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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「金の大地 焔色の星」以降の後日談
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【後日談】再会のとき 9

 夫と兄、二人の男が部屋から去った後、あたしはメイサにお風呂を勧めた。

 出産後はしばらく湯船につかる事を許可されないから、一緒に入る事は諦めたけれど、アウストラリス人であるメイサならば、絶対に感動すると思ったのだ。

 ――アウストラリスの風呂とジョイアの風呂は同じ名称がついてると思えないくらいに形式が違うから。

 大量のお湯に体を浮かべると疲れがお湯に溶けて行く気がする。汚れを取るだけのものではないのだ。

 介添えに侍女をつけようとしたけれど、メイサは頑に拒否した。一人で入れるし、一介の女官に付き添いなどとんでもないと遠慮された。未来の妃の慎ましさは好ましいけれど、侍女をつけるのにはれっきとした理由がある。

「一人じゃ危ないから、お願い」

 浴室は一応密室だ。窓も高いところの明かり取りの窓しかない。だから、どうやって侵入するのかは分からないけれど、排水のための僅かな隙間からでも何かが侵入してきそうで、あたしは心配だった。先ほどのの様子を考えるに、メイサにもし何かあったら、大騒ぎが発生するに決まっている。

 だけど、メイサはくすくすとのんきに笑って別の心配と取り違える。

「確かにジョイアのお風呂ははじめてだけど、危ない事なんかないわよ。浴槽は溺れるほど深いわけじゃないのでしょう? 私だって子供じゃないのだし。とにかく……見られるのは恥ずかしいから、一人にしてちょうだいね」

 彼女でも恥ずかしがることがあるのかと驚きながらも、そういうことならと、あたしはメイサの意志を尊重する事にした。最初はあたしも人に入浴を手伝ってもらうのは抵抗があったのを思い出したのだ。まあ、それでも、一応父に連絡する。浴室の外の厳重な警護は外せなかった。


 近衛隊がこれほど頼りにならなかった事はない――そうぼやく父と、信頼出来る侍女達による厳重な見張りの中、メイサは旅の疲れを癒して来たようだった。

 その間にルキア、エアル、リトスを寝かしつける。あたしは眠った子供達をサディラに任せて一人部屋でメイサを待っていた。これから聞きだすつもりの話がとにかく楽しみで、待ちきれなくて、そわそわしていた。

 ようやく風呂から出てきたメイサは用意された寝間着の上にガウンを羽織っている。ジョイアのものは体に沿うアウストラリスの服と違って、ゆとりがあるデザインだったけれど、それでも彼女の魅力的な体の線は隠す事が出来なかった。

 湯で温められたのだろう、肌が見える顔から首までが薔薇色に染まっている。それは洗って輝きを増した赤い髪と相まって、酷く綺麗で艶かしい。

 その色香にあてられたのか、胸が妙にドキドキし始める。以前からずっと思っていたけれど、やっぱりルティにはメイサがお似合いだ。このくらい迫力のある美女でないと並んだ時に釣り合いが取れないと改めて思った。皆収まるところに収まるようになっているのかも。そう思う。

 あたしがぼうっと見つめていると、本人は頓着せずに気持ち良さそうに感想を述べる。

「素敵だったわ。本当に贅沢ね。髪まで洗っちゃったもの。こんなにさっぱりしたのって生まれてはじめてかもしれないわ。お湯につかるのもすごく気持ちよかったけれど、すぐに出て来ちゃった。長湯するとあっという間にのぼせそう」

 果実の皮で香りづけした水を差し出すと、メイサは酷く美味しそうにそれを飲み干した。あたしはそれを待ってさっそく口を開く。うずうずしてもう我慢出来なかったのだ。

「メイサ。一体何があったの? あなたとルティの間に」

 もう関係については尋ねる必要は無くて、馴れ初めを直接尋ねれば良かった。

 あたしが誘うと、メイサは寝台の上に乗り、ちょこんと座って膝を抱えた。

「ああ……話せば長くなるの。と言っても、実は私にも分からない事も多いのだけれど……」

 メイサは遠くを見る目つきであたしの後ろの壁を見つめていた。暫く穏やかな沈黙があった。あたしは彼女がようやくきちんと話してくれようとしているのを感じて、じっとそれを待った。

「――私ね。ルティはあなたの事を一生忘れられないってずっと思っていたの」

「でも、それ、勘違いだったのでしょう?」

 ずっと感じていた違和感。彼が愛を囁く度に、あたしの中の何かが『違う』って反発した。あたしはシリウスがくれる本物を知っていたから、しっかりと区別出来た。

 メイサが頷くと長い髪が寝台の上でさらさらと揺れた。

「スピカって意外に鋭いわよね」

「え? どうして?」

 鋭い? はじめて言われたかも。戸惑うあたしの前で、メイサは僅かに声を震わせた。

「前に言ってたでしょう。か、彼にはあなたがいるって……。ええと、ね。……つまり、ルティの特別は、わ、私ってことだったみたいで……」

 メイサの声は次第に消え入るようになり、最後まではっきりとは聞こえなかった。彼女は口ごもって俯く。不思議に思って覗き込むと、艶やかな髪に半分が隠れているけれど、彼女の顔はすでに真っ赤だった。 

「――――!」

 その可憐さと妖艶さったら。相容れないと思われるものが、メイサの中で共存していた。

 あたしは目を丸くする。そして慌てて周りを見回した。このメイサは誰にも見せられない、そう強く感じてしまったのだ。

 部屋にあたしとメイサしかいない事が分かって僅かにほっとするけれど、動揺は収まらない。

 ああ、どうしよう。勿体ない。あたしが見ちゃって良かったの? これ。

 強烈な武器を突きつけられた気がして、ルティの変貌にも納得がいく。こんなもの向けられたら、恋に落ちるしかない。どんなに固い殻で心を覆った男の人でも。

「ごめんなさい、順を追って話さないと分からないわよね」

 メイサははにかんだ笑顔であたしに向き直って、ゆっくりと話し始めた。

 それは、夜が明け東の空が赤く燃え始めるまで続く、長い話。

 アウストラリスの灰色の大地が、焔色の太陽によって金色に輝きはじめるまでの話だった。


 そうして、その夜。あたしは、身に染みて知ったのだ。

 メイサがルティをどうしてこんなに愛しているのか――その理由を。

 ルティがどれほどメイサを愛しているのか――その想いの強さを。


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