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朧時 ~終わりない夢~  作者: 佐治道綱
最終章 時の終わり
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46:「メフィスト・フェレス」




 悪魔は言う。


 「何故、殺すのだと思う?」


 静かな物腰。静かな言葉。黒い背広を着た立宮堂一。


 青と白。ここには果てしない空が広がっている。


 空に浮かぶ窓だ。


 私は空の窓に立ち、どこまでも広がる空を眺めた。


 ここには上も下もない。右も左も意味をなさない。


 エレベーターの中から真っ赤な血が流れ出る。空の窓を上へ上へと流れていく。


 ここに太陽はないのだ。


 私は空の窓の端にいる。その反対側に立宮堂一がいる。


 そして、もう一人。立宮堂一の横には椅子に縛り付けられた男がいた。


 目隠しをされた男性。白髪混じりの頭髪。彼は静かに耳を澄ませている。


 立宮堂一の声。「長久保義弘。日本政府の大物。貴方の依頼主だ」


 そう。私の依頼主。長久保美季の父親。何故、彼がここにいるのか?


 長久保義弘の訝しげな声。「依頼主だと?」


 立宮は先ほどの言葉を繰り返す。


 「何故、殺すのだと思う?」


 悪魔の心が見えない。私の事か、それとも長久保義弘の事か。


 ナニを殺すのだと思うのか?


 真っ直ぐな視線。立宮堂一の深く黒い瞳がこちらを見つめている。


 闇のように暗い瞳。私の中に恐怖が生まれる。恐怖が染み広がろうとしている。


 身体の奥から。心の奥から。恐怖が滲み出てくる。恐怖と共に滲み出る汗。


 全身が微かに震え出す。その震えは徐々に大きさを増していく。


 突然の笑い声。


 笑い声が谺する。


 ハハハハハハ。


 俺の笑う声。俺が熱く荒れ狂う。ふざけるなよ。こんな事で震えるのか?


 こんな事で震える身体など俺はいらない。俺の身体はこんな事で震えはしない。


 私の中のたくさんの私たち。恐怖に縮こまるワタシを抑え込む。


 震えがおさまる。恐怖が静まる。


 立宮が頷いた気がした。「それが答えだ。要らぬものは殺ぎ落とす。自分が受け容れられぬものは切り捨てる」


 長久保義弘が声を荒げる。「立宮、何を喋っている?誰と話しているのだ!」


 彼の心なら見える。彼は立宮が話しているのが私だと薄々気付いている。


 私は言う。「リンクスです。貴方が雇った殺しの売人」


 立宮堂一が長久保義弘に囁く。「そして、貴方の娘を殺した男だ」


 束の間の静けさ。


 長久保が縛り付けられた椅子が床を叩く。


 長久保の怒声。彼の額に血管が浮き上がる。


 立宮は落ち着いた口調で言う。「リンクス。彼に殺されるぞ。嫌なら彼を撃ち殺せばいい」


 その言葉を聞いた長久保が怒り狂う。「貴様、何を言っている!私は娘を殺した犯人を見つけ出して始末しろと言ったのだ!その為ならば命さえ投げ出すと言ったのだ!事も有ろうにその犯人に私を撃ち殺せだと!?」


 立宮堂一は長久保義弘を冷たく見据える。


 俺は立宮に銃口を向ける。「椅子に縛り付けられたおっさんに俺が殺される訳ないだろうが。お前を撃ち殺す方が先だ」


 立宮が私を見て、少しだけ首を傾げた。「貴方に祖父の記憶を聞かせてもらった礼のつもりなのだが。おかげで私は私の道を進んで行く事に躊躇しない」


 怒り狂う長久保に立宮が囁く。「貴方に『特別』を与えよう。それを以って望みを叶えるが良い。命を投げ出し、その力を使うならば、娘の仇を討つ事など造作もない」


 暴れていた長久保義弘が大人しくなった。彼は力無く何度も頷く。


 立宮の声。「リンクス。貴方はたくさんのものを殺した。生きる為だけに殺してきた訳ではない」


 「そうだ。私はたくさんの人を殺した。それは殺しの売人としての仕事だけではない。生かしておけない、生きる価値がないと思った命は躊躇なく殺してきた」


 悪魔がこちらを見つめる。「貴方は全ての心、全ての記憶を観る事が出来る。故に貴方は全てであり、全ては貴方であるとも言える。この私も貴方であり、貴方も私であるとも言える」


 俺は唾を吐き捨てた。「俺がお前だと?お前は生理的に受け付けねえよ」


 たくさんの私の中に立宮堂一がいたとしたら私はそれを踏み潰すだろう。たくさんの私がいるが、自分らしくない自分は切り捨てる。自分らしくない心は殺してしまう。若しくは自分が望む心として生まれ変わらせる。自分がそうありたいと望む存在でありたいから。


 立宮堂一。「それが人間。心は千差万別。受け容れられるものも有れば、受け容れ難いものも有る。自分にとって受け容れ難いもの、そんなものを自分と同じものとして認められない。私も人間だからね」


 立宮の手が長久保義弘の目隠しを解く。


 目隠しの下。長久保義弘の目には異質な光があった。


 長久保義弘の両眼がこちらを睨む。周囲の空気が張り詰める。


 立宮堂一は言う。「だから私は少しずつ殺ぎ落としていく。私の一族は常に影に生きてきた。だが、影に隠れ、愚かしい者達の為に傅くのは私の道ではない。私の道は私が決める。私は人に『特別』を与え、その力を操る事が出来る。人間を操る力を持つモノが人間がそうであるべき形に整える。貴方ならわかるだろう。貴方の中にあるたくさんの心の中で全ての統制を取る貴方があるように。この人類という存在の中では私が統制を取るべきなのだ」


 私は拳銃の引き金を引いた。


 躊躇無く。


 衝撃。銃声が轟く。




 空気が固まる。


 長久保義弘の雄叫び。


 空の窓。エレベーター。空気。


 全てがひび割れる。




 火薬の薫りが漂う。


 立宮堂一を貫くはずの銃弾が弾き飛ばされた。


 悪魔は言う。「残念だね。先に長久保を撃ち殺せば、私を撃ち殺す事が出来たのに。今からでも遅くは無い。五秒だけ機会をやろう」


 長久保義弘が苦痛の叫びを上げる。


 彼の心の声。『力が遠退いていく!』


 無意識の内に銃口が長久保義弘の眉間を狙っていた。




 『待て!まだだ!』


 私の心に強烈な想いが流れ込んでくる。


 凄まじい怒り。長久保義弘の怒り。


 怒りと共にある深い悲しみ。


 長久保義弘の記憶が見える。


 娘との記憶。美季との記憶。


 幸せな時。大切な想い。


 娘の死を知り、泣き崩れる父親。




 五秒が過ぎた。




 再び空気が凝固する。


 声にならない雄叫び。長久保義弘の命が弾ける。


 全てが割れる。全てが弾け飛ぶ。


 空の窓が粉々になる。




 悪魔が初めて微笑んだ。




 空の様子が一変する。


 空の窓が落ちていく。


 空が流れる。


 落ちていく空。


 空の窓を形作っていた物。


 エレベーター。その中のザウバー。


 長久保義弘。立宮堂一。


 全てが落ちていく。




 いつか見た風景。


 しかし、違う場所。


 落ちていく。


 どこまでも。





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