4:「グリフ・ヘルツ」
飛来していく銃弾。
グリフ・ヘルツの耳の傍をかすめる。
彼の背後にあるテーブルを撃ち抜く。
大きな風穴。
小さな銃声には似合わぬ破壊力。
グリフ・ヘルツは震えていた。
笑い声。「まずは音楽だ。テンション高いやつをでっかい音でかけてくれ」
私にとっては意味の無い作業。殺しの状況。
グリフが従わなければ、殺すだけ。臨機応変。どうにでもなるものだ。
従順なグリフは震えながらも立ち上がり、オーディオのリモコンを手に取る。
震えた声。「どっちにしても殺すのか」
その通りだ。理解の早い奴。「そんなことないさ。物事は前向きに考えようぜ」
室内に音楽が流れ始める。
ベースとドラム。大音量。古めのロックミュージック。
おどおどとしたグリフ。「理由を聞いてもいいかい?」
良い音楽だ。「音楽をかける理由かい?」
ギターがザクザクとしたリフを刻む。
首を横に振るグリフ。「僕が殺される理由だよ」
殺す理由は知らない。知らなくても良い理由。「次は部屋の照明だ。部屋全体は暗く、いくつかのポイントはめいっぱい眩しくな」
「僕は理由も知らずに殺されなければならないのか」
楽しそうな俺の声。「スクリーンの映像もそれっぽいのにしてくれよ」
照明はそれらしくなった。狭すぎるライブハウス。
ロックバンドのボーカルがアジ気味に歌い、吠えている。
聴いた事のある曲。少年の頃の記憶。曲名は…。
グリフの控え目な発言。「エクサーメンのエーヴィヒ・ヘレ」
私はグリフ・ヘルツの顔を見た。
グリフ・ヘルツのひきつった笑顔。
この標的に感じた奇妙な感覚。こいつはなんだ?
興味を引かれた俺の声。「あんた、殺される心当たりないの?」
私には興味のない事。早く殺すべきかもしれない。
「わからない!僕が殺される理由なんて…」
くだらぬ会話。「無差別殺人ではないと思うよ、たぶんね」
急に何かに思い当たった様子のグリフ。
「色々な事を聞いてしまったからかもしれない」
「曖昧だな。色々な事って何だよ」
興奮した声。「聞こえるんだよ、色々な事が!突然聞こえ始めたんだ、たくさんの声が!」
ロックバンドのボーカルが吠えている。
俺が興味深げな表情を浮かべた。「もっと詳しく聞かせろよ」
潮時。
面白そうじゃないか。頭の中で声が響いている。
関係の無い事だ。
深い底。私の中に沈ませていく。
グリフの見開かれた目。「耳を閉じても聞こえてくるんだ!たくさんの声が!」
私の声。「そうなのか」
大音量のロックミュージック。
ヘルツの大声。「お前らの声もだ!たくさんの声だ!」
グリフ・ヘルツの身体が仰け反る。
撃ち抜かれたTVスクリーン。
テーブルをひっくり返しながら倒れるグリフ・ヘルツ。
あちこちに飛び散った赤。
口も無し。耳も無し。
拳銃を懐にしまう。
「アウフ ヴィーダーゼーエン」
私はグリフ・ヘルツにおやすみを言い、部屋を出た。