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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「涸れ川に、流れる花」以降の番外編
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【番外編】真夜中の来訪者 2

 ルティを部屋の中に招いて話を聞く。シュルマが顔を赤くしながら彼に茶を出すと、彼は熱さも気にしない様子ですぐにそれを飲み干した。よく見ると額に汗をかいているようで、前髪の癖が強くなっている。

「もしかして王宮から走って来たのか」

「それがどうした」

 僕を睨みつつ、彼は口ごもる。自分の国にいるせいか、いつもに増して偉そうだというのに、どこか言い出し難そうな雰囲気。スピカが少し躊躇った後に尋ねた。

「メイサに何かあったの?」

 確かにこれほど落ち着きの無い彼は珍しい。彼を焦らせる原因はメイサしか無いだろう。

 ルティは苦り切った顔で答えた。

「花嫁衣装が盗まれた」

「「――――えええええ!?」」

 僕とスピカが夜中だということも忘れて思わず大声を上げると、シュルマが口の前に人差し指を立てて「ルキア様が起きてしまわれます!」と小声で諌める。

 ルティは持っていた包みから素早く一冊の手帳――というよりは古い紙の束を取り出すと、スピカに向かって突き出した。

「これを馬車に乗せた人物を見たいんだ」

「……分かった」

 スピカは神妙な顔をして受け取った。そして目を瞑ったが、すぐにぎょっとした顔で目を開けた。

「え、え、これって……」

「持ち主が見えたか?」

 スピカが困った顔で頷くと、ルティはうんざりとため息をついた。

「シェリアの手帳だ。衣装が紛失して、それが残っていた」

 ルティは僕をじっと睨む。

「お前があれをここに送ったから妙なことになったんだ。責任をとれ」

「え、もしかして、彼女、容疑者な訳?」

 ようやく話が飲み込めた僕が問うと、ルティは鬱陶しそうに頷く。

「だが、本当にそうだと困る理由が多過ぎるだろう。お前も、……俺も」

 確かに、ジョイア国内の貴族の娘が他国で犯罪を起こすというのはとてもまずい。頷きかけたけれど、途中で首を傾げた。

「え、僕が困るのは分かるけど、何で君?」

 国際問題になって困るのはジョイア側。アウストラリス側は問題にしたくなければ、揉み潰せばいい。この国で彼の立場なら簡単なはずだった。

 ルティはふて腐れた様子で答える。

「メイサはシェリアと仲が良い」

「はぁ?」

 思わず間抜けな声が出た。

「信じられないだろ? どうしてあんな年中悪巧みをしてるような性悪女を……」

 年中悪巧み、性悪という言葉は目の前の男の為にあるようなものだ。そう考えて、メイサがシェリアを放っておけない理由に思い当たった。だが、話が確実に脱線しそうなので黙っておく。

 ルティは僕の内心には気づかずに話を続ける。

「それから、ヨルゴスが、シェリアを解放したがっている」

「ヨルゴス……って、ええと君の従兄の?」

 確か僕とスピカの婚儀に参加したのが彼だった気がする。しかし警戒していた割に――なんといってもスピカがルティに誘拐されそうになった直後だったからだ――あまりに当たり障りが無かったせいで、あまり印象に残っていない。

「あいつはアウストラリスの第十王子だ」

「そのヨルゴス王子がどうして?」

 どうしても関係が飲み込めない僕に、ルティは苛立ちを隠さないままに告げた。

「ヨルゴスは、シェリアに、惚れてる」

「ええっ…………!」

 またもや大きな声が出たけれど、今度はシュルマも同時に驚いたようで咎めなかった。

 スピカの衝撃も大きかったようだ。どうやら女性にしか分からない事情があるようだった。

「え、え、ええと……差し出がましいようですが、」

 シュルマが堪えきれずにルティに向かって口を開いた。

「そ、その、ヨルゴス殿下が騙されていらっしゃるのでは」

 ルティは首を横に振る。

「そうだったら楽なんだが、素のシェリアに惚れてるらしいからどうしようもない」

「……ええと、でもシェリアって……」

 スピカが言い難そうに問うと、ルティはやれやれと肩をすくめた。

「そこの手帳に書いてあるようなことを実際にやるような女だ。やられたんだろ? お前も」

 言われてスピカは頁をめくる。とたん何かを思い出したかのように顔をしかめた。

「ええと、一部だけ……」

 スピカは疲れた顔で頷くと、手帳を机の上に置いた。

「あいつとは確執があるだろうし、協力を迷ってもしょうがないと俺は思っている。騙すような真似は出来ないから、事情は一応話しておく。聞いてからどうするか決めればいい」

 そう言ってルティは花嫁衣装紛失事件についてかいつまんで教えてくれた。

「――つまりは、誰かがヨルゴス王子とシェリアを嵌めようとしているってことか?」

「いや……おそらく犯人にはそこまでの意識は無い。逆恨みに近いんじゃないかと思っているが」

「犯人、心当たりがあるの?」

 スピカが問うと、ルティは頷く。

「大体は」

「じゃあなぜ踏み込まない?」

「確証がないからだ。俺としては衣装さえ戻ればそれでいい。しかし、犯人は衣装に価値を見ない可能性は高い。あの衣装は……メイサしか着れないから」

「ああ、なるほど……確かにいくら高価でも着れない衣装には価値がつかないのか……変に問いただして肝心の衣装を処分されたら大変ってわけだ」

 メイサの体を思い浮かべて頷くと、スピカがこちらをチロリと睨み、僕は誤摩化すように話を元に戻した。

「でも、迷っている時間も無いだろう。婚儀は明後日だ」

「だからここに来た。一番確実で早いからだ。――お前らは俺に恨みがあるかもしれないが、メイサのためなら、力になってくれるはずだろう?」

 そこでルティは突然、床に膝をつき、項垂れる。

 仰天して固まる僕らに向かって彼は言った。

「頼む。俺は、あいつを、もう二度と泣かせたくない。あいつは『いつもの服でも平気』なんて言って笑ってるけれど、本当は悲しんでる。泣きたいのを堪えてる」

 切実な声に、僕も、スピカも声を無くした。

「――頼む」


「…………お兄ちゃん」

 やがてスピカがそう言うけれど、彼は頭を下げたままだった。

 彼女は小さく息を吐く。そうしてしょうがないわね、とでも言うような表情で、僕の方を見てにこりと笑った。

「あたし達がここに来たのはメイサのためだけじゃないわ。ねぇ、シリウス」

 僕も小さくため息をつくとスピカに同意した。

「ああ。そうだよね。……君の大事な兄上・・・・・の結婚式だから来たんだよね」

 ルティはやはり顔を上げない。赤い髪が下に流れ、僅かに尖った耳が赤く染まっている。照れてるのか怒っているのか。どちらにせよ気づかぬふりが安全だ。僕はスピカを促した。

「……ってことはシェリアは僕たちの親戚になるかもしれないのかな?」

 想像すると一瞬にして不安感で胸が押しつぶされそうになった。だが、ぐっと堪えてスピカに微笑みかける。スピカはスピカで苦笑いをしていた。おそらく僕と同じ気持ちなのだろう。

「じゃあ、今のうちに恩は売っておいた方がいいかもね。あたし、どうやら彼女にすごく嫌われてるみたいだし」

 スピカはソファに座り直すと、改めて手帳を手にして目を閉じた。


 それからしばらく後。

 スピカに厳かに告げられた名を耳にすると、彼は「後でまた礼に来る」と疾風のように飛び出した。

 既に夜明けが近く、東の空が焼け始めていた。重そうな瞼のスピカに寝台に誘われるが、久々に力を使ったスピカは僕に反応すること無く瞬く間に眠りに落ちる。


(あぁ、もう。この貸しは大きいからな。倍にして返してもらうからな!)

 恩を売った代償は、僕にとっては割と大きなものになりそうだった。



〈了〉

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