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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「金の大地 焔色の星」以降の後日談
20/32

【後日談】再会のとき 3

「スピカ、入るよ」

 部屋の扉が叩かれ、先ほど出て行ったばかりのシリウスが顔をのぞかせた。

「どうしたの?」

 尋ねると、彼は答えずににっこりと笑った。

「シュルマ、リトスをこっちに連れてきて」

 そして、シュルマに指示をだすと、扉を振り返る。

 ゆっくりと開かれる扉の向こうを見て、あたしは目を見開く。

「え」

「……この度は、皇女様のご誕生、誠におめでとうございます」

 彼女はあたしの側まで近づくと、寝台の脇でゆっくり片膝を折って、優雅な礼をとる。そうしてあたしをじっと見つめて、大輪の花のような、華やかな笑みを浮かべた。

 その艶やかさは、以前の彼女にはないもの。いったい何があったの? 不躾でも無性に問いたくなった。

「――メイサ?」

「スピカ、おめでとう」

 ふっと彼女を取り巻くよそ行きの雰囲気がはがれ、ようやく見慣れたはとこの表情が見えて、あたしはほっとする。そして実感して喜びが胸に込み上げた。――ああ、ああ! 本当にメイサだ!

「うそ。うれしい。どうしたの!?」

「相変わらず皇子様と同じ反応をするのね。お祝いを言いに来たのよ。あぁ……これが、ルキア皇子殿下。そして――」

 メイサはあたしの驚きなど全く無視して、あたしの腕の中のルキアとエアルを見つめた。

「なんて愛らしいの。皇子様にすごくよく似てる! そっくりじゃない!」

 ルキアは人見知りをしてあたしにしがみついていた。メイサは子供には慣れていないのだろう。どうするべきか迷ったようだった。

「ルキア様、メイサでございます。初めまして。お会いできて光栄です」

 メイサはルキアの目線まで腰を屈め、その大きな茶色の瞳でルキアを見つめた。ルキアは恥ずかしがって、あたしのお腹の辺りに必死で顔を押し付けている。だけど興味には勝てないようで、時折メイサの方をちらちらと見て、様子を伺った。

「ルキア、こんにちは、は?」

 無理だと分かってはいたけれど、呼びかけてみる。それは逆効果だったようで、ルキアはよけいに殻に閉じこもり、完全に顔を伏せてしまった。

「少ししたら、慣れると思うわ」

 警戒心はなかなか解けそうにない。苦笑いすると、中腰が辛そうだったメイサにあたしは椅子を勧める。メイサは少しがっかりした様子で、ルキアから離れ、肘掛け椅子に座った。

 そこにリトスがサディラに抱かれて入室してきた。

「眠ってる?」

 シリウスがサディラに尋ねると、彼女は「先ほど眠られたばかりです」と頷いた。

「これが、先に生まれたリトスだよ。一応、姉になるのかな?」

 シリウスがメイサにそう紹介する。「そして、スピカに抱っこされてるのが、エアル。えっと、抱いてみる?」

「いいの!?」

 メイサは顔を輝かせて、サディラからリトスを受け取る。「まだ、首が据わっていらっしゃらないので、お気をつけて」

 メイサは頷いて慎重に首を腕にのせる。腕の中にすっぽりと収まったリトスは一瞬泣き声を上げたけれど、すぐに再び穏やかな眠りに落ちていく。

「可愛い……なんて可愛いの。まつげがもうこんなに長いのね、生まれたばかりなのに……」

 メイサの視線がリトスの水色の産着で止まる。彼女は送り主に気がついたようで、おやと見開いた。

「その産着、本当にありがとう。すごくうれしかったわ」

「これ、使ってくれてるのね」

「二人がすごく似ているから、見分けるのにちょうどいいの」

 メイサはくすりと笑うと、ひどく優しい顔で赤子を見つめた。そして、顔を上げるとシリウスに問うた。

「リトスにエアル、良い名前ね。ルキア様は光だったかしら?」

「うん。リトスは星、エアルは風の意味で付けたんだ」

「すごく素敵。皇子様が付けたとは思えない」

 褒めてるのか貶しているのか分からないような事をさらりと言うのは相変わらず。だけどその華やかな笑顔は誰をもときめかせるようなものだった。以前彼女をうっすらと取り巻いていた陰みたいなものが、一掃されている。

 シリウスはメイサから目を逸らし、あたしと目が合うと慌てたようにそっぽを向いた。彼が目のやり場に困っているのが分かった。顔が赤いのを隠そうとしてるけれど、ええとね、真っ赤な耳が見えてます! 少々むっとしながらも、これではしょうがないと思った。以前の彼女を知っていればなおさら戸惑うのは分かる。あたしだってそうだから。

 そして、思い当たる事は、あった。

「ねえ、メイサ」

「何?」

 女性がとびきり綺麗になるときって、やっぱり恋が絡むと思うの。

 あたしの口から聞いても良いのかしらという思いが一瞬よぎって、聞くのをためらったけれど、「もしかして――」あたしは、思い切って口を開こうとした。

 だけど、そのとき、

「失礼いたします――殿下!」

 扉が叩かれたかと思うと、突然イェッドの声が割り込む。緊張感に包まれていた空気がたわみ弾けた。とたん、エアルが泣き始め、つられたようにリトスも泣き出す。メイサが突然泣き始めた幼子に「ど、どうすればいい?」と動揺する。サディラが慌ててリトスを受け取ってなだめだす。

 場の雰囲気にルキアも驚いて「かあた、かあたー!」とぐずりだす。子らの昼寝で静かだった部屋の中は、一転して大騒ぎが始まった。

 イェッドはさすがに気まずかったのか、しかめた顔でシリウスをじっと見つめた――というより、睨んだ。

「会談のお時間です。皆既にそろっておりますので、お急ぎください」

 呼ばれて、シリウスははっとしたように身を翻した。

「え、もうそんな時間? イェッド、スピカ――ごめん、後を頼む。メイサ、終わるまでスピカとゆっくりしてて」

 そう言い残してシリウスは扉の向こうに消える。

 残されたイェッドはメイサを見ても表面上は顔色が変わらない。普段通りの彼のまま、メイサに尋ねた。

「あの――メイサ様。お部屋は如何致しましょう?」

 メイサはすっと背筋を伸ばすと、凛とした表情でイェッドに向き合った。

「一介の女官として参っていますし、特別扱いは不要です。でも、わがままを聞いていただけるのであれば、小さなお部屋を一つお借りできればとてもありがたいですわ」

「分かりました」

 イェッドは頷いたけれど、あたしは首を傾げる。

「女官?」

「ええ」

「部屋、必要なの?」

 メイサはきょとんと目を瞬かせる。その顔を見て、はっとした。

 ――え、今のって、ルティと一緒に寝ないのって、聞いてるのと同じかも。ちょっと、あたしの馬鹿! 何聞いてるの!

 さすがに立ち入りすぎた質問だと思う。かあっと頬が赤くなり一人で慌てるけれど、メイサは深読みしなかったらしい。

「無理かしら? 急で用意できないのなら、できれば、スピカと一緒が良いわ。積もる話がたくさんあるから。でもさすがに難しいわよね?」

 メイサは申し訳なさそうにそう言った。

「あ、あたしは別にかまわないけれど……」

 ……ええと、それで本当に良いの?

 あたしは喉まで出かかっていた質問を、ひとまず飲み込むしかなかった。

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