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朧時 ~終わりない夢~  作者: 佐治道綱
第四章 無限の世界
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29:「ソウルシャタード」




 若い女性の声。『思い出して、どうなるの?』


 誰の声?


 暗い空。深い灰色の空。小さな白い点が降りてくる。


 たくさんの雪。舞い降りる白い結晶。


 白い息。身体が凍える。


 雪は積もる。厚く積もった白雪。道に。屋根に。


 庭に積もった雪。犬小屋に積もった雪。


 雪で作った室。暗闇を包む、かまくら。


 寒さが突き刺さる。


 暖かい光。光を包む、我が家。


 古ぼけたストーブが家の中を暖めていた。


 暖かい空気。暖かい時間。


 外は厳しい寒さだけれど、家の中はとても温くて心地良い。


 二段ベッドの一段目に寝転がり、テレビドラマを見ていた。


 よくある古典的な刑事ドラマ。各回の山場には派手なアクションシーン、派手な銃撃戦。犯人は皆、最後には捕まえられるか、射殺されてしまうか、爆死してしまうかのどれか。現実には有り得ない展開だけれど、わくわくしながらいつも見ている。


 母親の声。「テレビばかり見ていては駄目よ」


 疲れた金色の髪。母親はストーブの近くでハードカバーの本を読んでいた。


 『いつもいつも同じ事ばっかり。うるさいなぁ』


 絨毯の上に座っている優しい母親。時には厳しく叱られる事もある。


 逆らっては駄目だ。


 母親の意に添わない事をすると、母親の神経は苛立つ。


 大人しくテレビを消して、ベッドの上で仰向けになった。


 溜息をつく。後で散歩に行こう。雪降る中で散歩するのも良いものかもしれない。


 外でメルツが吠えている。あれは見知らぬ人が通りかかった時の吠え方だ。


 母親は溜息をつく。「あんなにけたたましく吠えていたら、またご近所から文句を言われるわ」


 そんな事を言っても仕方ない。メルツは吠えて当たり前なのだ。


 ベッドの上から手を伸ばす。すぐ傍にある棚からモデルガンを手に取る。


 ヒンヤリとした感触。ズシリとした感触。


 重く大きく。鈍く黒い光を放っている。


 寝転がったまま、モデルガンを眺めた。


 父親の部屋で見つけたモデルガンだ。自分で買った安物の玩具とは比べ物にならない精巧な品物だ。もしも、家の中で撃ったら母親は激怒するだろう。


 左手だけで持つとかなりの重さに手が震える。


 右手でマガジンを抜いた。


 ベッドに左腕を寝かせて、モデルガンの銃身を部屋の中に泳がせる。


 『引き金を引くだけなら、母さんもわからないだろうな』


 仮の標的。銃口の上に付いている照準で、母親が読んでいる本を狙った。


 思い出す。怒った時にはいつも振り下ろされる母親の手。


 冗談事。照準を本から本を持つ手へ。


 犯人を狙撃するスナイパーの気分。


 ボクの声?『ヤメロ!』


 引き金を引く。




 耳をつんざく馬鹿でかい音。


 左手の骨を砕くほどの衝撃。




 呆然。頭が真っ白になった。


 銃声?


 モデルガンの弾が装填されていた?


 オレの声。『チガウ』


 あんなに大きな音。母親に怒られる。


 母親の方を見た。


 絨毯の上で倒れていた。


 狙いを定めた手はなんともなっていない。


 ベッドから飛び降り、母親の傍へと駆け寄る。


 ヌメリとしたもので足が滑った。母親の身体のすぐ傍に倒れる。


 暖かい血が流れ出ていた。ドクドクと。暖かい。


 全てが震える。


 違う。違うんだ。


 「ごめんなさい!ごめんなさい!」


 激しく震える手。母親に強く縋り付く。


 振り絞られる声。「母さん!」


 涙が溢れる。全てが血で染まっていく。


 「母さん!母さん!」


 必死に母親に呼び掛ける声。暖かさは失われていった。




 オレの中。声にならない悲鳴。


 心砕かれる。カナシミ。


 激しい音を立てて、割れていく。


 涙が止めど無く溢れ、割れる瞳。


 暗い底へ落ちる。


 割れた破片に手を伸ばす。


 破片はスベテを切り裂いていく。


 黒い血が溢れ出る。


 魂が血に溶けて、滴り落ちる。


 深い底。闇の底へ。


 ココロ。カナシミ。


 粉々に。ナニカに噛み砕かれる。





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