38:「ナイトメア」
ヤツの銃口が狙う。ヤツの左手が引き金を引く。
轟く。馬鹿デカイ銃声。
フィノの銃弾が襲い来る。
身を翻す。衝撃音。クリムズンスターの床が抉り削られる。
激しくうねる炎の壁。その向こう側からフィノが殺意を吐き出す。
炎の壁の中。何人ものフィノがもがき苦しみ、灼熱の炎に焼かれている。それらの上を渡ってくるものがあった。新たに転移して来たフィノ。
灰色の烏。異形のフィノ・コールヴォ。金と銀の瞳。脚部に大きな鉤爪。
鋭利な鉤爪が炎に焼かれているフィノの頭部を掴む。飛び石を渡る要領で異形のフィノが炎の壁を渡って来る。異形のフィノが残忍な微笑みを浮かべている。
周囲に煌くウロボロス。炎の壁の向こう。炎の壁の上。右。左。後ろ。
ウロボロスが新たなフィノ・コールヴォを吐き出す前に撃ち抜いていく。たくさんのウロボロスが弾け、たくさんのフィノ・コールヴォが飛び散る。
甲斐の拳銃から弾丸が無くなる。さきほど投げ捨てた自分の拳銃を右手で拾う。
ヤツのイラつき。「奇妙なコダワリだな。俺が美季を殺したからか?」
自分の拳銃。フィノの拳銃。右手と左手で引き金を引いていく。炎の向こう側にいるヤツを狙う。私とヤツの激しい銃撃によって、クリムズンスターが削られていく。
フィノの歪んだ微笑み。「本来の時の中でオマエは美季を殺したじゃないか。オマエは勘違いしているのかもしれないが、オマエが美季を殺したのは比嘉暁美に心を操られたからじゃないぞ。ただ、目撃者を消す。それがルールだからオマエは美季を殺したんだ」
頭の中をナニかが走る。静かな記憶。私の記憶はズバ抜けている。
異形のフィノが炎の壁を渡り終えた。異形の脚部。大きな鉤爪。ゆっくりとした動き。獰猛な肉食獣を思わせる。灰色のコートが翻り、鋭利な鉤爪が装着された左腕が大きく振り上げられた。
銃口を向ける先を異形のフィノに。迷う事無く引き金を引く。
火薬の激しい閃光。異形のフィノの身体が衝撃によって後方に吹き飛ばされた。異形のフィノは右腕の鉤爪をクリムズンスターの床に突き立てる。クリムズンスターの床に三本の長い溝が出来上がった。鉤爪を床から抜き、立ち上がるフィノ。その左頬は大きくひしゃげている。その中心には銃弾がめり込んでいる。
普通ではない。鋼鉄の如き身体。未来のテクノロジーか?
異形のフィノの声。「その程度の銃弾なら耐えられる。だが、視界が揺らぐ」
ヤツの笑い声。「だが、それすらも克服可能だ。ウロボロスの庇護の下ならば」
迷う事無く引き金を引く。右手と左手で。異形のフィノの頭部だけを狙う。
間断無き銃声と火薬の閃き。
フィノ・コールヴォ。ヤツの表情が固まる。
異形のフィノの頭部はその形を無くし、残された身体は動きを止めていた。
ヤツは思い直したように微笑みを浮かべる。
「無駄だ。無駄な足掻きというやつだ」
歪んだ記憶の符合。
私の声。「私は美季を殺した。オマエは母親を殺した」
大きく見開かれる瞳。美季を殺したヤツの身体が震え始める。フィノ・コールヴォの激しい震え。
激しく震えた声。「か、母さん…」
動きの止まったヤツに狙いを定める。右手で構えた私の拳銃。
引き金を引こうとした瞬間、右肩に激しい痛みが走る。大きな鉤爪が黒いコートの上から右肩に食い込んでいた。凄まじい力。鉤爪は更に奥へと食い込んでいく。天井にぶら下がった異形のフィノの鉤爪。
視界の隅に天井に空いた穴が見えた。屋上に転移していたのだ。私に転移して来た瞬間を撃たれないように。天井を這い回る異形のフィノたちの歪んだ笑い声が頭に響く。
異形のフィノに強烈な力で放り投げられる。右肩の肉が抉れ、血が吹き出す。血を撒き散らしながらクリムズンスターの窓ガラスに激突した。身体中が押し潰される感覚。窓ガラスにヒビが入り、血が流れ込んでいく。
クリムズンスターの床に落ちる。血を吐き出す。激痛が肉と骨を襲う。
異形のフィノの声。「無駄な足掻きだったな、リンクス」
苦しみとの闘い。全身で呼吸をしながら立ち上がる。意識が遠退いていく。黒いコートの下から四つの爆弾を取り出す。手の平に収まる円盤型の爆弾。激しく痛む右腕で床に爆弾を放り投げる。円盤型の爆弾はクルクルと回転しながら床の上を滑って進んでいく。
異形のフィノたちが円盤型の爆弾に気付く。異形のフィノたちはその爆弾の威力を知っている。私は爆弾の起爆スイッチを押す。四つの爆弾は赤い光を円盤の中心から発し始めた。異形のフィノたちはウロボロスによる転移を始める。
何人かの異形のフィノが爆弾を手に取ろうと飛び掛かる。
左手で構えた拳銃でそれを撃つ。
爆弾の赤い点滅。点滅の間隔は急速に短くなっていく。
ヤツは。ヤツはどうしている。
美季を殺したフィノ・コールヴォ。ヤツは転移する瞬間を私に撃たれる事を恐れて、ウロボロスによってこの場を逃れる事を迷っている。
ヤツの眼が私の眼を見る。
私は死ぬつもりは無い。




