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朧時 ~終わりない夢~  作者: 佐治道綱
最終章 時の終わり
43/48

42:「立宮堂一」




 深紅の殿堂。広大な敷地にそれは建つ。


 周りには緑が広がる。竹の葉。竹の茎。果て無く、どこまでも広がる。


 深紅の建物。柱。梁。壁。回廊。全てが紅に彩られている。建物の中央正面に深く暗い口が開いていた。あれが奥への入り口であろう。美しい建物ではあるが、どこか異様な雰囲気。


 入り口に続く石畳を進む者がいた。漆黒の羽織袴姿の老人。白髪の偉丈夫。


 立宮少年の声。「立宮道玄。消え行く者。私の祖父」


 老人との距離は離れている。離れているが、恐ろしい圧迫感。この少年からは感じない恐怖。立宮堂一警部から感じた恐怖と同質の空気。何かが染み込んで来る。身体の奥に。心の奥に。何かが滲み出てくる。身体の奥から。心の奥から。


 どこかで聞いた声。聞こえていないのに聞こえてくる声。


 無意識に身体が恐怖に震えていた。


 私は笑う。何を震えるのか。恐ろしくなど無い。私は恐ろしくなど無い。


 少年は私を見る。「あの奥には消え行く者しか入れない」


 暗く深い闇の入り口の中へと老人の姿は消えていく。


 声。「さあ、貴方の力を使い、私に聞かせて欲しい」




 暗い。暗い闇の中。深く暗い紅の中。


 幾つもの扉を過ぎて行く。幾つもの錠を開けて行く。幾つもの階段を降りて行く。


 闇の中に聳える巨大な門。巨大な柱に無数の手形が刻まれている。大人のものではない。小さな子供の手形。老人は無数の手形を見て回る。探していた手形を見つけると、そこに自分の大きな掌をあてがった。


 地中に響く音。闇に響き渡る不気味な音。


 巨大な門が口を開く。


 様々な色が見える。たくさんの色。たくさんの光。たくさんの闇。多くのものが溢れ出ている。多くのものが聞こえてくる。


 老人の心。『堂一も消え行く時、ここへ来る事を知る』


 門を越えて、深き底へと。


 背後で巨大な門が口を閉じる。


 聞こえる。たくさんの声。たくさんの音。たくさんの心。たくさんの記憶。


 静かな声。『我々は欲望を抑え、自らの役割を果たさねばならない』


 怒りの声。『何故だ。何故、自らの力を振るってはならないのだ!』


 老人は闇の中を見渡しながら歩み続ける。闇の中。浮かび上がる壁には無数の顔があった。安らかな顔。憤怒の顔。悲しみの顔。苦しみの顔。


 なんだこれは?


 厳格な声。『我々は古くから特別な力を持つ。力は正しく用いられるべきである』


 問いかける声。『力を見抜き、力を与える。力無き者に力を与え、それを操る。それが我々の役割だろう?』


 老人は歩みを止める。闇の中を静かに睨む。


 老人は言う。『定められた道に従い、除かれるべき存在は除く』


 笑う声。『自分の心を捨てて、定められた道を全うする。そんな自分に意味があるのか?そのような存在でお前は満足なのか?』


 これは老人の幻聴か?それとも真の声か?


 老人は言う。『私は自らの欲望に率直に従うのみ』


 男の声。『貴方が自らの欲望に率直?貴方に欲望などあるのでしょうか?貴方に人間らしさなどというものがあるのでしょうか?貴方には自分の心などないではないか』


 静かな声。『道玄。それで良いのだ。お前はそれで良いのだ』


 女の声。『貴方は私達を死へと導いた。全ては定められた道に従う為でしょう。あの子も定められた道へと導くおつもりなのでしょう?』


 老人は苦笑する。『騒がしい連中よな。このような場所が私の墓場か』


 落ち着いた声。『我々の意志がこの場所に刻まれる事によって、道は保たれるのです』


 厳格な声。『道玄。お前には欲が無い。我々には最も重要な事柄だ。我々は自分などというものを持ってはならぬのだ』


 老人の心が流れ込んで来る。可笑しさ。心の底から快活な笑いが込み上げて来ている。


 立宮道玄の笑い声。『面白い。面白いな。私に欲が無いと?』


 たくさんの声。『何を笑うのか?』


 立宮道玄。『道に従い、死に行く者。道に背き、死に導かれた者。お前達は互いに全く違うものだとでも思っているのか』


 無数の声が唸りを上げる。疑念と怒り。


 道玄の声。『欲の無い人間などいない。私は無欲という欲に従っただけ。それが私の最も強き欲望だっただけ。己が無である事を欲するという心だ。自らの欲望に従わず、己が存在する意味など無い。自らの欲望を知る事無く、自らを知る事など無い』


 立宮道玄の強き欲望が見える。それを貫いた事による強き喜びが見える。


 怒り狂う男の声。『我々は繰り返すしかないのだ。道に従うしかないではないか』


 悲しみに満ちた女の声。『あの子も道に従うしかないのよ』


 立宮道玄の声。『それは堂一が決める事。自分の事は自分で決めるしかないのだ』


 老人は再び歩み始める。闇の奥へと。


 老人の明確な心。『私はこれで満足だ』




 私の口から伝えられた事。


 少年は静かにそれを聞いていた。


 立宮堂一の声。「もっと大切なナニかがあるのだと思っていた」


 異様な空気。少年から溢れ出す闇。立宮道玄から感じた恐怖と同質の闇。





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