29:「ソウルシャタード」
若い女性の声。『思い出して、どうなるの?』
誰の声?
暗い空。深い灰色の空。小さな白い点が降りてくる。
たくさんの雪。舞い降りる白い結晶。
白い息。身体が凍える。
雪は積もる。厚く積もった白雪。道に。屋根に。
庭に積もった雪。犬小屋に積もった雪。
雪で作った室。暗闇を包む、かまくら。
寒さが突き刺さる。
暖かい光。光を包む、我が家。
古ぼけたストーブが家の中を暖めていた。
暖かい空気。暖かい時間。
外は厳しい寒さだけれど、家の中はとても温くて心地良い。
二段ベッドの一段目に寝転がり、テレビドラマを見ていた。
よくある古典的な刑事ドラマ。各回の山場には派手なアクションシーン、派手な銃撃戦。犯人は皆、最後には捕まえられるか、射殺されてしまうか、爆死してしまうかのどれか。現実には有り得ない展開だけれど、わくわくしながらいつも見ている。
母親の声。「テレビばかり見ていては駄目よ」
疲れた金色の髪。母親はストーブの近くでハードカバーの本を読んでいた。
『いつもいつも同じ事ばっかり。うるさいなぁ』
絨毯の上に座っている優しい母親。時には厳しく叱られる事もある。
逆らっては駄目だ。
母親の意に添わない事をすると、母親の神経は苛立つ。
大人しくテレビを消して、ベッドの上で仰向けになった。
溜息をつく。後で散歩に行こう。雪降る中で散歩するのも良いものかもしれない。
外でメルツが吠えている。あれは見知らぬ人が通りかかった時の吠え方だ。
母親は溜息をつく。「あんなにけたたましく吠えていたら、またご近所から文句を言われるわ」
そんな事を言っても仕方ない。メルツは吠えて当たり前なのだ。
ベッドの上から手を伸ばす。すぐ傍にある棚からモデルガンを手に取る。
ヒンヤリとした感触。ズシリとした感触。
重く大きく。鈍く黒い光を放っている。
寝転がったまま、モデルガンを眺めた。
父親の部屋で見つけたモデルガンだ。自分で買った安物の玩具とは比べ物にならない精巧な品物だ。もしも、家の中で撃ったら母親は激怒するだろう。
左手だけで持つとかなりの重さに手が震える。
右手でマガジンを抜いた。
ベッドに左腕を寝かせて、モデルガンの銃身を部屋の中に泳がせる。
『引き金を引くだけなら、母さんもわからないだろうな』
仮の標的。銃口の上に付いている照準で、母親が読んでいる本を狙った。
思い出す。怒った時にはいつも振り下ろされる母親の手。
冗談事。照準を本から本を持つ手へ。
犯人を狙撃するスナイパーの気分。
ボクの声?『ヤメロ!』
引き金を引く。
耳をつんざく馬鹿でかい音。
左手の骨を砕くほどの衝撃。
呆然。頭が真っ白になった。
銃声?
モデルガンの弾が装填されていた?
オレの声。『チガウ』
あんなに大きな音。母親に怒られる。
母親の方を見た。
絨毯の上で倒れていた。
狙いを定めた手はなんともなっていない。
ベッドから飛び降り、母親の傍へと駆け寄る。
ヌメリとしたもので足が滑った。母親の身体のすぐ傍に倒れる。
暖かい血が流れ出ていた。ドクドクと。暖かい。
全てが震える。
違う。違うんだ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
激しく震える手。母親に強く縋り付く。
振り絞られる声。「母さん!」
涙が溢れる。全てが血で染まっていく。
「母さん!母さん!」
必死に母親に呼び掛ける声。暖かさは失われていった。
オレの中。声にならない悲鳴。
心砕かれる。カナシミ。
激しい音を立てて、割れていく。
涙が止めど無く溢れ、割れる瞳。
暗い底へ落ちる。
割れた破片に手を伸ばす。
破片はスベテを切り裂いていく。
黒い血が溢れ出る。
魂が血に溶けて、滴り落ちる。
深い底。闇の底へ。
ココロ。カナシミ。
粉々に。ナニカに噛み砕かれる。




