30:「リンクス」
私の中。深い底。ウズクマル、俺。
私は粉々になった俺を踏み躙る。
クダラナイ。
そんな事で壊れるココロなど私はイラナイ。
私は私の中で粉々にする。俺を噛み砕く。踏み躙る。
俺。思い出し、深く後悔し、深く悲しんでいる。
クダラナイ。
私は思う。こんなヤツが私なのだろうか。俺という存在は本当に私なのだろうか。
私は言う。『お前は左利きか?』
俺の左手を踏み砕く。『ヤメテクレ!俺のキキウデを潰さないでくれ!』
無様な。
私は右利き。アレは誰の記憶だ。私の記憶ではない。
私の記憶力はずば抜けている。
リンクスの結論。『お前は私ではない』
粉々にしたヤツを冷たく見下ろす。『ヤメテクレ!俺を殺さないでくれ!』
私の中の私たちが恐れ戦く。冷酷な私に。心が凍る。
こいつらの心が私の記憶を掻き乱すのだ。
たくさんの私たち。どれだけの私が本当の私なのか。
私は言う。『さきほどはお前のおかげで生き延びられたのかもしれない。お前が私らしく生まれ変わったら、その時はお前を受け容れよう』
幾度も繰り返されてきた行為。生と死を繰り返す。
ウロボロスが私を吐き出す。再構築される私。
二十一年前の世界。とても寒い季節。
私は全てを記憶している。
リンクスという名を付けた母親のいる家が見える。
家と私の間。雪の道。
黒髪の女性が立っている。若い女性。
私の声。「美季。何故、こんな所にいるんだ?」
美季の声。「アナタが見るべきでないものを見ようとしているから」
私が見るべきでないもの?俺という名の私が見たがっていたものか。
美季の静かな声。「確かめたいナニカ」
私の記憶。この時の記憶。母親との記憶。
確かめる必要もない。私は覚えている。
優しげな声。「心配ない。私はあの家には入らないよ」
頷く美季。「思い出しても仕方ないのよ」
胸の傷が疼く。刃物で抉られた深い傷跡。
母親の記憶。母親に付けられた傷跡。
私は美季の瞳を見つめる。美しかった黒く澄んだ瞳はそこにない。
ヘテロクロミア。金色の右眼。銀色の左眼。
無限の可能性。何もかも有り得る世界。ウロボロスの力。
私の質問。「ウロボロスを手に入れたのか?」
美季からの応え。「そう。アナタがくれたのよ、リンクス」
私の記憶にはない。「もし、そうだとしても、それはこの私ではないよ」
そして、彼女も私の知る美季ではない。私の記憶にない存在。
互いに知らない存在。知っているが、知らない存在。
熟考。
多世界とはこのようなものなのか。
私の考え。深く照らし合わせる。
美季の言葉。「良かった」
彼女がウロボロスを起動させた。転移の準備が始まる。
不思議な発言。何が良かったのだろうか。
何処へ行くのだろう。
ウロボロスが彼女の身体を吸収し、転移していく。
私の記憶は正確だ。記憶の符合。
美季という女性についての記憶。美季との記憶。
何故、今まではっきりと思い出せなかったのか。
美季。
長久保美季。
八年前、私が彼女を殺したのだ。




