6:「八年前の事件」
落ち着いた風体。
白髪混じりの頭髪。
帽子の奥からこちらを見ている黒い瞳。
こちらを観察する眼。
長久保義弘が口を開く。
低い声。「狩人が名を名乗るとは思わなかった。通り名なのかね?」
こちらを射貫く眼光。
『狩人』としての腕前に疑問を持ったか。
狩人…。変わった呼び方だ。
丁寧な口調。「生まれてから、この名しか名乗った事はありません」
「名を知られて不都合は生じないのか?」
きっぱりとした答え。「ありませんね」
これは面接か?それとも殺しの売人の生き方にでも興味があるのか。
「君の話は仲介人からも聞いている。腕利きだそうだな」
私は無言で相手の眼を見据えた。
仲介人の言った言葉。依頼主は大物。
依頼主は純粋な日本人。ナガクボヨシヒロ。どこかで聞いた名。
日本人。「私の事を仲介人から聞いているかも知れないが、今回は完全に私個人からの依頼だ」
店内の喧騒が耳障り。酔っ払った連中。
微かに聞こえるバックグラウンドミュージック。
私の質問。「相手を探し出さねばならないとか?」
長久保義弘の瞳に憎悪の色が浮かんだ。
「そうだ。相手は単独かもしれない。複数かもしれない。全てを探し出し、私にわかる方法で始末してくれ。勿論、相手が複数だった場合は報酬もそれに見合う分だけ支払おう。報酬など幾らでも払う」
金に糸目はかけない人物。もしくはそれだけの憎しみを抱いている心。
私は報酬になど興味は無い。
「それに関する情報は何か?」
「八年前だ」
長久保義弘の瞳の中で、憎悪と深い悲しみの色が混ざり合う。
「当時、世間を騒がしていた連続誘拐事件。犯人は頭の切れる奴だった。人質を殺す事も無く、警察に捕まる事も無く、次々と莫大な身代金をせしめていった」
八年前。記憶の符合。
「私の娘も奴に誘拐された。私は身代金など幾らでも払うつもりだった」
長久保義弘。当時、ニュースで聞いた名前。
冷たい声。「私が身代金を用意していた頃、その誘拐犯は殺された」
当時の記憶。惨殺された連続誘拐犯。現場にばら蒔かれた大量の紙幣。
血で濡れた大量の現金。
怒りを抑えた声。「その時、奴に誘拐されていた私の娘もだ」
誘拐犯は複数犯か。仲間割れか。何かの粛清か。
現場には複数の遺体。二人の男。二人の女。犯人も人質も無し。
私の声。「その事件は未解決でしたね」
長久保義弘。「そうだ。今の世の中、未解決の凶悪事件は数多い」
凶悪事件。何が凶悪で、何が凶悪でないのか。
「一見、無関係に見える事件が繋がっている場合もある」
頭の中の何かに引っかかるものがある。この日本人は何が言いたいのか。
長久保義弘は封筒型の書類ケースをテーブルの上に置いた。
「当時の未解決の凶悪事件の資料だ」
私の中。たくさんの自分が騒ぎ始める。
皮の書類ケースの中に入っている資料。
長久保の断言。「私の娘を殺したのは幾つもの凶悪事件を無作為に行う連続殺人犯だ」