのだ。


(それを見ずにして、離れるとは……)


 何とも悔しい。

 清右衛門は、


「これから幾らでも行く機会がございますぞ」


 などというが、そうしたものは当てにもならない。

 さりとて、榎津の湊町はどんどんと遠ざかっていく。先頭を歩む清右衛門の足取りは有無を言わさぬものがあり、何を言っても聞き入れそうにない雰囲気だ。


(まぁ、いずれは……と、思うしかないだろうな)


 八院藩は榎津世話役。機会が全くないとも言えないし、出来ない事を悔やむのは性分ではない。


「若様」


 不意に清右衛門の足が止まった。

 榎津から西に延びた、街道だった。海沿いのはずだが、薄暗い林道である。だからか、陽は高いが人通りは無い。


「爺、どうした?」

「あれを」


 街道の先。抜刀した武士が、異人を取り囲んでいた。

 異人は金髪を刈り込んだ髪型で、サンレーヌ人であろう。反りの強い片手用の洋刀を抜いて対峙している。

 そして、その男の足元には七歳ほどの少女。親子なのだろう。これも金髪で、男の足に縋りついている。


「攘夷」


 一人突出していた男が、叫んだ。すると、口々に皆が攘夷と絶叫している。


(何と卑劣な)


 恐らく、攘夷派浪士だ。恐らく、異人狩りをしているのだろう。攘夷には懐疑的だが、神州を守りたいという気持ちは理解出来る。だが、どのような大義があろうと、子供を巻き込んでいい事にならない。

 怒りが込み上がってきた。昔からそうだった。卑怯な真似や理不尽な行いが嫌いなのだ。そうなると、カッと血が沸いてしまう。清流館では、顔の割りに短気だと言われ、そのせいで早死にするぞ、とまで言われた。

 そうかもしれない。だが、傍観するよりはましだ。私は武士なのだ。


「若っ、なりませぬぞ」


 と、清右衛門が止める間もなく、助之進は駆け出していた。


「攘夷」


 先頭の男が叫んだ。斬り込む。それを異人が洋刀の反りを活かして払う。そこまで見て、助之進は刀を抜き払った。異人を押し退けて間に割って入り、稲妻のようなはやさで浪士の小手を打ち、続いて首筋にも一撃を落とした。刀背打みねうちちであるが、助之進ご自慢の小手である。江戸の清流館では、〔助の旋風つむじかぜ〕などと呼ばれていた。

 浪士の一人はそれで昏倒した。


「貴様、邪魔をするか」

「異人とは言え、子供だというのが見えないのですか」

「外夷を討ち払わんとする攘夷の志に、左様な事は些末だ」

「些末だと。些末と申したか。斯様な事では、日本ひのもとの武士が笑われるぞ」

「おのれ、それでも邪魔するというのなら、貴様を天誅に処す」


 一同が一斉に構えた。相手は六人。いや、一人倒したので五人か。

 異人が側で何か呟いた。しかし、例の納豆を口に含んだような粘っこい言葉で、よく判らない。しかし、非難する風は無いので、とりあえず助之進は頷き、「逃げよ」とだけ言った。通じたか判らない。しかし、男は少女の手を引いて、駆け去って行く。

 一方、五人は余裕の表情を見せていた。口許には笑みも見える。若造だと侮っているのだ。

 その笑みが、ふと消えた。背後だ。何かが近付いてくる。それは。猛烈な殺気だった。


「清右衛門」


 助之進は叫んでいた。

 清右衛門が駆けてくる。浪士達が乱れた。


「若様、お下がりを」


 そう聞こえた時には、清右衛門がその中に躍り込み、二人を一息で打ち倒していた。

 どう動いたのか判らない。それほどの斬撃に、助之進は目を丸くした。清右衛門は、光当流こうとうりゅうを使う。若い時分には、剣を商売にしていたというし、その剣の手ほどきも受けた事がある。しかし、これまでの腕だとは思いもしなかったのだ。

 倒された二人は、刀背打ちだった。気を失っているのだろうか、動く気配は無い。


「若様に手を出す事は、如何なる者だろうと許さん」


 清右衛門が刀を突きだし、叫んだ。腹に響く怒声に、未だ無事の三人が明らかな恐慌に陥った。

 その時だった。

 馬蹄。これも背後からだった。一つや二つではない。振り向くと、馬群が迫っていた。


「新手だ、引くぞ」


 無事の三人が、仲間を置いて駆け出した。流石に、それを追う気は無い。差し当たり、あの親子が助かればそれでいい。

 逃げた浪士に代わるように、助之進の横を騎馬が通り過ぎていく。その数は、ざっと二十ほど。一瞬の出来事だった。


「あれは?」

「さて……、サンレーヌの武者でしょうか」

「なるほど」


 街道の先で浪士達は追いつかれ、あっという間に騎馬隊に呑み込まれていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 騎馬隊が引き返してきた。

 先ほどの三人には戒められ、引き回されている。

 一団が助之進の前で止まった。清右衛門が反射的に前に出るが、それを助之進が手で制した。警戒するほどの敵意は感じない。

 騎馬の輪が割れ、一騎が前に進み出た。

 裾が長い青い上着に、羽根飾り付きの塗笠。それは他の騎馬兵と揃いだが、胸にはこの者だけ、仰々しい飾りが付いている。


(この者が大将か)


 その大将は馬を降り、助之進の前に進み出ると、塗笠を取って恭しく、サンレーヌ式と思われる礼をした。

 長く、優雅にうねる金髪が舞った。その顔。大将は、女だった。

 白磁のように白い肌。頬だけは僅かに紅潮し女らしさを醸し出しているが、透き通るような碧眼へきがんが放つ鋭い眼光に、助之進は冷たい印象を覚えた。


「私は、榎津居留地の治安を預かる、聖ルベルジュ騎士団団長ロジーヌ・ドゥ・シュヴラン」


 それは、明瞭な日本語だった。女である事にも驚き、日本語を話せるという事にも驚かされた。それ故に、助之進は返事をするのにも忘れ、頷くしか出来なかった。


「ちょうど巡察で近くにいたのだ。そこで襲われた親子から報せを受けた」

「左様ですか」

「我が同胞を救ってくれたと聞いたぞ。礼を言う」

「いっ、いいえ。当然の事をしたまでで」


 すると、ロジーヌという女武者は、軽く口許を綻ばせた。

 よく見れば、彼女は長身だった。背が低くはない助之進より、幾分か高い。武芸で鍛えられたように見える肢体は引き締まり、胸の二つの丘陵は細さに似合わず豊かだ。異人は体格がいいというが、女もそうなのだろう。

 しかし、その美しい容貌と体躯に、尊大とも取れる男言葉がよく似合う。さながら、異人の摩利支天ではないか。


「セビヤン。これがジャポンの武士ブシィというものなのだな」


 日本語に不自由は無いが、その発音はやはりサンレーヌ語の影響を受けているようだ。〔ブシ〕を〔ブシィ〕と鼻から空気が抜ける音がするのを聞くと、思わず笑いそうになる。


「……武士らしくあれ、と私は心掛けております」


 助之進は笑いを朗らかな笑みに変えて答えると、ロジーヌは一つ頷いた。


「我が国も見習いたいほどだ」

「何ほどの事でもございませぬ」

「さて、勇敢で恩義ある貴殿らに礼がしたい。これから同道を願えないか?」

「なりませぬぞ」


 清右衛門が、耳打ちした。しかし、助之進はそれに首を振った。


「芳賀家の男として、サンレーヌと縁を持つのは悪くないと思うぞ。頼む」


 そう言うと、清右衛門は渋々という表情で頷いた。


「判りました。ここは素直に礼を受けましょう。あなたの立場もありましょうから」

「ジュ・ヴ・ルメルシー。では、ご案内しよう。誰かお二人に馬を」


 ロジーヌの命令に、騎馬兵がきびきびと動き出す。それだけで、只者ではない女だという事が伺える。


(しかし、何とも美しい女性だ……)


と、見惚みとれる助之進の背後で、清右衛門の咳払いが聞こえた。

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