33:「殺しの標的」
ヤツらの方へと忍び寄る。静かに。気配を殺して。
ヤツらの声が響いてくる。当時聞く事はなかった話の内容。
主犯格の男。「偶然とは面白いものだね」
共犯の女。「そうね。まさかこんな人質を攫う事になるなんてね」
共犯の男。「身代金なんて要求せずに彼女を貰ってしまった方がよほど価値があると思うよ」
連続誘拐犯。次々と莫大な身代金をせしめた連中。
金には不自由しない身分。ゲームを楽しむ三人の日本人。
主犯格。「そいつは良い考えだ。僕なら彼女を死んだ事にする事も可能だしね」
共犯の男。「先の出来事がわかれば、怖いものなんてないよな」
人質である美季の声。「未来を変える事は出来ないのよ」
共犯の女。「でも、知る事が出来れば、それを避ける事が可能じゃないかな?」
主犯格の男が笑う。「僕は未来は変えられると思うけどね。僕らの力さえあればなんだって可能だって思えないかい?」
共犯の女。「下手な失敗さえしなければ、なんだって可能かもね」
共犯の男。「ヨージ。彼女に俺らの未来を見てもらったらどうだ?」
主犯格、甲斐葉司。「ああ。面白いかもね。長久保美季さん、僕らはこの先、警察に捕まる事はありますかね?」
美季の静かな声。「未来を知る事は良い事ばかりじゃない」
共犯の男のいらついた声。「いいから教えろっての。アケミ、彼女が嘘をつかないようにちゃんと操作しろよ」
比嘉暁美の応え。「わかってるよ」
甲斐葉司。比嘉暁美。長田龍哉。八年前の殺しの標的。三人の異質な人間。
ヤツらの方へとゆっくりと近付いていく。
ヤツらと美季の声がよりはっきりと聞こえてくる。
美季。「あなたたちは警察に捕まる事は無い。この先ずっと」
長田龍哉の歓声。「もったいぶりやがって。最高の結果じゃないか!」
甲斐葉司。「アケミ、ちゃんとコントロールしてるのか?」
比嘉暁美。「うん。しっかりとね。彼女は嘘をついてないよ」
用心深い甲斐葉司。「美季さん、僕らは何故警察に捕まらないんだい?」
美季のはっきりとした声。「あなたたちが殺されてしまうから」
薄暗い部屋の中に殺気が走る。
長田の怒鳴り声。「ふざけた事抜かしやがって!」
甲斐の声。「タツヤ、やめろよ」
比嘉の不安げな声。「彼女は嘘をついていない…」
ヤツらの姿が見える。
ソファに座る甲斐。ソファに座る比嘉。立ち上がって拳銃を美季に向けている長田。簡素な椅子に拘束された美季。連続誘拐犯と人質。
アノ時と同じ。美季の瞳は虚ろな色。
甲斐葉司が質問する。「美季さん、僕らはいつ殺されるのかな?」
美季のとても静かな答え。「あなたたちは明日の朝に殺される。一人残らず」
暫しの沈黙。ヤツらの乾いた笑い声が響く。
前向きな甲斐葉司。「慌てるな。何が起こるかわかっていれば、それに対処する手段も考える事が出来るだろう」
私の笑い声が私の頭の中に響く。こんな事を話していたのか。
くだらない。お前達が私に対処する手段など無い。
足音を抑えず、ヤツらの方へと歩いて行く。
足音に気付いた甲斐の声。「誰だ?」
三人と美季が私の方を向く。美季の瞳の色に変化が見えた。
私の声。「不味い人物を攫ってしまったな」
当時の俺の声。『不味い人物を攫ってしまったな』
歩み続ける。
甲斐の鋭い声。「アケミ!」
比嘉暁美の瞳がこちらを見る。
アノ女に一番梃子摺らされたのだ。心を操作する女。
左手で持っていたアタッシュケース。左手の指で金具を外し、中身をばら撒く。
大量の現金。大量に舞う紙幣。
戸惑う長田龍哉の表情が見える。アノ時は長田龍哉を真っ先に撃ち殺した。
比嘉暁美の声が響く。「ヨージ!こいつ、心が…」
閃光。馬鹿でかい銃声が轟く。吹き飛ぶ比嘉暁美。
まずは一人。




