28:「マインドフィールド」
黒髪の女性。金髪の少年。
二人が歩き去る。その後ろ姿を見送る。
何かが虚ろとなる。空虚な何か。
生き残った奴と俺の対話。
「私はお前を殺す理由を持たない」
「俺もお前を殺す理由は特別ないな」
色褪せた空。時は移ろう。雲は流れる。
沈む太陽。冷ややかな風が吹く。
奴が微笑む。「臨機応変ってやつでいこう。お前も私もそれで生き残ったんだ」
俺が頷く。私も頷く。
奴はウロボロスを起動させた。新たな目標点への転移。
俺の質問。「どこへ行く?」
「ここではない所。確かめたい事がある」
その言葉を言い終わった瞬間、奴の身体にウロボロスが浸透していく。
膨れ上がる毛細血管。肌の色が目まぐるしく変化する。
肉体が波打つ。溶けた金属のような質感。振動と波紋。
全てが収縮され、ウロボロスに吸収されていく。血と肉の色をした渦。
ウロボロス・システムが転移を始めた。
灯火が尾を曳いて廻る。灯火の先端は尾を呑み込む。
尾の光は薄れゆく。頭の光は尾の光を食らい続ける。
消えぬように。光を絶やさぬように。
渦巻く光の蛇はやがて消えていった。
確かめたい事。
疑問。抱えたまま。道を往く。
懐かしき家路。月明かりに照らされる。
蒼黒い夜空。空を流れる雲の河。星の煌き。
道は暗闇の中。伸びていく。
歩いていく。野原の道。
風が身体を撫でる。草木がざわめく。
記憶。思い出せない。心。
誰かの。私の。俺の。
長い。長い道。
こんなにも遠かっただろうか。
果てしない道のり。
自分の心の中を延々と歩き続ける。
本当の自分。心の平原。その向こう側。
家の明りが見える。
暖かい存在。遠い過去の存在。
金髪の少年は家の外で飼い犬と戯れていた。
美季。黒髪の女の姿はない。
思い出せない記憶。
ナニガ?
家の中から声がする。少年の名を呼ぶ、母親の声。
少年は飼い犬の頭を撫で、家の中へと入っていく。
洗い物の音が聞こえる。食器を洗う音。
少年の声。「母さん、今日は凄く変な夢を見たんだ」
母親の優しい声。「夢って、昨晩見た夢の話?」
戸惑いの声。「違うよ。今日、広場から帰ってくる時に見たんだ」
押し黙る母親。違和感。奇妙な沈黙。
少年は話を続ける。「同じ顔の人が何人も何人もいてさ。ガンを撃ち合って、撃ちまくって、殺し合ってたんだよ」
母親の冷たい声。「またそんな事を言って。もうそんな事言わないでよ」
腹を立てる少年。「前のとは全然違う夢だよ!」
母親の声が震える。「なんでもいいから止めて。耳を塞いでも聞こえてくる声とかそういう話は、母さんにも他の誰にもしないでちょうだい」
洗い物の音が大きくなる。水道の蛇口から水が勢い良く流れ出す音。
俺の記憶。そこにはない会話。
何かが引っ掛かる感覚。
母親の記憶。微かな記憶。小さな点。何かが見える気がした。
朧げな記憶の糸を手繰る。十一歳の頃。冬。この場所。
確かめたいナニカ。
ウロボロスを操作する。新たな目標点を設定。
これより三年後。元の時代から二十一年前。
転移開始。
もう、痛みは感じなかった。




