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第一回 金髪の女武者①

 やっと陸地くがちが見えて来た。

 長崎の湊を出て、どれほどか。死ぬより辛い船酔いにも慣れて来た頃だった。


「爺、あれが伊草島か?」


 芳賀助之進は、弁才船の縁に身を乗り出すと、眼前に現れた島影を指さした。

 横に長く、内陸部には高い山が屹立した島。それが助之進が初めて足を踏み入れる、故郷・伊草島だった。

 東シナ海に浮かぶ、巨大な島。長崎の湊から約百七十海里、北へ百十海里ほど行けば、耽羅たんら済州島さいしゅうとうがある。


「左様にございます、若様」


 と、背後から渋みが利いた声が聞こえた。

 陽に焼けた胡麻塩頭の初老の武士、酒向清右衛門さかむく せいうえもんである。

 眼光鋭いこの男は、芳賀家の家人であり、助之進を江戸で養育した傅役、そして助之進の執事役を担っている男だった。


「やっと故郷の土を踏めるわけか。一時は船酔いで死ぬかと思ったが」


 生まれて十八年。助之進は、江戸の郊外・谷中にある紅粉屋藤兵衛の寮で養育され、一度も伊草島を訪れた事が無かったのだ。

 父は、芳賀冬帆。伊草島で三十三万石を領する、宇都宮家八院藩を統べる首席家老だ。その父が在府した際に、見初めた鳥追い女に産ませたのが、助之進である。母の身分が身分だけに藩邸で育てられず、かと言って無下にも出来ないというので、八院藩の御用商・紅粉屋に預けられたのである。そして母は、産後すぐに姿を消している。

 その助之進に国元へ来るよう命じたのは、父だった。父に最後に会ったのは三年前。千葉派壱刀流の奉納試合の時である。父は無言で試合を眺め、五人抜きした助之進を言葉少なに褒めてくれたのを覚えている。父とは数回しか会った事が無いが、寡黙で近寄り難い印象があった。清右衛門に訊いても、同じような答えが戻ってくるあたり、この印象は間違いではないのだろう。

 何故、伊草島に呼ぶのか。その理由は聞かされていない。ただ来いと命じられただけだった。あの父が、十八年間も放置していた私生児を、理由も無く呼び寄せるとは思えない。


(何かが待っているはずだ……)


 しかし、今は国元へ行ける事が嬉しかった。

 伊草島、そして八院藩については清右衛門に、みっちりと頭に叩き込まれていた。

 藩主・宇都宮家は、かつて太閤秀吉によって改易された下野宇都宮氏が祖である。時が流れて徳川家の臣となり、エスパルサ王国に占領された伊草島の解放を命じられ、関ケ原で発生した大量の浪人軍を率いて渡海し、見事これを奪還。この戦功により大名に復帰したのが始まりである。

 他にも伊草島には、外様の竹崎家郷原藩(ごうばるはん)九万石、譜代の大久保家鐘ヶ江藩(かねがえはん)十一万石がある。この二藩も、エスパルサとの戦功で大名となった一門だ。


「何が待っているか存知挙げませぬが、覚悟をしておいた方がよろしゅうございます」


 そう言ったのは、清右衛門である。

 時勢は、きな臭い方向へ向かっていた。

 酒井忠清が執権となり樹立した、宮将軍の幕府。徳川の姓は遠慮という形で廃止され、これに反対した御三家も滅ぼされた。

 そして鎌倉北条の如く得宗となった酒井家は、幕閣を身内で占め、かつ各地に探題と称した監視組織を配置する事で、誰も逆らえない絶大な権力による泰平を創出した。

 しかし、時代は変わりつつあった。

 まず、酒井得宗家の内管領であった吉良上野介が、江戸城中にて反得宗派によって討たれた。その報復で反対派の筆頭であった浅野内匠頭が滅ぼされたが、各地に反得宗の胞子を放つ事になった。

 そして、十年前。あのエスパルサが対馬・壱岐を急襲した。漢土もろこしの植民地化を進める一環だったというが、幕府軍はこの侵略を何とか阻止。しかし苦戦に次ぐ苦戦で傷は深く、この時に幕府軍を助けたサンレーヌ王国と、朝廷の許しもなく同盟を締結。しかも、エスパルサの侵略に備えるという名目で、国内数か所に〔居留地〕という名の土地を与えてしまったのだ。

 これが反得宗派、朝廷と結び勤王を掲げる浪士と呼ばれる勢力を大いに刺激する結果となり、日本各地に天誅と呼ばれる暗殺の季節が訪れていた。

 その最中、伊草島に呼ばれたのである。やはり、何かがあるのだと思わざるを得ない。


(まぁ、今は考えまい)


 それより、伊草島へ行ける事が嬉しかった。まだ見ぬ兄や弟に会うのも楽しみである。


「この船は、榎津という湊に入りますが、そこでは少々注意が必要でございます」

「危ない所なのか?」

「いえ、治安は悪くはございませぬが、榎津は伊草島唯一の居留地なのですよ」

「へぇ、居留地かぁ。今まで一度も訪れた事が無いので楽しみだな。異人も見たいし」

「何を呑気な事を。その異人を付け狙う攘夷派の浪士も紛れているのです。その為か、警備も厳重なのですが」

「攘夷、攘夷と煩いもんだ」


 攘夷派。異人が嫌いで、討ち払えと思っている連中である。その気持ちは、理解できる。神州の中に異国の領土があっていい話が無い。おそらく、日本中の者が思っているだろう。だが、彼らはやり過ぎだと思う。異人なら女子供も関係なく殺すのだ。先日など、横浜居留地で僅か五つの幼子が首を落とされたという。おおよそ武士の所業ではないし、こうした行いを続けていれば、ますます日本という国が侮られるだけではないか。


「若様。そうした物言いは、二人っきりの時に」


 清右衛門の言葉には、有無を言わさぬものがある。そうした言い方になるのも理由があり、助之進はバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。


「判っているよ」


 二ヶ月ほど前、助之進は江戸の御蔵前で手打ちにされそうになった子供を助けた事が切っ掛けで、喧嘩をしてしまった。それ自体は何ら恥じる事はない行為だが、相手が悪かった。酒井得宗家に仕える御内人だったのだ。いや、喩え御内人でも止めねばならない。あの場にいて、相手が御内人だからと指を咥えているならば、士分を捨てるべきである。だが、自分で全てを収める事が出来なかった。それは即ち未熟である証拠であり、悔やまれる事だった。

 あの場に、松平頼基という旗本がいなければ、恐らく酷い目にあっていたであろう。そして、その翌日に紅粉屋の寮まで御内人が押し寄せた時に、藤兵衛が銭を握らせ、かつ裏で手を回していなければ、今は獄の中だったはずだ。


(私はまだ青二才だな……)


 それを自覚しているからこそ、ここは素直に頷くしかない。


「若様は、庶子とはいえ芳賀家の御曹司。その行動一つ一つが、芳賀家の家名を左右するのです。特にこれからは国元での生活が始まります。そこの所を、重々承知ください」

「判っていると言ったぞ、爺」


 助之進は嘆息し、次第に大きくなる伊草島に目をやった。

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