第2章【幻想×停止】
「叶師匠っ……!」
由乃の悲痛な叫びが響く。
「……!?」
耳に届いた由乃の叫びに叶は驚いた。普段冷静な由乃は、気を取り乱したり大声を上げたりすることは殆どない。その由乃が悲鳴とも取れる叫びを上げるなど、ただ事ではない。
「由乃、何事……峰!?」
玄関でしゃがみ込む由乃は、峰を抱え込んでいた。
「由乃、状況説明!」
「は、はい! 峰が『人工カラファリア』について報告しに来ました。なので師匠の部屋へ通そうとしたら急に倒れて……呼吸もしていないし、脈も……何の予兆も無かったんです。私は、また、なにも!」
「由乃!」
叶の大声に驚いて、俯いていた由乃は顔を上げる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「同じ過ちを繰り返したくないなら俺の指示に従え!」
由乃は無言でうなずいた。その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
叶の指示に従い、由乃は桜華神宮へ向かっている。
「どうして神宮君のところになんか……? 『行けば分かる』なんて、何の説明もなしに……」
ぶつぶつと文句を言いながら走っていると、前から一羽の赤い小鳥が飛んできた。
(あれは……鮮里ちゃん……?)
峰の所に居候している少女、紗条鮮里は生まれつきの能力者で、その能力は姿または身体の一部を動物に変化させる『動物化』。
数ある動物の中でも、空を飛ぶことの出来る鳥に、鮮里はよく変化する。小鳥は由乃の目の前までくると、少女へと姿を変えた。
「やっぱり鮮里ちゃん。どうしたの? そんなにあわてて……」
「由乃さん! 皇が……皇が……!」
鮮里の焦りようは異常だった。まるで先刻の自分のように。
(『行けば分かる』って、そう言うことですか……)
どんなにふざけていようとも、とどのつまり有能な師匠に感服する。
「鮮里ちゃん、急いで神宮君のところに案内してくれるかしら?」
「は、はい……!」
今にも泣き出しそうな鮮里は、しかし泣くことはせず、瞳には強い力がこもっていた。
「神宮君!」
社の裏にある皇の家に足を踏み入れながら由乃は皇に呼びかけた。が、当たり前だが返事はなく。静かすぎる静寂が返事と言えば返事だった。
「皇、皇……!」
静寂が怖いのか、鮮里はさらに不安げな声をあげる。
「落ち着いて鮮里ちゃん。師匠に言われて、簡単な医療器具は持ってきたから、応急処置をしましょう。さ、神宮君の所に案内して」
「う、ん。皇は寝室にいるよ……」言われて寝室に向かう。そして、息を飲んだ。
「これ……!?」
全くもって、峰と同じ状況のようだった。
「鮮里ちゃん、何があったか教えてもらえ由乃は手動の呼吸器を皇に付け、作業をしながら鮮里の話を促した。
「朝起きて、皇が朝ご飯作ってくれて、『これ食ったら峰んとこ帰れよ?』って言って、そしたら急に倒れて、それで、」
「ありがとう鮮里ちゃん、分かったわ」
普段どんなに大人びた態度を取っていても、中身はやはり子供なのだ。あまりに予期せぬ事態へのパニックで、その言葉は何とも要点が掴みにくい。けれどそれがむしろ由乃には好都合だった。
(神宮君の状態も、鮮里ちゃんの状態も、さっきの峰と私のソレだわ)
となれば、峰と皇の状態は同じと考えるのが筋だ。
「鮮里ちゃん、少し離れていて?」
叶がやっていたのを思い出しながら、由乃は皇の身体や、その周囲を囲むように、準備していた札を貼る。
「其を宿すは我が魂。我、時の摂理に抗いて、己が夢を見続けん」
由乃の言葉に呼応するように発光を始めた札は、言葉が終わると同時に燃え去った。
「由乃さん、これは……?」
「時間停止の呪いよ。一時的なものだけど……、まぁ、仮死状態にしたと思ってもらえばいいわ」
鮮里と協力して皇を叶の診療所に運び、事態は停滞した。
「先日の事もあるしな、また『人工カラファリア』が関わってると考えるのが妥当だろう。たかだか一人の『人工』を作るのに、あんなウイルスは作らないだろうし」
叶の言葉は、暗に『人工カラファリア』が多数居ると言っている。
「でも皇は、『清め』の時期だったから、峰が帰ってからは、私以外の人と会ってません。それに皇がいた社には結界があって、外界とは切り離されてます」
現状として考えられるのは『人工カラファリア』によるなんらかの接触、程度だ。その目的も、動機も、手段も。何もわからない。
「なんとか治療方法だけでも見つけないと……峰も神宮くんも……‼」
「落ち着け由乃」
「っ……!」
あからさまに焦りと動揺の色を見せる由乃を叶が窘める。こういう時、やっぱり師は偉大だと感じる。幼く見える叶は、それでもやはりここにいる誰より長く生きていて、医師としての実績も実力もある。普段ふざけているように見えながら長い間篠宮に重宝されてきたのは、その実力故だろう。
「とにかく。2人の治療は俺がやる。今回お前は治療に携わらなくていい」
「師匠っ……!」
弟子とは言っても、由乃はそこそこ実力のある医師だ。だと言うのに、治療には携わらなくていいとは、由乃にとってまさに戦力外通告であった。いつになく、由乃は動揺していた。
それは過去に藍を失ったことがあるからであり、当時のまさに刹那的な事態に自覚している以上の恐怖を感じているのだろう。
過去。まだ峰が居らず、藍が軍の隊長を務めていた頃。
若く美しい少女が隊長に就任したと言うことだけでも異例であるのに、あろうことか少女が就いたのは最強と謳われる普通弐課の隊長であった。
ガタイの良い屈強な男共を引き連れた、まだ幼さの残る美少女の存在は比類無き異例であり、瞬く間に知れ渡った。
藍が入隊する以前に、若き有能な医師として名を馳せた普通弌課医療班の深剣由乃は、強い興味を抱き、彼女と知り合うこととなる。そして六年が経ち、藍の存在が軍に馴染んだ頃、突如として彼女は脱退した。と同時にその有能さ故に、重宝されていた医師・由乃までが脱退したことにより、その波紋は一気に軍を飲み込んだ。
その裏にあった理由こそ、藍が『C変質病』を発症し、由乃が藍を救えなかった事実である。
そして今も。
原因不明の症状に伏した友人を救えない自分がもどかしかった。師がなぜ自分を治療から外したのか。少し冷静になれば簡単に分かることだ。むしろ冷静でいたならば、治療に携わることも出来ただろう。
今更それが分かったとしても、もう遅い。師が言葉を撤回することはない。それは常に自身の言動に責任を持っている証拠だ。自分はまだまだ甘い。それを無言で反響させる。
意は決した。
「叶師匠」
由乃の声はいつもの落ち着きを取り戻していた。
「少しは頭冷えたか」
「はい、申し訳ありませんでした」
分かればいいんだよ、と軽く言い放つ叶に、改めてその寛大さに敬服する。
「私にも治療を、などと我が儘は言いません。今の私に出来ることをしたいと思います」
由乃は至って冷静に、だが怒りとも憎しみとも違う、敵意を強く抱いていた。
「お前はそっちの専門じゃないんだ。下手をすれば取り返しのつかないことになる」
「わかっています」なにも言わずとも叶は由乃の意志をはっきりと受け止めていた。
「なら俺は止めないさ。師匠と言えど、お前を絶対支配する気はねぇからな」
「ありがとうございます」
「……。だがな、」
頭を下げ、部屋を後にしようとしたとき、叶が言葉を続けた。
「お前は俺の弟子だ。破門してもねぇのに、勝手に師の前から居なくなるなんてのは、言語道断だからな」
「……はい!」
叶の遠回しな「帰ってこい」に、つい笑顔がこぼれる。まだ笑っていられる余裕があることに、少しほっとした。
「鮮里、」
「話は聞いていました。私も由乃さんと共に戦います」柱の陰から現れた鮮里は事も無げに言う。
「悪いな、俺の弟子は戦いに関しちゃまだまだ未熟でな」
「まぁ、私としても峰に死なれては困りますし、由乃さんよりは戦えます」
いつの間に着替えたのやら、軍時代の戦闘服に身を包んだ少女は、「それでは」と一言残して赤い小鳥へ変化した。
「由乃さん!」
「鮮里ちゃん!? なんでここに?」
確かな手がかりもなく、自分のカンと足を頼りに犯人を探していた由乃の前に、紅い戦闘服に身を包んだ少女が声をかける。
「私も一緒に戦います。峰に死なれては困りますし、これでも軍では優秀だったんですよ?」
それに、本人はあまり好きではないらしいが、『紗条』といえば能力者一族の中でも有数の名門だ。由乃はそれを知っている。
「でも、これは私の……」
「由乃さんだけの問題じゃないですから!」由乃の制止などものともせず、鮮里は赤い小鳥に変化すると由乃の肩に止まった。
「……百人力ね」
能力者というのはお互い感じ合うなにかがあるらしい。鮮里はこっちだとでも言うように、由乃を先導した。
「鮮里ちゃん……? なにかわかるの?」
「皇が倒れて、動揺して忘れてたんですけど、皇や峰から式神の気配がして……。この先からそれと同じ気配がするんです」
医者とはいえ、由乃とて元軍人である。しかし、鮮里の言う「気配」など微塵も感じなかった。
「鮮里ちゃんを信じるしか無さそうね」
「信じるしか無さそう、って私はそんな無能じゃないですから!」
たどり着いた場所は鈴蘭に囲まれた、なんとも幻想的な墓地であった。 ――――墓地と言っても、霊園だとかお寺のように整備され、手入れのされた場所ではない。一面の鈴蘭に囲まれ、墓石らしき岩がそびえ立つだけである。
「こんな所……あったかしら……?」
今まで、人生の半分以上を軍で過ごした由乃にとって、生まれた土地とはいえこの付近で知らないことは多い。
しかし、軍を辞めてこの土地に戻ってきてもう一年が経つ。それでもなお、見覚えのない景色に動揺した。
「どうやらここは敵の領域のようですね。中々厄介な相手かもしれません」
能力者でもなければカラファリアでもない由乃にとって、ここは未知の世界である。鮮里の言葉をしっかり脳裏に焼き付けて、自身を律した。
「あの墓石……。調べてみましょう」ゆっくりと歩を進める由乃。由乃の肩で警戒を緩めない鮮里。
「なによ、これ……!」由乃が息を呑む。その声に鮮里の警戒が一瞬、緩んでしまった。
「驚くのも無理はないよねぇ?」
「‼」
その一瞬で、"その男"は由乃の傍らに現れた。
「welcome……my enemy」
一瞬、女かと思ったその男は、腰ほどまである黒髪を風になびかせ、格好は死装束ときた。現実味のない男だが、由乃にとってはたった一つ、確かな、現実味のあるものがあった。
殺気。
その男が纏う殺気は確かにそこに存在していて、軍医として戦場に立っていた由乃にとっては紛れもなく現実だった。
「……あなたは、人工カラファリアですか」
由乃の問い掛けに、その男は笑顔を作る。
「そんな風に言われてるのか。まぁ、間違ってはないからいいけど……。俺は依篶。この地の神になる男さ」
手を広げ、演技がかった風に語る男に、由乃は覚えがあった。
「あなた、伊波神主のお孫さんね?」
由乃の一言に依篶の目の色が変わる。
「……三代爺の話はするな」
依篶の瞳は、今や獣のごとく赤く研がれていた。
針・呪符・短刀。由乃の扱う武器は全て、医療にも使用できるようなものばかりで、その威力などたかが知れている。それでも、人一倍頭の回転が速い由乃は、機転を利かせ、策略によって勝ってきた。
針の穴に細い糸を通すように精密に。毛細血管の如く抜け目のない策略。そこに優秀な能力者である鮮里がいるのだから、本来負けるはずはない。
「どうした、この程度か?」
(おかしい……さっきから当たるはずの攻撃が当たらない……)
それは“避けている”のではなく“効いていない”と言うのが正しいだろう。かれこれ一時間近く、依篶との戦闘は続いている。いくら優秀とはいえ、まだ幼さの残る鮮里には長すぎる時間だ。
(鮮里ちゃんの体力はもう限界を迎えてる……気力で保ってるだけだわ……)
長く軍に身を置いていた、由乃さえも疲労を感じている。
(何か突破口があるはず……!)
どんな状況でも、必ずや突破口が存在する。 それは由乃が経験のなかで見つけた確信である。余裕であるが故に依篶は至って冷静に現状を確認していた。
(あのガキの体力はもう限界だろう。女の方も長くはない。あいつは戦闘員じゃないな)
思った通り、女は少女を庇うように立ち、少女を後退させた。
「どうやらそっちのガキは限界のようだな! いい加減、諦めたらどうだ? 二人で敵わぬものに、一人でどうするというんだ」
依篶は勝利を確信していた。
余裕であるが故に、自身は冷静であると考えていた依篶に対し、由乃は余裕であるが故に、油断ができると経験から認識していた。その戦いに対する心構えから既に差は生まれていたのだ。
「何も手がないなんてことは思わないようにしてるの。打開策は絶対にあるってね」
依篶の油断は鮮里にとってありがたかった。油断し、余裕ぶって由乃と対峙していたが故に、鮮里が由乃の背後から消えたことに気づいていない。
(まだ……まだやれる……! 皇を、峰を助けなきゃ……集中して、きっとどこかに……!)
鮮里は蜂へと姿を変えていた。
(ここは彼の結界の中。彼に攻撃が効かないのは、十中八九その結界のせいよ。だから、結界の要を探して、壊して)
由乃の言葉を信じて、場所も形もわからない結界の要を探した。なんのヒントもない今、頼れるのは鮮里の、能力者としての第六感のみだった。
(私が、みんなを助ける……!)
意識が朦朧とするのを堪え、鮮里はただひたすらに自身の直感に任せて飛んだ。
(なにか、なにか引っ掛かる。なにかを感じてるのに、それがなんなのか……)
鮮里の直感は、要が近くにあることを告げていた。だが回りにあるのは鈴蘭と墓石。
ふと、そこに意識が向いた。再び墓石に近づいて念入りに調べる。結界の要は、本来存在するはずのない領域を無理に産み出したことで、なにかがずれてしまうようになっている。
(私と、由乃さんの……墓)
それはごく当たり前に、牽制のために存在していると思っていた。否、思わされていたのだろう。
(あの演技はなかなかのものですね…!)
鮮里は墓石に向かって、力の限り針を刺した。
「……!? 結界が……!?」
突然空を見上げ、焦りだした依篶を見て、由乃は状況を理解した。
「鮮里ちゃんを甘く見た報いね!」
「あんのガキ……!」
「ガキで悪かったわね!」
「なっ……!」
結界が破られ、怒りに震える依篶の首に鮮里が容赦なく針を刺した。
「形勢逆転ですね。今の私は蜂ですから、この針には毒があります。まともには動けないでしょう?」
言うと、鮮里は元の姿へと戻った。
「女を、子供をバカにした報いです!」
「く、そが……!」
意識を失った依篶と、疲れはどこへやら勝利の喜びで元気を取り戻した鮮里を見て、由乃は改めて鮮里の強さを思い知った。
「叶師匠!」
室内に響く弟子の声は、たかだが4、5時間前に聞いたはずだが、凄く久々に耳にしたような錯覚を覚えた。それほど師は弟子の安否を心配していたのだ。
「騒がしいぞ」
そんなことは微塵も感じさせない風で叶は由乃をたしなめる。
「申し訳ありません。今回の黒幕と思われる能力者を確保いたしました」
言うと、由乃は今しがた自分が入ってきたドアへ目をやる。そこには毒蛇となった鮮里に巻き付かれ、固まっている依篶がいた。
「名は依篶。伊波神主のお孫さんです」
「三代の爺さんか」
「三代爺の話はすんなって言ってんだろ」
蛇の毒に怯えて固まっていた依篶は、戦う前と同じように、三代の名に過剰反応をしめした。
「三代爺の話はすんなって……」
「戦うときもこうでした」
「……話はあとで詳しく聞く。まずは二人にかけた術を解いてもらうぞ」
「……分かった」
機嫌の悪さを嫌という程放っていた依篶だったが、巻きつく毒蛇の視線に屈した。
(ここは……)
鈍い痛みが脳に響く。とりあえずまぶたを上げてみれば、いつにもなく心配そうな顔をした由乃が居た。
「……由乃……? 私は……」
「お前達は人工カラファリアの能力で眠らされてたんだよ。息もしてないし、いつ目覚めるかもわかったもんじゃないから仮死状態にしてた。そのまま肉体が朽ちちゃ困るからな」
「仮死、状態……。お前、達?」
上手く回らない脳でなんとか思考する。気付いて当たりを見回せば、隣のベッドに息もせず眠る皇が居た。
そしてその傍には見覚えの無い、死装束の人物。峰の身体はその人物に対し、危険信号を放ち、脳を強制的に稼働させる。
「満晴、由乃、これはどういうことだ」
「まぁそう焦んな。二度手間は面倒だから二人揃って説明してやるよ。もちろんそいつにも話させるしな」
そう言った、満晴の顔には珍しく笑顔がなかった。故に何も知らない峰は事の重大さを思い知った。
「さて、説明すっかな。意識は朦朧としてないな? 峰はともかく、大丈夫か? 皇」
あれから数分後に目覚めた皇は一つ大あくびをして、まるで清々しい朝を迎えたような顔でおはよう、と挨拶をかました。
「だ、大丈夫です……早く説明を始めてください」
何も事情を知らなかったのだから仕方ないと言えばその通りだが、それでもやはり現状にあまりにも似合わない行動をしてしまった自分を皇は恥じているらしい。
「さて、まずはこいつだな。こいつは伊波 依篶。伊波神社の神主の孫だ」
「三代爺の話はすんなって…」
「あなたは黙っていてください」
「っ……」
鮮里の鋭い声と強く締め付けられた事で依篶は再び黙る。
「まぁ、なんとなく予想は付くと思うがこいつもまた人工カラファリアで、お前達2人に力を使ってた。が、ここから先は俺たちもまだ聞いてないんだ。本人の口から説明させようと思ってな」
いたずらをする少年のような笑みを浮かべ、依篶の方を向く。
「……」
「さっさと話しなさい」
「わ、わかったよ!」
若いとはいえ、大の大人が蛇と化した少女に逆らえないというのは、なんともシュールな光景である。
「俺の力は『幻想』と『停止』だ。俺はお前達2人に『停止』を使って、俺にとって有利な『幻想』の中にこいつらを誘き寄せた。『停止』はカラファリアにしか使えないからまずは周りの戦力を削ってやろうと思ってたんだ」
「……という事は、目的は私か」
依篶の話から受け取れるのは峰か皇、どちらかのカラファリアを狙っていたという事だ。だが、皇は誰かと敵対するようなタイプではない。どう考えても狙いは峰であろう。
と、誰もがそう思っていた。
「いや、俺の狙いはお前だよ」
そう言って依篶が指差したのは、皇だった。
「……俺?」
「なんで皇を狙う? こいつはなにも……お前たちに害があるような奴じゃないだろう!」
叫ぶように言って、峰は口を閉じた。峰自身、これほど感情的に叫んだのは初めてと言っても過言ではない。それほど皇が狙われたという衝撃が強かった。
「峰、落ち着け。……だが俺も聞きたいね、なんで皇を狙う? こいつは人畜無害を絵に描いたようなやつだぞ?」
「叶さん…褒めてんのか貶してんのかどっちなんですか……」
「些細なことは気にすんなよ」そう言って笑った満晴は、またすぐに真剣な目を依篶に向けた。
「なんでって……。……? あれ、なんでだ?」
「は?」
予想もしていなかった返答に、その場にいた全員が間の抜けた顔をした。いち早く正気に戻った峰が、鋭い眼光を依篶に向け、その首に手刀を突きつける。
「嘘じゃない!ちゃんと理由知ってたんだ!それが思い出せないんだよ!」
「そんなこと――――!」
「峰、落ち着いて」
由乃に諭され、落ち着いてみれば現状が整理出来た。『知ってたのに、思い出せない』それはまさにあの少年と同じだった。
「……ちっ。また手がかりなしかよ」吐き捨てるように言って、峰は部屋を後にした。
「叶さん……」
これからどうすればいいのか、その場の誰もがそれを考え、動けずにいた。
「悪いが鮮里、もうしばらくそいつ捕まえといてくれ」
「わかりました」
「由乃、ちょっと手伝ってくれ」
「はい」
それだけ言うと満晴と由乃も部屋を出て行った。
「え、ちょっ!?」部屋に残されたのは皇と依篶、依篶に巻きつく蛇化中の鮮理。
「……なにこの状況……」
満晴が満面の笑みを輝かせながら戻ってきたのは、それから2時間後のことだった。
Next, it continues.