40:「チェーネレ」
フィノ・コールヴォが残した黒い拳銃を手に取る。黒く鈍い光放つ銃身。
背後を振り返り、一本の木に銃口を向ける。
私の声が響く。「出て来い」
銃口を向けた木の向こう側。緊張した面持ちでチェーネレが姿を見せた。
緊張気味に微笑むチェーネレ。「よくわかったね。センサーでもあるのかい?」
チェーネレの両眼。金と銀の煌き。ウロボロスの使者。気配を殺せぬ男。
陽気なイタリア人は言う。「俺は本来の時からの使者なんだ。白衣の先生達があんたに伝えろってさ。俺はあんたに伝える報酬としてウロボロスを貰う事が出来たんだ。これで未来にも過去にも自由に行ける!考えただけでも楽しくてしょうがないよ!」
白衣の連中。科学研究所の連中。ザウバー達からのメッセンジャーか。
チェーネレは声の調子を変える。「言うよ?『勝負はリンクスの勝ちとする。彼が報奨として望んだ立宮堂一の情報だが、我々も詳しい事を知る事を許されてはいない。彼にこのメモを渡せ。彼ならそれで立宮堂一に関する情報を知る事が出来るだろう』だってさ。俺の暗記力もなかなかのもんだと思わないかい?」
連中が負けを認めた?連中の驚くようなデータを取る事が出来たという事か?
「そのメモというのは?」
チェーネレは右手で小さく折りたたまれたメモ紙を差し出した。メモ紙を受け取り、開いていく。メモ紙には数字とアルファベットが書かれている。見慣れた並び。ウロボロスの目標点として設定するべき『波』のデータ。
「ここに転移すれば立宮堂一の事がわかるという訳か」
「そういう事!あんたの事はずっとモニターで見せてもらってたんだ。白衣の先生が詳しく説明してくれたよ。あんた、本当に凄いよな。俺は興奮しちまってるんだ!」
「ウロボロスが観測したデータか」
「そうそう。『波』とやらのデータから分析して、実際と変わらない映像としてモニターで見れるんだ。だから、あんたが過去に行って、どんな事をやったかってのを全部知ってるんだよ。あんたの秘密も全部知っているんだよ」
苦笑い。正にモルモットだ。今も連中はのんびりと御鑑賞中という事か。
チェーネレの質問。「聞いてもいいかい?さっきの男の目的って何だったんだ?」
私の応え。「さあな。本当の目的は本人にしかわからない」
チェーネレが笑う。「そんな事無いだろう?あんたは全ての心と記憶を読む事が出来るって先生は言っていたよ」
私は彼を見る。チェーネレの表情。臆病な優越感が見え隠れする。
「あんたは本当の人間じゃない。作り出されたモノなんだってさ」
思わず口許がほころぶ。くだらない。何を言っているのか。
チェーネレの声。「先生達が作り出したんだと言ってた。人間と変わらない感情を擬似的に持たせるように色々な人間の記憶を整理してインプットし、また、自分から新たに他の人間の心や記憶を読み取る事が出来る機能が付いているって」
クダラナイ。私は人間だ。
「あんたは自分の事をリンクスだと思っているらしいけど、違うらしいよ。リンクスという男の記憶をインプットされただけの存在なんだ」
私の声。「くだらない。私が私でない事など有り得ない」
チェーネレ。「特別なモノたちを作り出すのが我々の仕事だって、先生達は言っていた。今回はウロボロスのテストの為にあんたが適任だと判断されたらしいんだ。そりゃそうだよな。普通の人間だったら、自分が消えちまうかもしれないってのに過去の自分を殺しまくったり出来ないよなって、俺も思った」
私の記憶はズバ抜けている。生まれてからの全ての記憶。頭の中が軋む。
黒い拳銃の銃口をチェーネレに向ける。
チェーネレから笑みが消える。「止めろよ。大人しく、さっき渡したメモに書かれていた目標点に向かってくれ。今もあんたの行動は先生達にモニターで見られているんだ。言われてた通りに行動しない場合には、あんたは酷い事になっちまうって言ってた。俺は結構あんたの事を気に入ってるんだからさ」
私はメモに書かれた数字とアルファベットを見る。気に食わない。勝負に勝った報奨などではなく、連中が『その時』にあるナニかを知りたいのだ。それを私にやらせたいのだ。
チェーネレの両眼のウロボロスが突然煌いた。
驚くチェーネレの表情。ウロボロスがチェーネレの身体に急速に浸透していく。チェーネレの表情が歪む。毛細血管が膨張していく。チェーネレの悲痛な叫び。予期せぬウロボロスの動作。肉体が膨れ上がり、収縮する。彼の身体から涙と汗が噴き出す。ウロボロスは転移しない。チェーネレが痙攣する。血と汗が噴き出す。
チェーネレの心が流れ込んで来る。彼の記憶が見える。命が消える。
フザケタ真似。
指示された通りにしなければ、このようになると連中は言いたいのだ。




