31:「ミキ・ナガクボ」
長久保美季。
記憶の底。『リンクス。リンクス…』
懐かしい声。いつも聞いていた声。
長久保美季。『好きだった事だけ思い出せば良いのよ』
違う。好きな事も嫌な事も。何もかも。全て。今の私を形作るモノだ。
記憶の交錯。夢と現実。
誰かの声。『簡単だ』『お前なら出来るはず』『思った通りだ』
艶やかな黒髪。美季の溌剌とした笑顔。
雨の日。石畳の大通りが血に染まる。
震える声。『ずっと昔に見た夢…』
私の記憶は全てを見る。記憶がハシル。
声。『間違えだったと謝られたわ』
知っている。全ての記憶。
彼女の声。『知らなかったの?』
名前を聞いた俺。『どういう漢字?』
彼女の微笑み。『同じよ』
すでに見たものをまた見る意味があるのだろうか。
ある。再び見る事によって、再び感じる事、新たに感じる事。
過去に戻る意味などあるのだろうか。
長久保美季と過ごした日々。
確かな記憶。痛みは和らぎ、不安は消え去る。暖かな心。
黒く澄んだ瞳。『アナタの為なら命さえ投げ出しても良い』
私もこの命、この心を捧げよう。アナタのため。
アツイココロ。
悪夢を見た声。『声が聞こえたの。とても恐ろしい声』
同じ夢を見た。同じ恐怖を感じていた。溶け合う意識。
溶け合う意識。溶ケル。沢山ノ私。
感じていた。私が私デハナクナル。
新たな心が生まれていく。沢山ノ私。
太陽の溶ける時。
美季。『アナタがどんどん違うアナタになっていく』
私も知っていた。感じていた。自分が自分でなくなる感覚。
私。『いけないのか?』
彼女。『わたしがどうこうじゃなくて。アナタがアナタでいられるかなのよ』
滑稽な心。私は常に私を見ていた。冷めた心で。
私が私でない感覚。生きている感覚が希薄になっていく。
ワタシデハナイ。
悲しげな声。『わたしには見えるの』
未来を見る瞳。悲しげな瞳。
別れの言葉。『色々あったのよ』
死んでいったココロ。
アラタに生マレタ心。
ソレダケノコト。
全ての記憶。
私はたくさんの声を聴き、たくさんのものを観る。
彼岸と此岸。
生死の海を挟む世界。
離れていて、近付けない想い。
聞こえる。美季の声。美季の心。
見える。彼女の視点。彼女の見るもの。
八年前のミキの声。『リンクス。良かった…』
長久保美季は全てを観ていた。全てを知ッテイタ。
閃き。未来を見る瞳。
多世界の未来。全ての未来。
彼女の瞳は何を観るのか。心は何を知るのか。
私は何を知るのか。何を望むのか。
悪夢の時。八年前のあの時ヘ。
ウロボロス。私を呑み込み、連れて行け。




