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カラファリア  作者: 藤宮
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第1章【読心×浮遊】

2018年2月8日に加筆修正を行いました。



『C変質病』───新たな人格が産まれ、主人格が交替してしまう原因不明の奇病。

新人格は必ずなにかしらの特殊能力を携えており、世間一般の人々はC変質病患者らを『カラファリア』と呼ぶ。






陽は傾き、まさに黄昏の時。人々が自身の居場所へと帰る時。

居場所の無い私にとっては、黄昏時こそが居場所とも言える時だった。

(あい)様?」

聞き慣れた声が背後から聞こえた。

振り向けばそこには国家軍時代の部下・並木(なみき) (たく)が立っていた。

「やっぱり藍様でしたか。懐かしいですね…藍様が軍から脱隊なされて、もうどれほど経ちますか……」

「悪いけど急いでるの。用があるなら手短に頼めるかしら?」

 並木は藍がC変質病で峰になったことは知らない。

 だから、記憶にある相手の性格と藍の性格を思い出しながら、私は〝演技〟をする。

「相変わらずですね。実は最近特殊課がなにやら動いていましてね? まだ詳しい事は……」

 ……PiPiPiPi……

 会話を遮るように私の携帯電話が鳴った。

「ちょっと失礼。……どちら様? ……あぁ、その手の話なら直接聞くわ。今からでいいかしら? ……それじゃあ、また」

 電話を切り、並木に一言告げてその場を立ち去る。

「え、あ、ちょっ……。相変わらず我が道を行く人だなぁ」



 誰も気にもとめない崩れかけの病院。私に連絡をよこした奴はそこにいる。

満晴(みつはる)?」

「お、来たか。こっちこっち」

声のする方へ目をやると、薄暗い部屋の窓際で月明かりに照らされた、少年とも少女とも取れる人物がたたずんでいた。

この人物こそ、私を呼び出した張本人であり、フルネームを(かのう) 満晴とする藍の主治医である。

「お前、こんなとこでなにしてる? 仮にも篠宮家専属の医者だろ、屋敷にいなくていいのか」

 私の存在を確認すると、再び何かの作業に戻る満晴に呆れて声をかける。

「あぁ、気にすんな。今はお前の主治医としての立場を優先しろって言われてるからな。いやぁ、全く過保護なオヤジは楽だなー」

 篠宮家は世界屈指の大財閥である。

 故にその跡取り娘である藍が『奇病と呼ばれるC変質病』にかかったと言う事実をひた隠しにしていた。

 満晴は名目上、藍の主治医であるが、その実、(みね)の存在を外に漏らさないための監視役であった。

「ふん……。で、用件は」

「そう気を悪くするなよ。どうせお前と篠宮のオヤジは他人みたいなもんだろう? 」

満晴の目は笑みをかたどる。

C変質病にかかり私という人格が生まれ、藍が眠りについたのはもう一年近く前だ。

今の私は藍であり藍でない、峰である。

記憶ははっきりと残っているが、それはあくまで『記録』のようなものだ。

「で、用件はだな。ホレ、こいつ。」

そう言って投げてよこしたのは、埃を被った空の試験管だった。

「なんだ? これ……」

「ウィルスケースだろうな。蓋も開いてるし空だし、使用後、だ」

「ウィルス……⁉」

満晴は平然と言ってのけたが、これはかなりマズいモノではないのか。

「一緒にあった書類を見るに『C変質病』を人為的に発病させようとしてたみたいだな。まぁ、目的はどうあれわざわざ発病させるなんざ、医師として外道!」

「満晴……」

医師としてのプライドや誇りを掲げたように見え、感心したのだが……

「てことで、調査行ってこい♪」

直後の笑顔に私は持っていた試験管を投げつけた。



(全く……感心した私がバカみたいじゃないか)

自分の歩調が速くなっていることに気づかぬまま歩き続ける。

「峰?おーい峰ー」

「……ん」

名前を呼ばれて我に返ると、目的地を通り越していた事に気づいた。

(本当に、バカなのは私か……)

「峰?どうかしたのか?」

ため息をつく私に声をかけてきたのは、目的地であった桜華神社の神主でもあり、峰の友人でもある神宮(じんぐう) (こう)であった。

「皇か……。いや、ちょうど今お前のとこの神社に行こうとしてたんだ」

「え、でも反対方向……」

「そこはスルーしてくれ」

皇は意表を突かれたような顔をしたが、私が触れられたくないと気づいたのだろう、も言わずにいた。

「そう言えば、俺になんか用でもあったのか?」

桜華神社に向かって歩きだす。

「あぁ、満晴から依頼が来てな。しばらく鮮里(せんり)を頼もうと思ったんだ」

「それって……‼」

満晴の名前を出せば、こいつが極端な反応を示すのはわかっていた。が、藍を慕って居候していた鮮里はまだ幼く、峰となった今でも居候生活を続ける少女を、一人で置いていく気にはさすがになれなかった。

「そう心配するな。今回は調査依頼だ。なにも命がけな依頼じゃないし、由乃(ゆの)も一緒だ」

由乃は藍の国家軍時代の友人であり、今でも友好関係にある。なにより満晴の弟子である。軍人としても医師としてもその実力は確かだ。

「まぁ、深剣(みつるぎ)がいるならまだ……」

未だに納得のいかない顔をする皇に呆れつつ、私を気遣ってくれる優しさに身を浸した。


       


「峰、少しは慎重になりなさいな」

「これで調査は何日目? いくらなんでも進展がなさすぎる」

由乃と調査を始めて一週間が経つ。

調査内容はもちろん、満晴が発見した空のウィルスケースについてだ。

「叶師匠の見立てでは、この町内にカラファリアウィルスを作った者と使われた者が居るはずなのだけど」

「カラファリアウィルス?」

私は聞き慣れない単語に眉をひそめた。

「全く、峰は世間事情を知らなさすぎね。藍もそうだったけれど、少しはテレビとか新聞を見なさい」

「分かった分かった。で、カラファリアウィルスってなに」

由乃の説教癖は昔からと記憶しているので、特に気にせず話を戻す。

「……はぁ。カラファリアウィルスは『C変質病』の病原体のことを言うの。今じゃ『C変質病』患者のことも『カラファリア』と呼ぶのよ」

「ようするに、私や皇をカラファリアと呼ぶのか。ふーん……。ま、無駄に患者扱いされるよりかマシか」

私の物言いが不満だったのか、由乃は眉間にしわを寄せた。

その後も私達は調査を進めたが、不審な人物も場所も使われたであろう器具の類でさえ、何一つ見つからなかった。

(もうしばらく調べたいから。)

そう言って由乃は調査を続けた。

私はと言うと、見つかりもしない証拠だのなんだのを探すことに飽き、帰路についた。と言っても、鮮里を迎えに行くため向かっているのは自宅ではなく、桜華神社だ。

「よっ‼」

「……。」

桜華神社に着いた途端、予想外の人物が出迎えた。

「なんでおまえがここにいる」

「夕飯を馳走にな」

イタズラが成功した子供のような笑顔をする満晴に、だんだんと腹が立ってくる。

「にしても、早かったじゃないか。なんか進展はあったのか? てか、由乃はどうした? 」

 矢継ぎ早に質問をしてくる満晴は、言いながら皇の自宅の方へ歩を進める。

 皇の自宅は、社の裏だ。

「なにも。怪しい奴も、物も、気配さえ無かったね」

「……手際が良すぎるな」

この一週間大した休みもなしに調査を続け、疲れを露わにした私に対しては見事なスルーっぷり。

曲がりなりにも私の主治医だろ、と突っ込みたくもなったが、その気力さえない。

「で、由乃は? 」

「まだ調査を続けてるよ。もうしばらく調べてみるとさ」

相変わらず生真面目だなぁ……。などと満晴は呟くが、そんな性格だからこそ信用出来ると思っていることを、私は知っている。

と、不意に妙な気配を感じた。

「満晴、念のため鮮里に結界張るように言っといてくれ」

「…‼ 分かった。無茶はするなよ」

「さぁね。相手次第だ」

なんだかんだ言ってもこいつは有能だ。話が早くて助かる。

「さすがに、いきなり黒幕ってのは無いだろうけどさ」

気配を辿ると、相手は笑顔でそこに立っていた。

「こんばんは、オネーサン♪」

黒い帽子の鍔を斜めに被り、細く透き通る様な金髪をした少年。

「おまえか。私の後をつけてたのは」

私の睨みにも動じず、少年は笑顔を絶やさない。

あろうことか両腕を広げ、自分が手ぶらであることを強調する。

「そんな怖い顔しないでよ。今日は挨拶にきただけ」

「挨拶だと?」

何を考えているのか、相手の思考を探る。

少年は変わらず笑顔を絶やさない。

「僕はオネーサンに会いたかっただけだし、これで目的は達成したから帰ろうかな♪」

「なっ、待てっ‼」

言うなり、少年の身体はふわりと浮き、文字通り『飛び去った』。

「峰っ⁉」

背後から聞こえる声の方へ目をやる。と、一羽の朱い小鳥が途端に少女の姿へと変貌した。

「鮮里、なんでここに」

「叶様から聞きました。峰が危ないかもって」

「満晴め……、余計なことを」

鮮里が知っているということは、同時に皇が知った可能性も高い。

私が戦いに出向いたと知れば、あいつは異常なまでに心配するだろう。

「で? 鮮里は私を助けにきたのか? 」

「私が、峰を? そんなはず無いでしょう。様子見です。私の大事な藍姉様の身体に傷が付いたら困りますし。まぁ、皇にも頼まれましたから、結界は皇に任せました」

さらりと酷なことを言う鮮里。

やっぱり皇も知ってるのか、と少々気怠く思う。

戻ったらまた説教かな、などと考えながら私と鮮里は桜華神社への道を歩き出した。






「で、なんで一人で行ったんだ」

案の定、静かな怒りを携えた皇がいた。

「仕方ないだろ? いきなりだったんだから。まずはここの安全確保が先決だと思ったんだよ」

「だからって、叶さんへの伝言にくらい応援を頼むべきだ」

今の皇には何を言っても無駄だと思った。

調査とはいえ、予想より長引いた満晴の依頼で、ただでさえ心配していたのだろう。

そこに戦闘が加われば、過度な心配性の皇が平然としている訳がない。

「……悪かったよ」

「全く……。無茶はしないでくれよ?」

観念したようにつぶやく私を見て、皇は自らの髪を掻きながら言った。

「別に、そこまで心配する必要はないだろ? 私はそんなに弱くない」

「もちろんそんなことは知ってるさ。俺がかなわないどころか、並の奴じゃ峰に傷一つ付けられないだろうね」

じゃあ、なんでそんなに心配するのか。

私は今まで、無意識に問わずにいた疑問を投げかけた。

「そんなもの決まってるじゃないか」

そして、この後発せられた皇の返答に、私は激しく動揺し、同時に激しく後悔した。

「俺が峰に惚れてるから。好きな人の心配をしない奴がいると思うのか? 」



あれから周囲の目が微妙に変化した。満晴はさも当たり前のように、依頼を回す度に茶化すようになり、鮮里に至っては、『峰を選ぶなんて悪趣味ですね』なんて、私に向かっているのか、それとも皇に向かっているのか分からないような、地味な嫌がらせを始めた。

変わらないのは皇くらいで、でも未だ帰らない由乃もきっと変わらないだろうと思う。

もちろん自分で言ったことだし、皇が変わらないのは当然だ。

それよりも優しいのは、きっと由乃の方。いつだって由乃は同情と同時に、励ましの言葉をくれた。

同情と言っても、哀れんだりするわけではないから、本当に心地の良い同情をくれる。

(全く、どうして師弟でこうも差が生まれるのか……)

 悪戯に成功した子供のように笑う師・満晴。

 柔らかい、暖かさある微笑みの弟子・由乃。

(と言うか、内面子供すぎる満晴のせいで、由乃があんなに落ち着いてるのかもな)

そんなくだらないことを考えながら、私は箒を動かし、掃除を続けた。

「悪いね、峰。今日は人手が足りなくてさ」

社から神主姿で現れた皇は、いつもより生き生きとしている。

(こいつは神に愛されてる)

だからこそ、なんの力も戦闘力も持たない身体で、私と関わっても生きてこられたのだ。

「何度も言うが、お前は常に神に感謝しろよ? 私のようにいろんな所に敵がいる奴と行動を共にして、お前が無事でいられるのは神の加護あってのものだ」

「……分かってるよ。それは神様方にも重々言われてるからね」

私の心配が嬉しいのか、皇の表情は静かな笑みを描いた。

「あら、峰。……なに? その格好」

皇が居るのとは反対側、つまり鳥居のある方から、階段を上り由乃が顔を出す。

「あぁ、深剣、おかえり」

「明日、この神社で祭りがあるんだと」

由乃が疑問に思うのも当然だろう。

私服と言っても、基本的にいつでも行動を起こせるように身軽な服であったり、しまいには藍の軍時代の隊長服を着ていたりする、そんな私が白と赤の、いわゆる巫女服に身を包んでいるのだ。

「なるほど、お祭りの準備の下準備ってことね? ふふ、頑張って」

「良かったら、深剣も……」

「皇。……由乃、満晴んトコに行け」

滅多に会わない皇には、由乃の態度はいつも通りのものだっただろう。

でも、藍の頃から長年付き合ってきた私には分かる。

由乃が、酷く衰弱していること、そしてそんな状態でもなお、なにか情報を掴んできたこと。

「悪いけど、そうさせてもらうわ」

あくまでもいつも通りに振る舞おうとするのは、皇に心配をかけたくないからだろう。

「深剣、どうかしたのか? 」

由乃にも手伝いを頼もうとした皇は、それを遮った私に少し驚いているようだ。

「あの状態の由乃は衰弱してる」

「えっ⁉」

「それに、なにか情報を持ってきたな。……まぁ、心配はないさ。満晴はあんなんでも、篠宮家に抱えられるほど、有能な医者だ」

私の発言に安心したのか、すでに皇の表情から驚きは消え、いつもの優しい笑顔だった。

「さて、じゃあさっさと掃除おわらせようか」

皇の笑顔とは対照的に、私は眉を顰めた。


翌日の夜。

桜華神社は神桜祭が始まり、沢山の人々で賑わった。社へ続く石畳の両脇には、所狭しと出店が並び、夜ということを忘れるほどに、明るい声と光に包まれている。

「おい皇。私の仕事は掃除じゃなかったか? 」

「まぁ、いいだろ? 鮮里を預かったお礼、ってことで」

「……ふんっ」

当初の予定では、頼まれていたのは祭前日の準備のための掃除だった。が、祭が始まった今もなお、私は赤と白の巫女服に身を包み、おみくじを求める人々の相手をしていた。

「それにしても峰? 来てくださる方にくらい、笑顔で応えるべきだろう?」

「私にそんなこと出来ると思うのか」

私の言葉に皇は呆れ顔を見せた。

(そんな顔されたって無理なものは無理)

元々、藍は笑わない奴だった。そんな藍から生まれた私は、果たして笑えるのだろうか…?

「おねぇさん、おみくじちょーだい?」

不覚にもくだらないことで悩んでいた私は、幼い少女の声にハッと顔をあげた。

「わたしねー、んーと……。あれっ‼ 三十三番っ‼ 」

「あ、……ちょっと待ってな? 」

そそくさと背後の棚へ歩く。

いくつもいくつも積み重ねられた、正方形。その中から『三十三』と書かれた正方形を探す。

探しながら、ふといつかの記録を引き出していた。


──────────────


『藍、おみくじを引いてみてはどうだい?』

藍の面倒を見ていたのは祖父だった。

篠宮の当主を継いだ父が、母と共に当主としての仕事に就いているためだ。

『おみくじなんて無意味よ、お祖父様。所詮ただの紙切れだし、その内容だって決められたものの一 

つを読むだけでしょう?』

なんて事を無表情で言い捨て、祖父を困らせていた。

極論ばかり言う藍の性格は、生まれ持ったものだったのだ。


──────────────


「はい、三十三番」

「ありがとうっおねぇさん‼」

今、目の前にいる少女と、記憶にある藍は似ても似つかない。その笑顔も、仕草も、何もかも。

それでもこの少女と藍が重なって見えた。

(……自分の気持ちに素直だからかな)

今日は自分らしくもないことばかり考える日だ。なんて考えていたら、思いもしない予想外の声が背後から聞こえた。

「こんばんは、オネーサン♪」

そこには先日あったばかりで、忘れることのない少年が立っていた。

その表情は何ら変わらない笑顔のまま。

「お兄ちゃん‼ 見て見て‼ 大吉~‼」

「ほんとだ。きっと美夜は神様に愛されてるんだな」

お兄ちゃん、と言うことはこの2人は兄弟なのだろう。

「その通り」

「⁉」

少年が言った言葉を理解するのに、時間はそうかからなかった。

こいつは、この少年は、(私の心を読んだのか)

「へぇ、僕の力をこんなに早く理解できた人は初めてだよ。でも残念。今日はこれで帰らなきゃ」

少年の視線の先、美夜と呼ばれた少女は眠そうに目を擦った。

少年は、さあ、帰ろうか。と、少女の手を引いて去る。

私は遠くなる二人の影から目が離せず、さらに増えていく人の気配に意識を手放した。



────青い。

「……っ」

どれほど眠っていたのか、上体を起こすと頭に鈍い痛みが走った。

「あ、気が付いた? その青い布、身につけてなさい」

そこにいたのは私と同じ、紅白の巫女服を着た由乃だった。

「由乃、その格好……?」

「峰が倒れたって言うから、急いで介抱したら、その後『峰が目覚めるまで……』とか言って手伝わされてたのよ」

何で私が……。とブツブツ文句を言う由乃が珍しくて、私は気づかれないように笑った。

日はすでに昇っている。

「由乃、今何時?」

「午前十一時八分」

「皇は?」

「社にいるわ」

「……」

「……」

短い問答と少しの沈黙。

この程度の会話で、由乃は私の考えを理解してくれることを知っている。

「はぁ、行きなさいよ。なにかあったんでしょう? あ、その青い布は身につけていてね? 体力とか気力とか、回復させる呪いを施してあるから」

ため息なんかついて、本当はこんな状態の私を行かせたくないだろうに。

それでも由乃は私のために最善の協力を惜しまない。

「ありがとな、由乃」

「そういう、普段とは違うことしないの。不吉だわ」

「お前、何気に失礼だよな」

「ふふっ、冗談よ。行ってらっしゃい」

「由乃のは冗談に聞こえないんだよ」

出口へ向かい、扉を開くと強い逆光に目が眩む。

私は一度自宅に戻って着替えることにした。時刻は正午を過ぎたあたりだ。

よくよく考えれば、調査から帰って来てからまともに休んでいない。

シャワーを浴び、軍に所属していた頃の戦闘服に袖を通す。

いつか会った並木の様子が変だった。特殊課が動いている。それはすなわち能力者が絡んだ事件が起きているという事。

そして、突如として姿を見せた能力者の少年。

それらが全くの無関係とは、到底思えない。

「アレは始末しなきゃ、か」

由乃から渡された、青い布を腕に巻き、部屋を後にした。

       


「峰は戦闘に向かいました」

皇は驚いて作っていた夕食を焦がしそうになった。

「なんの冗談だよ」

「冗談なんかじゃないです。私、はっきり見ましたから。峰の様子を見に行ったら戦闘服で出て行きました」

いつの間にか峰が帰ってしまったので、居候継続中な鮮里はツンとすました表情を崩さない。

この居候の少女・紗条(さじょう) 鮮里に今日ほど感謝した時はない。

「それ、いつ頃? 」

「五時間ほど前です」

前言撤回。

「そういうのはもっと早く言ってくれ‼」

「峰なんか放置したって死にません」

「そういう問題じゃない……‼」

俺は火を止めると、急いで上着を羽織る。

「全く峰の奴……。あ、悪い鮮里、後頼んだ」

「分かってます。私は峰を助ける気はありませんが、大事な藍姉様の身体に傷が付いても困りますから」

だったらさっさと言ってくれ‼ という文句は帰ってからにしよう。




探していた少年は、容易く見つかった。

「また会ったね、オネーサン♪ 」

「当たり前だろ? 戦うべき者達は相見える運命なんだ。まぁ、それも今晩で終わりだ」

日が沈み始める。

空は綺麗な夕焼け、とは行かず、今にも大粒の雨が降り出しそうな曇天だ。

「あのお兄さんはいないの? ほら、昨日の神社の神主さん。あのお兄さんも『カラファリア』でしょ? 」

「あいつは戦うべき者じゃない。戦いは私の領分だ」

「? ……それどういう……」

訝しむ少年の言葉を、片手を上げて制す。

「少しお喋りが過ぎたみたいだ。まぁいいか、どうせお前は全て忘れるんだ」

自分でも子供じみた挑発だと思う。

けれど、そんな挑発はこいつにとっては大きなきっかけとなったようで……。

「なにそれ、僕が負けること前提?ふざけないでよ。僕は強い。力を持つ者なんだよっ‼ 」

いつの間にか降り出した雨が落下を止め、その雫は宙に浮いていた。

「初めて会ったとき、飛び去ったお前を見て、能力は『飛行』かと思ったけど、物質にも影響を与えるとなると『浮遊』か」

私はさほど驚くこともなく、いつも通り、至って冷静に状況を確認する。

それが、こいつの癪にさわったらしい。

「余裕でいられるのも今のうちだよ。僕は負けない。……負けるわけにはいかないんだ……‼」




どれほど時間が経ったか。

(思ったより長引いたな。雨も強くなってきたし、このままじゃマズい……)

戦闘は不自然に長引いていた。戦闘能力は私の方が格段に上だし、『浮遊』だと仮定したこいつの能力 によって武器になる物は、何のダメージにもならない雨の雫だけ。

(変だ。あんなガキが私のスピードについてこれるハズがない……)

あからさまに不利な状況の中で、こいつは私と同等、いやそれを上回る戦いをしている。

「どうしたの? オネーサン。負けるのは僕なんでしょ? 」

この程度の嫌味に反応する程、私のメンタルは脆くない。

もちろんこいつの言っていることは紛れもない事実だが、それと同時にこいつには私にトドメを刺せるだけの武器がない。

(こいつの能力は『浮遊』じゃないのか?けど浮遊していたのは事実。だとしたら別の能力を……? )

そこでふと、昨日の会話を思い出した。と、同時に目前の少年の表情に微かな反応があった。

どんなに些細な反応だろうど、私はそれを決して見逃さない。

(そうか、そう言うことか‼ )

私の中に、確証が生まれる。

(浮遊にばかり気を取られて忘れてたよ。お前、複合能力者か。そんなのは異例だが、『人工カラファリア』ってのがそもそも異例だしな)

脳裏に浮かぶのはこいつが見せた2つの能力と、満晴の依頼、そして並木の言葉。

(お前の能力は『浮遊』と『読心』ってトコか?)

少年の表情に反応は見られない。

だが、反応しないよう必死なんだろう。額には異常なまでの汗が滲んでいた。

「おかしいなぁ? お前の能力のおかげで雨は全部浮遊してるっていうのに、なんでそんなに額が濡れてるんだ? 」

追い討ちを掛けるように言い放つ。少年の瞳にはあからさまな動揺が見られた。

「ふんっ、僕の能力を本当に見抜いたのはオネーサンが初めてだよ! 」

少年の瞳に再び余裕が現れようとした、が

「それは認める。けどさぁ、だからって何が変わっ…⁉」

少年は息を飲み、再びその瞳は動揺の色に染まる。

(心が、読めない……⁉ )

「…どうした? 隙だらけだぞ?」

「……っ‼」

少年は今まで、自身の能力『読心』を使い、相手の動きを読むことで攻撃を避けていた。

それが出来なくなった今、なんの訓練も受けていないただの少年が、軍の隊長であった程の少女の動きについていけるはずもなく。

少女は一瞬で少年の懐に入ると、少年の額に美しいまでに鮮烈な掌底を打ち込んだ。

「ふぅ、心を閉ざすなんざ、訓練を受けてれば容易いんだよ……」

強烈な掌底は少年の意識を切るのには充分過ぎた。

「私を惑わすために両方の能力を見せたんだろうが……逆効果だったな」



「峰‼」

雨の中佇む少女の影が見えた。

皇はそれを峰と特定し、走る速度を更に上げる。

予想通り、傘もささずにいた峰は、しかしそれほど濡れてはいない。その上、足元には見知らぬ少年が倒れている。

「峰、何があった───?」

応える声はない。

この状態の峰は、相当体力を消耗しているのを皇は知っている。

少年の安否も気になるし、と皇は二人を自宅へ連れ帰ることにした。

「お帰……峰っ⁉ 」

扉を開けてすぐ、鮮里の叫び声が響いた。

「鮮里、話は後。峰のことを頼む」

「は、はい……‼」

こういう時は鮮里も事の重大さを悟って、真面目に介抱してくれる。

俺は別室で、峰同様あまり濡れていない少年を着替えさせ、眠らせる。

「峰は、眠りました」

「うん、ありがとう。二人が起きるまで俺達も休もう」





陽が沈み、陽が昇る。朝陽の柔らかい光を感じ、峰は目を覚ました。

見覚えのある天井は、確か皇の家のもの。

(と言うことは、私はまた皇に救われたのか)

身を起こし、部屋を出る。歩き慣れた廊下を行き、皇の部屋へ入る。

部屋の主は椅子で眠り、布団には昨日戦った少年が眠っていた。

「皇。起きろ皇。……皇‼」

「うわぁっ⁉」

大声で起こされた皇は椅子から落ちそうになる。

「おはよう峰。……なんか怒ってる?」

峰の眉間は強く寄せられ、鬼神の如き殺気を放っていた。

「介抱してくれたことは感謝する。そのガキを保護したのも正しい判断だ。だが、前にも言ったはずだ。戦うのは私の領分。お前はいちいち危険に首を突っ込む必要はないと」

何度言ったって聞く耳持たずなのは峰も承知の上。

そして、その言葉は遠まわしな心配の意であることに皇は気づいている。

だからこそ皇は、今までずっと思っていた言葉を放つ。

「こないだも言ったけど、俺は峰が好きなんだ。だから心配もするし、助けにも行く。たとえ俺に戦う力がなくても、だ。俺にとって峰は命の恩人でもあり、一番大切な人だから」

この言葉で峰が黙り込んでしまうことは、皇の予測内だった。




「さぁ、全部話せ」

目覚めた少年・(しん)に対し、普段通りの態度に戻った峰が聞く。

「僕の能力は確かに『浮遊』と『読心』だよ。人や動物、生き物を含めたすべての物質を『浮遊』させる力と、相手の心の声を読みとる力。お姉さんの考え通り、僕は複合能力者さ」

胸に能力封じの札を貼られた心は正直に話していた。

「人工感染なんてやってるのはどこのどいつだ?」

「‼」

「峰、人工感染ってどういう……⁉」

峰の言葉に、各々の反応を示す皇と心。

「少し前に使用済みのウィルスケースが見つかった。満晴はその中身をカラファリアウィルスだと予測していた。この間の調査依頼はソレだ」

「そこに現れたのが複合能力者の僕って訳か」

依然として驚きを隠せない皇を尻目に、心は笑みを見せた。

「複合能力者なんて、そう居るはずはないし、居たら居たでちゃんと特殊能力者名簿に顔と名前が登録されてるはずなんだ。けど、お前の顔は見たことがない」

そう言って峰が取り出したのは篠宮家が管理する『特殊能力者管理登録書』。

「峰、それって……」

「ふん、おかげで久々に父に会ったさ」

滅多に実家には近寄らない峰が手にする登録書は、最近のものであった。

「登録されてないという事は、つい最近能力に目覚めたと言うことだ。後天的な能力開花も有り得はするが、複合なんて有り得ない。だったら、特殊な事例。ウィルスケースが見つかってる現状として、人工だと考えるのは妥当だろう?」

峰の断定的な話に、驚きから感心の表情へと変わる皇とは対照的に、心の表情は曇っていった。

「お姉さんの考えは正しいよ。でも、僕は知らない」

「なに?」

「僕は人工感染をしてる人物を知らない」

心の肩がわずかに震えているのに峰は気づいた。

「知らない? 君はそいつに感染させられたんだろう? だったら……」

「わからないんだ‼ 覚えてない、思い出せないんだ……‼」

心は恐怖に身をすくめるようにして叫んだ。

あからさまに震える肩に、さすがの皇も気がついたようで、話を止めた。

「皇、そいつは事実を言ってる」

短い沈黙を、峰の冷静な言葉が破る。

「事実って……おかしいだろ? 思い出せないなんて、普通じゃない」

「あぁ、普通じゃないな」

「だったら……」

「だから普通じゃないんだよ。そいつをカラファリアにした奴は」

「は……? 」

理解しきれない皇を無視して、唖然としていた心に向き直す。

「感染させられた。って事以外、そいつに関してなにもわからないんじゃないか?」

「え、うん……。でもなんでそれを?」

まるで心を読んだかのような言葉に心は驚いた。その反応を見て、峰は言葉を付け足す。

「言っとくけど、私は『読心』なんて、目に見えないものを視るような能力は持ち合わせてないから」

簡単なことだ。と前置きをして峰は説明を始める。

「『C変質病』ってのは現代の科学じゃ何一つ解明されてない。だから奇病なんだ。病原体はウィルスか菌かすらわかってないのに、どうやって原因を作るんだ? そんなことは無理なんだよ。普通の人間には」

「普通の人間には……?」

「そうだ、現代科学じゃ解明できない。もっと言えば、永遠に解明できないかもしれないんだ。そんなこと出来る奴が普通の人間だと思うか?」

「なるほど……、それなら覚えてないのも納得がいく」

「……っいかないよっ!」

皇が驚いて振り返る。

「あのさぁ、おにーさん1人で納得してないで、僕にも説明してよね‼ おねーさんも、そんな遠回しな説明されたってわかんないよ‼」

心は頬を膨らませ、まだ大きい瞳を釣り上げる。その仕草は大人っぽく見えていた少年の実年齢をさらけ出した。

「そうだったな。お前はまだ子供だった。……けど、だからこそ知る必要はない」

「は……⁉」

大きな瞳がさらに大きく見開かれた。

 パンッ

「な、に……? 眠……」

峰が手を鳴らすと、心は横に倒れ眠りについた。

()()()()()記憶を封印するのは私たちにしか出来ないことだ。つまりこの子はただ巻き込まれた被害者。これ以上小さな子に背負わせる気はない。それより、そいつの札を剥がして社の方に行ってろ」

「え、良いけど、峰は?」

「野暮用」

それだけ言って峰は部屋を後にした。



「ちっ……。やっぱり私には向いてない」

ぶつぶつと独り言を呟きながら、峰はかれこれ二時間ほど歩いていた。

人を捜して。目的は心の妹。あの、藍を連想させた少女。

「全く、探すのはあいつの方が得意なのに……」

見上げた空は灰色に染まっていた。

「あ、おみくじのおねぇちゃん‼」

ハッと振り向くと探していた少女が走り寄ってくる。その傍らには青く発光する蝶がひらひらと舞っていた。

「お前、結局動いたのか……」

美夜(みよ)と名乗った少女に、兄が神社に居ることを伝えて共に歩き出す。いつの間にか、蝶は消えていた。

「おにぃちゃんっ‼」

「美夜⁉」

神社に着くなり社の方へ走り出した美夜は、そのまま兄の背中に飛び乗った。

「なんで美夜がここに……?」

「おにぃちゃんをさがしにきたの‼ おきたらおにぃちゃんいないんだもん、びっくりしちゃった。とちゅうでおねぇちゃんにおしえてもらったんだよ‼」

矢継ぎ早に拙い言葉を紡ぐ美夜に微笑みながら、しかし心のその笑顔はどこか暗かった。

「そっか……。ごめんな? ありがとう。……でも、なんで僕こんなところに居るんだ? よく思い出せない……」

「それについては私から説明する。少し難しいかもしれないけど、よく聞いてくれ。2人とも」




一時間と少し。それだけの時間を使って、峰は説明した。

『C変質病』のこと。『人工カラファリア』のこと。心が『人工カラファリア』ということ。

もちろん、『人工カラファリア』を生み出したと思われる奴らのことや、昨日の戦闘については隠しながら。

(まだ幼いこの子たちに傷をつけたくないんだ……)

俺は必要最低限の説明しかしない峰の背中を見て、そんなことを思っていた。

(ただでさえ変わってしまった心を、これ以上変えたくないのか……)

峰が人の為に動くことは少ない。

峰のことを知らず、未だに藍だと思っている並木さん。

藍のことも、峰のことも、変わらず大切にしている深剣。

主治医の叶さん。

藍を慕う鮮里。

そして俺。

この数少ない友人や知人の為にしか動かない峰が、目前の少年少女の為に不得意な人探しまでした。

それが意味するのは、同情なのか気まぐれなのか、理由もなにも俺にはわからない。

でも、心なしかそんな峰を喜ばしく思う。

(峰は、偽りの人格なんかじゃない。峰には峰の意志がある。それは峰が本物だって証拠だ)

自分は藍の偽物だと語った過去の峰と、今の峰を比べて、そう思った。

そう思った俺もまた、本物なんだと心の片隅で願いながら。


「やっぱりおにぃちゃんは、まえのおにぃちゃんじゃなかったんだ……」

美夜の寂しげな声に皇は我に返る。

「美夜……、ごめん。僕、美夜にバレるのが怖くて、ずっと朝陽(あさひ)のフリしてたんだ。僕は……、心っていうんだ」

『朝陽』それがこの少年の本来の名前なのだろう。

どう声をかけていいものか迷っていた皇を後目に、峰が前に進み出る。

「悲しいか、美夜」

立ったまま語りかける峰を、美夜は見上げて言った。

「うん……、すこしだけかなしい」

「少し?」

峰は美夜の言葉に驚いていた。普通なら実の兄が居なくなったことに、泣き喚いてもおかしくない歳だ。

それをこの少女は『少し』と言った。美夜の表情は、その言葉が嘘でないことを物語っている。

「だって、あさひおにぃちゃんがいなくなっちゃったのはかなしいけど、しんおにぃちゃんっていうふたりめのおにぃちゃんがいるから、さみしくはないもん‼」

えへへ、とはにかむ少女は心底嬉しそうに語った。

「それにね?おかぁさんがいってたの。おにぃちゃんやおねぇちゃんはふえない、って‼ でもみよには、おにぃちゃんがふえたんだよ‼ これってすごくうれしいことだもんっ‼」

峰はしゃがんで美夜と視線を合わせると、頭をなでてやった。

「そっか、きみは強いね。確かにその通りだ、きみは独りじゃない」

そう言う峰の表情は儚げな笑顔だった。

手をつないで社から歩いていく兄妹を見送ると、峰も続いて出て行こうとした。

「峰、どこ行くんだ?夕飯くらい食べていけば……」

「満晴のとこ。『人工カラファリア』のことで、あいつは並木から調査依頼を受けたんだ。それが私のところに来てたわけだから、報告してくる」

そう言う峰は、心底嫌そうな顔をして出て行った。

俺も追いかけようか、とも考えたが、

(ま、叶さんの所なら深剣もいるし、大丈夫か)

一人眠ることにした。

(よく考えれば、ろくに寝てないんだ……。鮮里もまだ寝てるし……)

俺は一瞬のうちに眠りについた。                     




Next, it continues.



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