3:「奇妙な標的」
人通りの多いビルの中を歩く。
ビルの通路。ビルの道。ビルとビルを繋ぐ渡り道。
中層域には居住用の地区が多い。そこに住む人々が利用出来るコンビニエンスストア、ファミリーレストラン、スーパーマーケット。
ビルの中に作られた緑多き公園。
人は安らぎを求める。造られた自然の中で安らぎを味わう。
居住地区。標的の住む部屋。
表札に刻まれた名前、グリフ・ヘルツ。ドイツ系の日本人。殺される男。
会社に行かない会社員。何日も観察していたが一度も出かける事は無かった。
そこを訪れる者もいない。見放された男。
標的の部屋のドアを調べる。
デジタルロック式のクローム色のドア。単純な仕掛け。無用心な会社員。
開錠用のキーカードを取り出す。
自分の家に帰って来たかのような気分で、キーカードをドアの認証機の溝へと滑らせる。
キーカード認証のランプが点る。
ドアは静かに横へとスライドして、私を玄関の中へと招き入れてくれた。
玄関はとても静かだ。
私は奥の部屋へと音も無く向かう。
エレベーターの中で読んだ2ページを思い出す。
私の中。
深い底。
たくさんの自分。イメージに合う自分を引き上げる。
頭が軽くなったような感覚。そして、沈む。
会社員の居間。
大きなTVスクリーン。
ソファの上にうずくまりながらTVを見ている男。グリフ・ヘルツ。
私も彼の背後からTVスクリーンを眺めた。
自然の映像。湖と草原。環境ビデオだろうか。
映像だけ。BGMもなく、小鳥のさえずりも聞こえない。
音を消しているのか。安らぎを得られる映像。
静寂を破る声。「誰だ!」
ヘルツは慌しく頭を左右に動かした。そして、後ろを振り向く。
グリフの驚愕の表情。困惑の表情。
多少の驚き。私の声。俺の声。「驚いた!まさか気付かれるとは思わなかったね!」
異常な勘の鋭さ。私の気配を察知されるとは思わなかった。
怯えるグリフ。「誰なんだ!泥棒か?強盗か?」
俺の声。「強盗か。それもいいよな。お兄さん、大金でも隠し持ってんの?」
グリフは怯えた表情のまま、首を横に振った。
標的としては不適切な推測。こいつは狙われている事を知らない。
グリフ・ヘルツは部屋の中をきょろきょろと見回した。奇妙な行動。
「誰だ。他にも誰かいるのか?」
「何言ってんの?この部屋には俺とあんたしかいねぇよ」
はっと息を呑むグリフ。「僕が狙われている?」
奇妙な標的。奇妙な言動。奇妙な錯乱。
苛立つ俺の声。「もういいや。あんたは俺に殺されちまうんだよ」
拳銃を抜き、グリフ・ヘルツに銃口を向ける。
軽やかな銃声。
放たれた銃弾。