【後日談】再会のとき 8
「……ったく、あいつらはどうしてああ勝手なんだ」
「勝手って……人の事言えないと思うけど」
窓から覗く朧月が南天を柔らかく漂っている。夜半を過ぎた頃、いつもはもう眠っている時間だ。なのに今、僕の隣では、なぜか部屋に入り込んだルティがやけ酒中だった。
メイサが急遽僕たちの部屋に泊まることになったので、当然僕の寝る部屋がない。図々しくもご一緒すれば、あちこちから殺意を向けられて、きっと命がないだろう。
という事で別に客室を用意させて、そちらで一人寂しく寝ようと思っていたら、突然現れたルティが強引に部屋に入り込んだのだ。
どうしたのかと問うたら、ミルザが部屋の前で待ち伏せしていたそうで。我が妹ながら、あっぱれと言うか何と言うか。簡単に諦めるつもりはないらしい。ミルザはまだメイサの存在を知らないのだから、自分より上がいるなんて考えもしないのだろう。知ったときの衝撃を思うと、酷く哀れに思える。
ルティは仕方なくその存在を見なかった事にして、別室を用意させようとしたらしい。しかし、今度は担当の侍女がなかなか部屋から下がらなかったそうだ。下げさせたら、別の女がやってきたそうで……。昔の行いの悪さがここに来ててきめんに効いている感じだ。
そんな感じできりがないので、ルティは僕を出汁にする事を思いついたらしい。会議の続きとかなんとか言い訳して。うん、正直に言うと、とても迷惑だ。眠いし、早く寝かせて欲しい。
彼の手の中の酒瓶では、琥珀色の液体が波打っている。瓶を傾け、自分のグラスに注ぐと麦から出来た強い酒の匂いが漂う。ちなみに僕は酒は遠慮した。葡萄酒くらいなら付き合ってもいいけれど、その火酒はおそらく僕には無理だ。
一人酒に溺れるルティに向かって僕はぼやく。
「変わったよね。昔は来るもの拒まずで、喜んで連れ込んでたくせに」
「……あいつを知ったら他の女となんか寝れない」
「ふ、ふうん」
手を出しているとは思っていたので、そこは普通に聞き流せた。けれど、この男からそんな熱い言葉が出るとは思えずに、むずがゆさに鳥肌が立つ。
どうしたんだ、一体? 見ると、手元の酒瓶は二本目が空になろうとしていて、僕は仰天して叫んだ。
「る、ルティ、飲み過ぎだろ! それ!」
彼は僕の言葉も気にせずに、水のように酒を飲む。顔色はそのままなので、全く酔っているように見えない。しかし、言動がどことなくおかしいし、いつも鋭いだけの眼差しが妙に色っぽい。ここに女性がいなくて良かったとほっとするくらいには。
「これが飲まずに居られるか。スピカと、お前の息子にあいつを奪われて、せっかくの計画が台無しだ」
「計画?」
問うと、またバカにした目が僕を見つめた。どうも、自分が客だと言う自覚も遠慮もなさそうだ。
「俺達は、出来るだけ早く子供が欲しい」
「…………は? 今なんて?」
耳を疑った。え、計画って、そういう計画?
「なのに、あいつは子供を作りたがらない。避妊しないと文句を言う。今日部屋が別なのも、きっとそれで怒ってるからだ」
僕は呆れる。
「ってことは、『俺達は子供が欲しい』って言うのはどうかと思うけど。『俺は』の間違いだろう?」
「――どうしてだ。早く子が出来れば、あいつもふらふらしない。……つまり、まだふらふらしたいってことか?」
指摘しても無視される。彼は目が据わったままぶつぶつ言っている。ふらふら? その言葉に違和感があるものの、別の事を先に聞いた。
「あのさ、子供が欲しいわけ? もう? 早くない? 一年くらいゆっくりした方が……」
経験者として言う。おせっかいだろうか。今まで遊んでた分、それほど飢えてないってこと? スピカとしか経験のない僕は、いまいち気持ちが分からずに、首を傾げる。
「お前はどうなんだ。どうやったら二年で三人も出来るんだ」
「う、うーん、別に特に頑張った覚えもないけど。……ある意味不慮の事故と言うか」
新婚旅行で妊娠が発覚したという、あの時の衝撃は未だ忘れられない。って、一体この話はどこへ向かうんだ。
「不慮の事故? 嬉しくないのか?」
よく見ると、ルティの目の焦点は合っていない。怖いので目を逸らす。
「そ、そりゃ嬉しいに決まってるけどさ……でも」
さすがに言いにくくて口ごもると、
「なんだ」
ルティはきょとんとした顔でこちらを見ていた。酒が入ると、この男はいくつか若く見える気がする。それだけいつも気を張っているという事だろうか。
「ええと、あのさ。ルティ、君、新婚生活、なくっていいわけ?」
「は?」
「妊娠したら、出来なくなるよ?」
「なにが?」
「なにがって――」
僕は目を見開く。
「知らないの? 君が? ホントに?」
って、僕も彼女が妊娠するまでその辺の事情、ほとんど知らなかったけど。でも、そっち方面に長けているルティが知らないとは思わなかった。確かに、子供を作るのとはまた別の情報ではあるし、彼も子供が出来た事はないから、当然ではあるのかもしれないけれど。
僕はルティに夫としての心得を伝える。つまり、妊娠中は、そういった夫婦生活が困難になる事を。お腹の子が健やかに育つように、生まれるまで結構我慢しなければならない事を。そして生まれた後は……思い出したくもない、スピカの変貌みたいなことがあるかもしれない。つまり、居場所を子供にしっかり奪われるから、相手にされない事も多々あるという事。……酷い時は、『抱かれたくない』など、二度と立ち直れそうにないような言葉をもらってしまう事。あぁ、思い出すだけで辛過ぎる。
この際、全て教えてあげる事にする。さっきの――お礼? いや、今までの返礼かな。彼の愕然とする表情が見たかっただけかもしれないけれど。
多少愚痴っぽくなりながらも僕が口にした情報を、ルティは僕の話を聞くにしては珍しく深刻な顔で聞く。そして、僕が極めつけに「つまり、子供が出来たら君はメイサの二番になるよ。ちなみに今僕はスピカの四番だけど」と言ったとたん、彼は頭を抱えたかと思うと――僕にその大きな背中を向けてふて寝した。