41:「タイムエミッサリー」
何処とも知れない森の中で時が過ぎて行く。
ザウバー達の指示通りに動かされる事には憤りを感じる。言う事を聞かなければ、チェーネレの様に無惨な最後を迎えるのだと連中は脅している。その為にチェーネレを送り込んで来たのだ。その事にも憤りを覚える。可笑しな感覚。
長い時間。灰色の空は暗い帳に包まれていく。
指示された目標点にはナニがあるのか。立宮堂一に関連するナニか。それとも立宮堂一とは全く関係無く、ザウバー達が知りたいナニか。
時間が過ぎて行く。月の光が闇夜を照らす。
私が作られたモノ?馬鹿馬鹿しい。私の記憶は正確だ。この記憶が作られたモノとは思えない。私が体験し、心に感じた記憶だ。たくさんの記憶。微かな不安感。たくさんの記憶、たくさんの私。正確過ぎる記憶。その場に応じて、たくさんの私から最適なモノを選択する。ウロボロスによって、たくさんの自分を殺した私。機械的に自分を殺していく私。大量生産された殺人機械。元々の私。殺しの売人。人を殺すだけの存在。
熱くうねる。心の奥。
身体の奥。憤る心。
得体の知れない怒り。頭の中を支配する。
ウロボロスのスクリーン。視界に浮かぶ目標点から時を知る。
十五年前の何処か。
眩しい太陽の光。暖かい空気。風に吹かれざわめく竹林。美しき緑の色調。
心地良い風に吹かれ、心が穏やかに静まっていく。
少年の声。「貴方は誰か?」
後ろを振り返った私の前には十歳ぐらいの少年がいた。自分の身体よりも大きな石の天辺に腰を掛けている。真っ直ぐに伸びた背筋。柔らかな風に吹かれて、日の光に輝く黒髪が微かに揺れている。深く黒い瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。
直感が私の口を動かす。「立宮堂一…」
少年は言う。「それは私の名前。貴方は誰か?」
「私の名はリンクスだ」
「リンクス。貴方は純粋な日本人ではないね。私は純粋な日本人以外の人に会うのは初めてだよ」
白い袴。白い羽織り。白い肌の立宮堂一。落ち着いた物腰。
私の疑問。「私が現れるところを見ていたはず。驚かないのか?」
少年は言う。「貴方がどのように現れようと構わない。私はモノの本質を見抜く。そのモノがそのモノとして成り立っているナニかを知る」
「ナニか?」
立宮堂一は言う。「私が今、必要としているモノ。それを貴方は持っている」
必要なモノ。立宮堂一が必要としているナニか。それを私が持っているから、私はここに呼び寄せられたのだろうか。
少年は言う。「今は私にとって肝要な時間。だから、驚いている時間はないのだ」
立宮堂一は腰掛けていた大きな石から飛び降りる。音も立てず、しなやかに。
そして、とても自然な動きで、私に対して深々と頭を下げる。
少年の真摯な言葉。「今、私は貴方の力を必要としている。どうか、貴方の力を貸して頂けないだろうか」
私の戸惑い。立宮堂一の瞳が私を見つめている。
私は全てを見る。全てを知る。
全ての記憶。それが私の力。
立宮堂一の心。複雑なナニか。
哀しみと虚しさ。慈しみとほんの僅かな憤り。
私は頷く。
立宮堂一の得体の知れないナニかを知る良い機会かもしれない。
「いいだろう。私の力を君が知っているなら、力を貸そう」
少年の声。「貴方は全ての心を知る事が出来る。貴方は全ての記憶を観る事が出来る。貴方は自分が感じた事を口に出して伝える事が出来る」
私は頷く。
それが私を私として成り立たせているナニかなのだろうか。
立宮堂一が導く。静かな竹林の中。
深く、淡く、緑の中を。揺らめく太陽の煌きの中を。
少年は言った。「皆、何処へ行ってしまうのか。何故、行ってしまうのか。それが知りたい。私の父も母も。そして、今、祖父も消えていこうとしている」
竹林を抜けた先。
広大壮麗な深紅の建物が視界に広がる。神仏を奉祀する宮殿。
声。「貴方に観て欲しいのだ。祖父の見る物を。あの奥に何があるのかを」




