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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「闇の眼 光の手」番外編
17/32

【後日談】二着の産着の行方

「あ、動いた」

 あたしのお腹に頬を当てていたシリウスが、そう言って微笑む。

 午後の休憩時間だった。仕事を一時中断して、部屋に戻ったシリウスは、いつもそんな感じだった。

 この時間帯、ルキアはちょうど隣の部屋で昼寝をしている。一歳を過ぎて、夜も纏まって寝るようになったけれど、お昼も大体二時間ほどは眠っている。シュルマとサディラが見てくれているから安心してシリウスとゆっくり出来た。

 彼は産み月が近づくにつれ、あたしとの時間を多く求めるようになってきた。イェッドが言うには『赤ちゃん返り』だそうで。『産まれた子にスピカ様をとられると思っていらっしゃるのですよ』と彼は呆れた顔で言っていた。

 ルキア出産後のことを思い出すと、彼が不安になるのも仕方が無いと思う。だからあたしは彼が望む通りに存分に甘えさせることにしていた。

 項で纏められた長い黒髪は屈んだせいで床に届いてしまっていた。髪の中に指を通すようにしてそっと頭を撫でると、彼はそのまま長椅子に横になり、あたしの膝に頭を預けて気持ち良さそうに目を閉じる。疲れてるんだなと感じて、そのままにしておいた。少々の重みはあるけれど、ルキアよりは軽く、心地よいくらいのものだった。

 天井近くに取り付けられた〈ステンドグラス〉に目をやると、黄色の花たちが日の光を受けてキラキラと輝いている。アウストラリスからの贈り物は、あたしたちの生活をいつも暖かく見守ってくれているようだった。

 扉が鳴ったと思うと、返事も待たずにイェッドが入室して来る。シリウスは慌てもせずにあたしの膝の上に頭を乗せたまま、そちらを振り向いた。

 イェッドは顔色一つ変えずに、つかつかと足音を響かせて近づくと、シリウスを冷たく見下ろしながら大きな鞄から一束の書簡を差し出した。

「お手紙です」

「ああ」

 仕方なさそうにシリウスは起き上がると、それを受け取る。

 いくつかの書簡の中から見知った差出人を見つけて、あたしは顔を輝かせた。

「メイサだわ!」

「ああ、彼女からは二通ある――これは君宛」

 シリウスは一方の自分宛のものをガサガサと開くと難しい顔をする。

 あたしはそれを横目で見ながら、自分宛の手紙を開いた。


 スピカへ


 元気にしてるかしら? お腹の子は順調?

 皇子様にはきつく言ってるけど、あんまり甘えさせちゃ駄目よ?

 少しくらい放っておいても死にはしないんだから。


 ところで、産み月も近いし、産着に刺繍を入れてみたわ。男の子か女の子かまだはっきりしないから、どちらでも着れそうなもの……って最初は考えたの。だけど、男の子ならすっきりしたもの、女の子なら華やかなものの方が似合うだろうし。あなたたちの子供なら男の子でもさぞかし可愛いだろうから気にしなくてもいいかなとも思ったんだけど……。

 結局は二つ用意したのよ。使わない分は誰かに譲ってあげてね。

 ああ、これは前祝いだから。産まれたらぜひお祝いを言いに駆けつけたいわ。


 メイサ


 まるであたしたちを見ているかのような手紙に、思わず周りを見回してしまう。隣をちらと見ると、シリウスが手紙を読み終えて苦笑いをしていた。おそらくメイサが『きつく言っている』と書いているように釘を刺されているのだろう。

「お仕事の手紙?」

 尋ねると、シリウスは頷く。「ほら、例の、井戸をムフリッドに掘りたいっていう話」

「ああ」

 あの乾いた土地にまず必要なのは水。彼女は戦い始めたらしい。シリウスの力を借りて、アウストラリスを豊かにするために。

「彼、の力は借りないのかしら?」

「ルティって呼んでいいと思うよ、今まで通りに」

 シリウスはあたしが未だに彼をどう呼んでいいのか分からないことを知っている。普通にしようと努力はしている。大分ましになったとも思う。だけど、シリウスの前で彼のことを語る時は、どうしても不自然になってしまうのが分かって苦しかった。

「うん……でも」

「じゃ、義兄上あにうえって僕は呼ぼうかな。君も一緒にそう呼べばいいよ」冗談めかして軽く言って、彼は続ける。「――彼は別件で色々動いてるよ。相変わらず忙しそうだ」

 複雑そうな顔でシリウスは小さく笑う。

「別行動なのね。……うまくいってないのかしら」

 メイサの手紙には彼のことは何も書いていない。

 ルティが彼女をどう思っているのかは未だ分からなかった。

 でもシトゥラで彼がメイサだけを特別扱いしているのはすぐに分かった。メイサはルティがあたしを特別扱いしていると言ったけれど、どんな女性にも優しい彼が、彼女だけに・・・・・冷たい――それは、何か特別な感情があるとしか思えなかった。それが恋であればいい、そう願うのは都合がいいかもしれない。だけどあたしは、メイサがどれだけルティのことを好きかを知っている。だからこそ、その想いが通じることを本気で願わずにいられない。姉になってくれたら、どれだけ嬉しいかって思う。

「……そううまくいくとは思えないんだけどな」

 シリウスが珍しくしんみりと言う。彼が人の色恋について何か言うのを珍しく思いながら問う。

「なぜ?」

「スピカは聞いていないんだね、ルティとメイサのこと」

「うん。シリウスは知っているの?」

 シリウスは曖昧に頷く。詳しくは話さないつもりのようだった。いや、話せない――そんな感じの事情なのだ、きっと。メイサが言っていたことを思い出す。うまくいかないのは、血が近過ぎる、そんな理由だと言っていたけれど、他にも理由があったということなのだろうか。

「僕がルティだったら……か」

 そう言って黙り込んだシリウスは、少し考えた後、口を開いた。

「やっぱり自分の手で幸せにするのが一番かなあって思うよ。だってメイサは、ルティが好きなんだからね」

 あたしは頷く。

「ええ。もう、他の誰にも負けないくらいに」

「僕が君を好きなくらいかな」

「あたしがあなたを好きなくらいかも」

 そう言って笑い合うと、ごほんと咳払いが会話に割り込んだ。

「――あぁ、イェッド」

 いつの間にか存在を忘れていて、少々気まずく思っていたけれど、彼は涼しい顔で包みを差し出した。

「これはメイサ様からの贈り物です」

 綺麗な包みを開けてみると、手紙に書かれていたように確かに二着。

「ああ、どっちも素敵」

 一つは柔らかい桃色をした産着。それに華やかな色とりどりの花が縫い付けらている。もう一つは水色の産着で、そちらには様々な葉の形の刺繍がされていた。手の込んだものだとすぐに分かって、胸が暖かくなる。

「どっちも着せてあげたいわ」

「ええ――丁度いいですね」

「え?」

 イェッドの言葉に顔を上げると、彼はいつの間にか侍従の顔から医師の顔へと表情を変えていた。

「いい機会ですし、ほぼ間違いないと思いますので、お伝えしておきます」

「……」

 なにかしら? 二人顔を見あわせて、それからイェッドの言葉を待つ。

「おそらくお腹のお子は双子です」

「え?」

 あたしとシリウスは同時に問い返した。

「ただし、男女の双子とは限りませんし、メイサ様の産着が無駄になる可能性もありますが」

「双子……?」

 じわじわと沸き上がる喜びを噛み締めるあたしの隣では、シリウスは引きつった笑みを浮かべていた。

「お腹がルキア様の時より大きいでしょう。産婆も言っていましたし、おそらく間違いないです。そういった覚悟でいらして下さいね」

 あたしは喜びに任せて力強く頷くけれど、シリウスは愕然とした表情のまま、頷けないでいる。

「特に殿下、早産になるといけませんし、産み月に入るまでは、あまりスピカ様に無理・・をさせないように」

 追い討ちをかけるようなイェッドの言葉に、込められた意味を感じ取ってあたしは赤くなり、シリウスは即座に反論した。

「え、でも! 産み月に入ったら駄目だって、この間その口で言ってただろう! じゃあ――」

「あと数ヶ月です。しっかりお待ちください。三人の子の父親になるのですからね」

「…………三人…………ってことは、僕は……四番目ってことで…………」

 シリウスはそれ以降、言葉を失って長椅子に沈み込んだ。



 その晩、「嬉しいに決まってる。でも――新婚生活は遠い」と本音を言わずにいられない彼をなだめるのに結構な時間と労力がかかったというのは、言うまでもないことだった。


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