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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「金の大地 焔色の星」以降の後日談
22/32

【後日談】再会のとき 5

 メイサが持って来た土産の一部は、子供のおもちゃだった。それは子供の手のひらにようやく包めるくらいの大きなガラス玉。赤と青と黄色と緑、それから紫の五色だ。

 ルキアはすぐに心を奪われた。ルキアだけでなく、あたしも。だってこんなに大きなガラス玉なんて今まで見た事なかったのだ。

 転がしては追いついて手に取って。そしてまた転がしては、部屋に差し込む光がきらきらと反射するのを興味津々で見つめていた。

 しばらくそうやって遊んでいたルキアも、変化を求めたのか、赤と緑のガラス玉を両手に握りしめて椅子に腰掛けていたメイサの元にとことことやって来た。

 もともと綺麗なお姉さんが好きなルキアだ。ミルザ様にも懐くのが早かったし、と、将来を案じて苦笑いをする。

「なあに? ルキア様?」

 自分からやって来たルキアに、メイサが目を丸くする。

「こえ!」

「『これ』ね。ルキア、お姉さんに遊んで欲しいの?」

 あたしが尋ねると、ルキアは「うん」とでも言うようににっこり笑う。メイサは避けられなくなったのが嬉しかったのか、ガラス玉を床の絨毯の上に放って遊んでくれる。ルキアはきゃっと声を上げながら子犬のようにガラス玉を追いかけた。


 そんな風にガラス玉を拾っては目を輝かせてやって来るルキアの相手をしながら、メイサがふいに、開け放たれた窓から外を眺めてうっとりと呟いた。

「ねえ、スピカ。この宮殿ってものすごく雅ね。噂には聞いていたけれど、これほどとは思わなかった」

 あたしは頷く。はじめてここにやって来たのは、シリウスの救出の為だったけれど、あまりの迫力にこの中に入るのを怯んでしまうくらいだった。

 圧迫感、ではないはずだった。でも穏やかだけど重厚な空気に威圧されたのを覚えている。夜だったからだろうか。それとも、城に蔓延っていた、シリウスを押しつぶそうとしている〝何か〟をあたしは敏感に感じとっていたのかもしれない。

 思い出しながらも、当たり障りのない感想を口にした。

「あたしも最初に来た時はびっくりしたわ。豪華で、でもそれだけじゃなくて」

「ええ。趣味が良い豪華さね。まず木造の建物がアウストラリスでは珍しいのだけれど、途中通りかかった――」

 メイサがそこで言葉に詰まり、あたしは補足する。

「外宮?」

「そうそう、あの場所ではふんだんに使ってあるでしょう。流れて来る空気が違ったもの。所々で水の匂いがして、すごく癒される」

 でも、その勿体ないくらいの外宮には今人は居ない。あの場所は、正妃は住むことができない場所――側室達の住む後宮なのだった。

 全てが空きになった部屋を惜しむものも多い。シリウスが部屋の使い道を変える事を提案したのも噂で聞いたけれど、その案が通過するわけもない。シリウスの代だけ上手くいけばいいわけじゃない。皇子ならば、だけの事を考えていてはいけないのだ。皇家の存続は皇族の義務。彼もそれは分かっているし、あたしだって理解している。

「それに、この本宮も雅よね。石造りだけれど、上手く光を取り込んでいるし。でもやっぱり少し暗いかしら……ガラスの窓をたくさん入れられれば、もっと――――あら、スピカ? どうかした?」

 思わず固い表情になっていたらしい。あたしは慌てて笑顔を浮かべて、メイサの追求を誤摩化す。

「な、なんでもないわ。そういえば、中庭は見た? 今が一番花が多いのよ」

「ええ――木の枝も満開だし。地面も花で一杯だった。アウストラリスには花畑なんてないし、一生分くらい見ちゃったかも。本当に綺麗だった」

 メイサは羨むといった様子でもなく、ただ純粋にジョイアの美しさを愛でていた。こういうところが、彼女の聞き上手の所以かもしれない。相手に花を持たせるのが上手で、思わずたくさん話してしまう。久々のおしゃべりは、やっぱりすごくほっとして楽しかった。

「本宮の裏側は大きな池があってね。魚も水鳥もいてすごく眺めがいいの」

「池――? 素敵」

 そわそわとしだしたメイサにあたしは提案する。

「少し外に出てみる? ルキアの散歩もさせたいし」

 メイサは顔を輝かせ、あたしは彼女を案内出来る事をすごく喜んだんだけど、……それが騒動を引き起こすとまでは、考えつかなかった。


 *


 中庭の花畑の中には、所々丸く芝を貼った休憩場所があった。小さな椅子も設えられていて、そこに腰掛けて花を愛でるのだ。

 あたしは再び寝入ってしまったリトスとエアルをサディラに預けて、夕食前の短い散歩を楽しんだ。長くは歩けないあたしを気遣ってメイサは池はまた明日と言ってくれた。ルキアは小道をかけずり回り、気に入った花を見つけると、シュルマに摘んでもらっては大喜びだ。

 二人きりで話が出来る絶好の機会に、あたしは再び中断していた追求の再挑戦を始める。

「そういえば、メイサ。女官って言っていたけれど、ルティの傍付きなの?」

「ええと、今のところは……あら、そうだったかしら? 出掛けにバタバタしすぎて確認して来なかったわ」

 メイサは考え込む。

「いえ、やっぱり書類上はまだよね……。その辺はどうする気なのかしら?」

「書類上?」

 あたしの問いには答えず、メイサは続けた。

「ヨルゴス殿下って知っているかしら? 今は一応、その方の傍付きのはず」

「ヨルゴス殿下って、えっと確かアウストラリスの第十王子……よね?」

「そうなの。すごく素敵な方。お優しくて、心配りが出来て。あらゆる学問に精通されてるの」

 そう言うメイサの顔は酷く華やいでいて、あたしは複雑な気持ちになる。えっと、まさか、メイサの恋のお相手って……そのヨルゴス殿下? うそ。

 凄まじい焦燥感が登って来た。あ、あたし、なんだか、それは嫌なんだけど! だって、それじゃあ、メイサはあたしの姉にはなってくれないってことだもの!

「じゃ、じゃあ、なんで今回ルティについて来たの?」

 思わず詰問口調になってしまったけれど、相変わらずメイサはのんびりと答える。

「あなた達の子供に会いたかったからに決まってるでしょう? 元々は一人で訪ねるつもりだったんだけど、ルティがちょうどジョイアに用事があるからって、ついでに一緒に行くことになったのよ」

「つ、ついで? それだけ?」

 メイサは少し考え込んだけれど、結局は頷いた。

「ええ。今のところ、それだけ。ごめんなさいね。公私混同もいいところよね」

 あっさり言われて、あたしはまた追求の言葉を引っ込めざるを得ない。

 ああ……訳が分からない。

 メイサはそのままルキアと遊びに行ってしまう。花の中でルキアと追いかけっこをしている姿は、なんだか異国の舞姫みたい。

 赤い髪が西日に燃える炎のように輝く。肩からかけている金糸の混じった薄いショールは、水しぶきのように彼女を取り囲む。その間から見える黒いドレスは淡い色の花の中で舞う黒い蝶のように目立った。――そこだけ明らかに異空間だった。

 思わず悩むのを止めてうっとりとそれを見つめていたけれど、近づく足音に顔を上げた。近衛隊の制服がこちらに近寄って来ていた。

「あれ、父さん? どうしたの」

「スピカ!」

 公の場なのに敬称略だ。つまり、怒っている。

「この、考え無し! なんで連れ出した!」

 父はそのまま、自分の後方を指差した。

「え、なに?」

 あたしは父が指差す方向を見て、はじめて「しまった」と思った。

 そこには近衛隊員がこぞって中庭で舞うメイサに釘付けになっている。

「城の警備がままならん、早く部屋に戻れ。あの方を連れてな!」

「あら――もしかして、レグルス様?」

 メイサは怒り狂う父に気が付いて、駆け寄ると声をかけた。父は一瞬うっと息を呑むと、姿勢を正して、そして彼女に向かって懇願した。


「どうぞ、お部屋にお戻りください。王太子殿下が怒っておられます」


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