37:「烏の群れ」
やはり。何があるかわからない。何もかもが有り得ない事ではない。
フィノの声。「最初にここを訪れた時、八年前のお前を殺すまでに五人の俺が死ぬ事になった。今のお前は何人の俺を殺す事が出来るかな?」
愚かしい。例え何人の自分を生み出しても、今の自分が死んでしまえば何も無いではないか。それとも違うのだろうか。今の自分が死んだ時、他の自分に変わるだけなのだろうか。今の私は死んだ事が無い。今の私が知らぬ事。
一人のフィノ。「たくさんの俺がいる。それぞれの俺はそれぞれ違った俺だが、その全てが俺だといえる存在なんだよ。だから俺は死ぬことが無いのだ」
数人のフィノがこちらへ進んで来る。ゆっくりとした歩み。
周囲を把握する。
私が投げ捨てた銃。甲斐葉司の銃。私が投げたナイフ。長田龍哉の銃。
あとは懐。コートの内側。手持ちの武器。
私の声。「私が全て殺せば、お前の負けだ、フィノ・コールヴォ」
大勢のフィノが笑う。重なる笑い声。
何人かのフィノは笑わず、怒りの表情を見せながら突進して来る。
フィノの怒りの声。「お前がコノ俺に勝てると思うなよ!」
先頭を切るフィノに向けて、懐からナイフを投げ放つ。
風切るナイフの音。驚くべき反射神経でナイフをかわした先頭のフィノ。
そのすぐ後ろを走っていたフィノの咽喉にナイフが深々と突き刺さる。血飛沫が上がり、もがきながら躓き倒れる。それを避け、踏みつけ、進んで来る後続のフィノ達。
フィノ・コールヴォ。数に任せた進軍。死を恐れぬ兵士達。
わかる。イメージ。ヤツらの動き。
ヤツらがどのように動くか。自分の事のように。
眼前に迫り、左手でナイフを突き出す先頭のフィノ。
ナイフの切っ先をかわし、ヤツの左手首を私の右手が素早く掴む。
力が漲る。全身に力を込め、吐き出す。
左腕。全身に響く心地良い衝撃。左拳がフィノ・コールヴォの顎を打ち砕く。
ヤツの身体が揺らぐ。ヤツの灰色のコートの中に黒い拳銃が見えた。
私の左手がヤツの拳銃を抜き放つ。
馬鹿でかい銃声。
フィノ・コールヴォの胸部を撃ち抜く銃弾。
その後ろ。次のフィノが低い態勢からナイフを繰り出してくる。
ヤツの左腕を右足で蹴り砕く。床とナイフがぶつかる音。ヤツの骨が砕ける音。
私の左足が撥ね上がる。ヤツの顔面に振り下ろされる。強烈な一撃。
馬鹿でかい銃声。
フィノの拳銃で次々とフィノを撃ち殺していく。
ヤツらの笑い声。「なかなか頑張っているじゃないか、リンクス!」
引き金を引く。考える。ヤツらは何故撃ってこないのか。増え続ける自分達の力を試そうとしている。死という存在を超越する事。ヤツらは確実に死んでいくが、ヤツらは新たに増え続ける。フィノ・コールヴォのウロボロス・システムの利用方法。
数多くのフィノという存在。
規則的にウロボロスで転移し、何処からかウロボロスで転移して来る。
コートの内側から特別製の手榴弾を取り出し、起動スイッチを押す。ヤツらの方へと放り投げる。床にぶつかり、軽い爆発音を立てて、周囲に飛び散るゼリー状の物質。
四つの手榴弾を次々と放り投げた。暴動鎮圧用に開発された殺戮兵器。
ヤツらはこちらへ向かって来る。ヤツらの足の裏がゼリー状の物質を踏み付けた瞬間、それが燃え上がった。猛烈な炎。踏み付けられたそれぞれが燃え上がり、フィノの身体を焼き焦がす。火の粉が舞い、それがまた周囲のそれぞれに火を付けていく。
炎の壁。ヤツらの歩みが止まる。
歩みの止まった連中に銃弾を放ちながら、甲斐葉司の拳銃を拾った。
炎の向こう側。「何故、逃げようとしないんだ?」
転移するフィノ。転移して来るフィノ。
フィノの疑問の声。「ウロボロスで転移すれば簡単に逃げられるだろう?」
相変わらずの光景。数多くのウロボロスの煌き。
甲斐の拳銃でフィノ・コールヴォを呑み込んだウロボロスに狙いを定める。
とても小さな標的。宙に浮かぶコンタクトレンズ。
引き金を引く。正確に。確実に。的を撃ち抜いていく。
破壊されたウロボロス。肉か、血か。得たいの知れない物質がその周囲に飛び散る。
フィノ・コールヴォのくぐもった笑い。「そうかそうか。なるほどな」
ヤツだ。
ウロボロス・システムの測定。次々と転移して来るフィノの肉体年齢は少しずつ確実に増加していく。ただ、一人のフィノだけ。ヤツの肉体年齢だけがこの時に現れたまま、この時の流れに従っている。
美季を殺したヤツ。
私の声が響く。「オマエは逃がさない」
フィノ・コールヴォの高らかな笑い声。
ヤツの強烈な殺意。「ふざけるな。オマエは死ねよ、リンクス!」
フィノ・コールヴォが左手で拳銃を構える。黒い光放つ銃身。




