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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「金の大地 焔色の星」以降の後日談
21/32

【後日談】再会のとき 4

 会談は宮の一番日当りの良い部屋で行われた。南側にあり、宮の中で窓にガラスが使われている部屋。中庭に面していて、一番眺めの良い場所だった。

 窓は先ほどまで開け放たれていて、風通しも良かった。まだ少し寒い時期ではあったけれど、春の日差しは時折吹き込む冷たい風にも勝って暖かく、運び込まれた花の香りは未だ部屋に残っていた。

 今回、通常と違って、誰でも見聞き出来る場所で話し合いがもたれたのは、この会談の内容を開かれたものにしたかったからだ。これまで裏で動いて来た事が多過ぎるため、国内の貴族は様々な疑念を抱えている。この会議を機に不信を払い、二国間の関係を風通しの良いものにしていきたい、そういった意図も込められていた。僕がそう提案すると、父もルティも同じような想いがあったのか、即座に賛成した。

 話は円滑に進んだ。夕刻、西から差し込む赤い光に部屋の床が照らされ始めるまでの時間は、あっという間に過ぎ去った気がした。

「――では、ワジ周辺の開発資金の援助の条件ですが、ひとまず、岩塩の一定供給でよろしいでしょうか。もちろんこちらで資金繰りが出来るようになれば、利息を付けてお返しします」

 赤い髪の青年は父と僕相手に冷静な取引を続け、両者譲れるところは譲り合い、結局は当初考えていた地点に落ち着いた。

「約定を頂けますか」

 ルティの言葉に、父が頷く。

 茶色の視線がこちらを向き、僕も頷く。ルティは少々ほっとした様子で、手元の書類を素早く入れ替える。

「それから、これはまだ少し先の話なのですが――」

「ああ、ルティリクス殿。ひとまず、この辺で食事にしないか」

 そこで父が遮ると、ルティは夕日に染まった部屋に気が付いたのか、すぐに言葉を飲み込み、「そうしましょう」と了承した。



 隣室に食事が用意されていた。

 中央に花の飾られた縦長のテーブルに席が四つ。二つずつが平行に設えている。

 四つ? と首を傾げて部屋を見回し、なぜかいたミルザを見つける。僕がぎょっとすると、後ろから入室した父が耳元で囁く。「同席させろと頼み込まれて……どうしても断れなかったのだ。なんとかしてくれ。お前の方が扱いに慣れているだろう」

 ちょっと待ってくれ。僕は目を見開いて父を振り返る。父は再び目だけで哀願した。僕は冗談じゃないと首を振る。無言の攻防(面倒ごとの押し付けあい)が続く中、ミルザは僕たちの前を遮って軽やかな足取りで、ルティに近づいた。

「王太子殿下。お会い出来て光栄です。ジョイアへようこそいらっしゃいました」

「ああ、ミルザ皇女ですか。見違えました。お美しくなられた」

 彼がそう言いながら目を細めてにこりと笑う。凄まじく魅力的な、よそ行きの顔・・・・・・に僕は顔が引きつる。その顔と態度がどれだけ女性に影響を与えるか考えた事はあるのだろうか。

 ちらと見ると、案の定、ミルザは頬を染めて言葉を失っている。頭痛を感じながらも、僕はミルザの隙を狙って、彼を自分の隣の席に案内した。

 ミルザは僕に希望の席を奪われて憤慨していたけれど、父に「仕事の話が残っているから」と諌められて、大人しく父の隣席に移動した。ルティとミルザの間には大きなテーブルと大量の料理。これでは会話は弾まない。

「頼むから、その八方美人は止めろよ。迷惑だって。時と場合を考えてくれ」

 僕が小声で言うと、ルティは眉を上げた。

「なんのことだ?」

 自覚がないのか! 僕は呆れる。

「ミルザに手を出すのはまずいと思うけど」

 そうはっきり言うと、彼はああ、と納得する。

「俺はガキには興味はない。あれは、皇女に対する礼だろ」

 サラッと小声でそういうことを言うのはどうなんだろう。

「ねえ」

 相変わらずの猫かぶりに呆れつつ、僕は本題に移ることにした。

「君、メイサを連れて来るって、一体どういうつもり?」

「聞いたのか?」

「いや、何も」

 同じ質問をしても、彼女は意味ありげに微笑むだけだった。

「妃にするの?」

「…………」

 ずばり聞くと、彼は目を伏せて微かに笑う。否定しないということは、是、ということなんだろう。

「スピカの事は忘れたんだ?」

 僕の問いを聞いて、彼は一転ムッとした顔をする。「まさか、俺がスピカに振られたから、とか考えていないだろうな」

「え、でも」

 実際そうだろう、言いかけて飲み込んだ。

 ルティが何を考えているのか、剣の柄に手を当てている。もちろん中身は飾りなんだけれど、殴られたらと思うと、冷や汗が流れる。かなり、色んな意味で。

「何があったかは、お前に言う義理はないが……妃にするのは本当だ。だからジョイアを見せておきたかった」

「ええと、政略結婚的な意味合い?」

「詮索するな」

 ぴしゃりと遮られる。

 それでもこっそりメイサのシトゥラの娘としての価値を考える。確かメイサは力を持っていないとか言ってたような。家としても北部の貧しさを考えれば、それほどの財力はないはず。

 じゃあ――……恋愛感情ということになるけれど。一体いつから?

 ああ、その辺、すごく気になるけど、きっとこの男は馴れ初めなどしゃべらないだろう。

「そのへんは、メイサに聞いてもいいの?」

 彼女からの方が聞きやすそうだし、スピカも気になると思うから、聞いてくれるかもしれない。

 ルティはその名を聞くと、僕の問いを無視して、別の反応を返した。

「そうだ、あいつは今どうしてる?」

「君がこっちに送ったんだろう? スピカと話してるはずだけど」

「絶対、外に出すなよ」

「今言われても困るんだけど」

「皇太子だろ、何とかしろ」

 ちっと舌打ちすると、妙にそわそわとし始める。

「部屋に閉じ込めておけば良かったか。でも、スピカの元が一番安全だろうし……」

 ぶつぶつと心配事が漏れ出る彼を、信じられない想いで見つめる。この過保護さって、もしかして。

「大丈夫だって。スピカとは積もる話もあるみたいだったし。そんなに広いところじゃないし、散歩しても迷子にはならないよ」

「そういう問題じゃない。騒動の元になることくらい、見れば分かるだろ」

 ああ、やっぱり。

 彼が心配してるのは、彼女のあの美しさなのだろう。

 僕だって、アウストラリス王城内がいくら警護が完璧だと言われても、スピカを一人で歩かせたりはしない。警護する側も人間だ。しかも大部分が男なのだから、一抹の不安がどうしても消せない。それほどに僕の妃は美しい。

 つまり彼にとってのメイサは、僕にとってのスピカと同じという事なのだろう。囲って、閉じ込めていないと不安で堪らない。

 気が付くとふいに笑いが出た。

「何を笑っている」

 酷く不快そうな顔だ。でも、これは笑える。だってルティ、君は今、僕と同じ。

 胸の奥から親近感と言う名の好意が沸き上がって、酷く愉快な気分だった。

「いや別に」

「自分と重ねて共感するな。俺と並ぼうとするな。――俺はお前のそういうところが特に嫌いだ」

「あ、そうなの?」

 本人に向かって嫌いとか言うかな。大体僕の台詞だろ、それって。せっかくの歩み寄りを切り捨てられてがっかりしつつ、運ばれて来た温かいスープを口にしようとする。

「じゃあさ、一人にさせたくないなら、同席させれば良かったのに」

「馬鹿か」

 ルティは目を見開く。そして大地の色の目で僕を睨んだ。なぜ思い当たらない? その顔が言っている。

「ジョイア帝は今、独身だろう」

「…………」

 あ、もう駄目だ。

 僕は、口に含んでいたスープを吹き出すのは辛うじて堪えたが、その後盛大に咽せた。

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