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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「闇の眼 光の手」番外編
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【第2部番外】恋情と母性と/シリウス

 月明かりに照らされ、白いからだがシーツの上で小さく震える。どこに触れても柔らかい、僕の愛しいひと。もう何度も触れたはずだけど、今日は特別な気がしていた。


 その肌を味わうようにキスをする。でも欲しい反応は返って来ない。腕の中の少女は何かを堪えるかのように、目をぎゅっと閉じ、その小さな唇を噛んでいる。

 その表情に不安を感じ、思わず口からそれが溢れだす。

「スピカ……嫌じゃない?」

 彼女はびくりと体を震わせる。僕を見る目には抗議の色。

 まさか……ほんとに嫌だったってことか? ふと、嫌だったら嫌って言ってくれって……改めて言おうと思って言っていない事に気がつく。進める前にはっきりと確認すればよかったのか!? 急激に焦り、変な汗をかく。

 そんな僕の首にスピカは抱きつくようにすると、耳元で低く囁いた。柔らかい二の腕が頬に当たり、熱い息が耳に当たる。体温が余計に上がるのが分かった。


「嫌だと言ったら、やめてくれるの」

 無理。いまさら、無理。やめるなら、もっと手前の方で言ってくれないと。

「……止められない」

 そう言うと呆れたようにスピカは小さく息をつく。

「なら、聞かないで」

 そのあまりにあっさりした答えが気にかかる。僕がこんなに欲しがってるのが、馬鹿みたいだ。女の子って、そんなもの?

「…………君は止めても平気? 僕に抱かれたいって思わない? 僕だけが、君が欲しいってそう思ってる?」

 彼女の気持ちが本気で分からなくなりかけて尋ねると、スピカはなぜかぎょっとしたように目を見開く。そして僕の様子をうかがうようにした後、少し苛立たしげに言葉を返す。

「……嫌だったらそう言うわ」

 その尖った声と言葉にむっとする。僕が聞きたいのはそういう言葉じゃない。

 なんでいつも僕ばっかり必死なんだろう。自覚はある。僕の方がきっと好きなんだろうって。でも……なんだか不公平だ。こんな時くらい、見返りを求めても罰は当たらないはずだ。

「僕だって、君に求められたい」

「……」

「君の口からそう聞きたい」

 一旦口にすると止まらなかった。もっと、こう、自然に言ってもらいたいのに。こっちは全部さらけ出してるってのに。

 でも彼女はいつも僕に言わせてばかりで。

「スピカばかりずるい」

「……」

 そこまで言っても彼女はちょっと呆れたように黙っている。なんだか急に悔しくなって来た。こうしてやっと、やっと一緒になれて、浮かれてるのは僕だけみたいで。


 やがて彼女はぼそっと呟く。

「この間言ったのに」

「聞いてない」

 思わず即答する。だって、あれは────

「言ったもの」頑固に言い張るスピカに、「聞いてない。あれは夢だ」

 僕も負けじと言い返す。ここは、譲っちゃいけない。譲ったら、聞けない。

 真剣に訴える僕を前に、スピカは突然のように吹き出す。

「シリウスったら、子供みたい。……そういうときは、自分から言えば良いのに。あなたが言えば、あたしも言うわ」

 手のひらで踊らされてる気がした。こっちはつい昨日言ったばっかりなのに……。

 思わず、告白らしきものをした回数を数え、それに対する彼女の返事を思い浮かべる。全部僕からで、彼女はそれに頷くだけだった。

 やっぱり…………不公平だ。

「なんだか……やっぱり、スピカはずるい」

 不満が口から漏れる。

「聞きたくないの?」

 鈴のような声が僕を焦らせる。聞きたいに決まってる。

 10回のうち1回でも返って来たらいい方なのかもしれない。同じだけ愛してほしい、そうは思うけれど、やっぱりどうしても僕の方が彼女の事を好きなのだから。そのことでは誰にも負けたくはないのだから。

「あいしてる」

 僕は辛うじてその言葉を絞り出す。この場所にふさわしくて、そしてこの雰囲気にはあまりふさわしくないその言葉を。

 僕が言うとなんでこんなに間抜けに聞こえるんだろう。その固くぎこちない響きを聞いて悟る。やっぱりまだ僕には似合わない。僕みたいな半人前が使っていい言葉じゃない。

 それでもやり遂げたご褒美を待って、スピカのその闇夜に光る緑灰色の瞳を見つめる。

 しかし、その果実のような唇はなかなか開かない。待ちきれずに催促する。

「……スピカ?」

 そこに来てようやく、その瞳がいたずらっぽく光っている事に気がついた。こういうときは、スピカが魔女のようにも見える。

「また僕にだけ言わせて……」

 ああ、もう。こうなったら、無理にでも甘えさせてしまおうか?

 馬鹿みたいな征服欲がむくむくと頭をもたげるが、無理矢理それを押さえつける。どうすれば良いか、方法は知ってる。知りたくもなかったけど。

 目の前の笑顔が眩しいほど、その記憶は濃く影を落とす。小さく息をついてそれを胸の内から吹き飛ばす。

 やっぱり、彼女にそんな方法は使いたくない。この笑顔が曇るような真似はもうしないと決めたんだ。

 焦る事はない。そう、ゆっくりでいい。彼女はもう僕が捕まえた。


 そんな風に考え込んでいると、スピカは僕が拗ねているとでも思ったんだろう。少し心配そうに首を傾げると、僕の耳元に唇を寄せる。柔らかい唇が羽のように触れたかと思うと、彼女は優しく囁いた。

「シリウス……愛してるわ。あなたが想う何倍も」

 触れる彼女の頬が少し熱い。僕よりも言い慣れないはずの彼女なのに、その言葉には全くぎこちなさがなく、自然で、僕のすべてを包み込むように暖かかった。それは遠い過去の母の温もりに似ていた。


 ────やっぱり敵わない


 恋情と母性と。足されたら今の僕では到底太刀打ちできない。

 どちらの比率が大きいのかは、今はもう知りたくなかった。どちらにせよ彼女にはその自覚がないのだから。それでも少しでも前者が大きくなるようにと祈りながら僕は彼女を抱きしめる。


『愛してる』


 再び胸の内で呟く。そして、その言葉に早く追いつきたいと心底願った。

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