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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「闇の眼 光の手」番外編
13/32

【第3部番外】仲直りのきっかけ3

大人表現あります。ご注意ください。

 続きになっている奥の部屋の中央には大きなベッドが置いてある。

 天蓋付きのその豪華なベッドには所々見覚えがあった。その上で、絹で出来た若草色のシーツが蝋燭の光の中で風に吹かれる草原のように波打っている。どうやって移動したのかしらと思いながら首を傾げると、「解体して、ここで組み立て直した」との返事。

 あたし一人の部屋だと思っていたその部屋は、実際はシリウスとあたしの二人の部屋だった。彼は自分で言ったことをしっかりと実行するつもりで、これは『寝室は一緒』を実現させたものらしい。

 元からある彼の部屋は仕事のために使うらしくて、あたしが昔使っていた仕事用の机もそちらに置かれているそうだ。きっと周りは呆れてるだろうけれど、あたしは嬉しかった。昼も夜も一緒。そんな彼の意志が心を温める。

 あの後、父さんとヴェガ様と再会を祝いながら皆で一緒に夕食をとった。彼らは――特にヴェガ様は――あたしが無事にジョイアに戻れたことを喜びつつも、あたしの行動にたくさん言いたいことがあったようだ。けれど、シリウスの牽制にあってそれは後日に延ばされた。話を聞き出したら……明日の朝まで拘束されるのが明らかだったから、だと思う。

 その後、イェッドが様子を見にやって来て、彼を通して宮付きの医師と産婆を紹介されて、診察もしてもらった。診て貰うのはイェッドでもいいと思ったけれど、シリウスが嫌がった結果、新しく女性の医師を雇ったそう。ちなみに会ってびっくりしたけれど、オリオーヌで一度診て貰った医師だった。どうやら彼は診察の内容をどこかで仕入れたらしく――医師と産婆では診察の内容も違うんだけど、――いろいろ誤解してしまったみたい。(と、イェッドから聞いた。彼は誤解を解こうとはしなかったらしいけれど。)

 産婆さんは随分と高齢の女性だった。シリウスを取り上げたと聞いてなんだか嬉しくなった。今度はここで、シリウスの隣で安心して子供を産むことが出来る。それを思うとさらに嬉しい。

 ルキアの時は随分不安な気持ちで出産を迎えた。陣痛が始まったときは怖くてヴェガ様やシュルマにすがってばかりだった。でも彼女たちも出産経験がないから、三人でオロオロとしていて……一緒に産婆のオルガに怒られたのよね。

 そう言えば、オルガはあたしを取り上げてくれた産婆さんだった。母さんがお世話になったみたいで、よく似ていると感慨深そうだった。あたしにもう少し余裕があれば、いろいろ母さんの話を聞けたのにと残念に思う。


「何考えてるの?」

 ふいに声をかけられて思い出から現実に戻る。目をしばたたかせ幻影を払うと、シリウスが隣で不思議そうにあたしを見つめていた。

「やっぱりルキアが心配?」

 そう問われてあたしは自分が隣の部屋への扉をじっと見つめていたことに気が付く。そこで今ルキアは眠っている。

「――ううん。サディラが見てくれてるから」

 さすがに実家オルバースのことがあるからと、彼女はあたしが気にするだろうと心得ていて、数人の護衛(父さんを含む)をつけていることを自分から言ってくれた。あたしはもうシリウスが信じているのならとすっかり信用していたのだけれど、彼女はそういう心配りの出来る素敵な人だったから、随分と安心できた。

 あたしは微笑むと、隣にある彼の手の上に自分の手を重ねた。すぐに捕われて大きな手の中に包み込まれる。見た目を裏切って堅くてまめだらけの手に自分との違いを感じる。

 顔を上げると目の高さが違った。彼は最近また少し背が伸びたみたいで、十五で再会したときに頭半分くらいの背の差だったのがここ二年で随分開いた気がした。顔つきも頬の柔らかさが抜けて、昔女の子みたいだったのが嘘みたいに凛々しくなってしまっている。変化が眩しくて、目を伏せると、あたしの視線をなぞるように彼が頬を傾け、唇を寄せて来た。


 すぐに口づけは深まる。暖かな柔らかいものが口の中で溶け合う。同時に彼の手が夜着の隙間からするりと入り込んで胸を包み込む。少しひんやりした大きな手。柔らかさを取り戻した胸は、すぐに彼の手に馴染んだ。

 体を持ち上げられ、膝の上に乗せられる。彼は腰を引き寄せようとするけれど、大きなお腹が存在を主張して邪魔をした。彼は焦れたように短く息を吐き、眉を寄せると、腕の中であたしの向きを変え、後ろから抱きしめ直す。耳たぶを優しく食まれ、今度は両の手のひらで胸を包まれた。その手の中で胸が大きく形を変えるたび、どんどん体が熱く溶けて行く。体を支えられなくなり凭れ掛かると、背や脚に硬さと熱を感じた。彼が急激に欲しくなって振り向くとすぐに唇を捕われた。

 互いを貪るような口づけの後、彼は下唇を軽く噛み、唇を下らせた。そうしながら夜着の結び目を器用に解くと、布と髪をかき分けながらその下に潜り込む。

 衣が腰まで滑り落ち、心地よく冷えた空気が露になった上半身を撫でた。一瞬肌が泡立つ。でも彼の手のひらと、唇がその後をすぐ追いかけ、あたしはすぐに肌寒さを忘れた。

 首筋で一度唇が止まる。強く肌を吸われる感覚。それはいつもちょっと痛いくらい。痣になるのが分かるけれど、それが嬉しい。もっと、と心の中で願うと、彼はそれを汲んだように唇の位置をずらした。

「――あ」

 熱く湿ったものが背をなぞった。そのまま、それは下へ下へと降りて行く。

 お腹の底で燻っていた熱いものが一気に膨らむ。つられたように下腹部がぎゅっと縮む。『お腹が張ったらすぐに止めること』、産婆に出された条件がとっさに頭に浮かんで、お腹を押さえて体を丸めると、彼はすぐに口づけを止めた。

「大丈夫?」

 優しい問いかけとは裏腹にその声はひどく掠れていた。振り返ると漆黒の瞳の中の熱は滾るようで、彼が急ぎたいのを必死で堪えてるのが分かった。馬車の中で何度かこんな目を見て、その度に求められてることが嬉しくて――でも応えてあげられないのが申し訳なくて。

 お願い――。大きく息を吸うと祈るようにお腹を撫でる。一瞬強ばりを見せたお腹は、もう柔らかくなっていた。ああ、でも……。あたしは続きを想像する。すぐに浮かぶのはあのアルフォンスス家での夜。思い出したらまたお腹の奥が疼いて、焦る。このくらいでこんなじゃ……最後までは無理かも。

 そんな想いが顔に出たのか、彼はびっくりするくらいあっさりと身を引いた。

「今日は……止めよう。――無理させてごめん」

「む、無理なんかしてないわ!」

「眉が寄ってる」

 シリウスはそっとあたしの眉間にキスをすると夜着を肩まで戻して、ベッドを降りる。

「きっと帰って来たばかりで疲れてるんだ。今日はゆっくり休んだほうがいい」

 置いて行かれそうになって慌てた。――せっかく、なのに! それに、こんな中途半端なまま――!? 全身が触れてもらいたくて悲鳴を上げる。耐えきれずに追いすがる。

「どこに行くの? 一緒に寝ないの?」

「いや、ちょっと頭冷やしてくるだけだから。先に寝てて」

 そう言うと、彼はあたしを残して部屋を出た。


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