27:「歪んだ時間」
未来の自分を殺した。
俺の背後で動き出す時間。世界。
銃声。俺が殺すはずだった奴が数分前の自分を殺す音。
銃声。今殺された奴に殺されるはずだった奴が放った拳銃の弾丸。
銃声。銃声。銃声。
俺が過去に戻りつづける事によって見ていなかった世界。
そう。俺は数分前の自分を殺そうとしているだけであって、過去の自分全てを殺そうとしていた訳ではない。そう決めていた訳ではない。
時間が流れた事によって歪む景色。
たくさんの死体。血に塗れた金髪。己の亡骸。
さきほど俺が殺した奴の背後にもうウロボロスは現れなかった。
八歳の頃の自分がいる方を眺める。
死が連なって見える。自分を殺す自分たち。
客観的な視点。とても機械的な動作。感情など感じられない。
まるで魂を持たない機械のようだ。大量生産された殺人機械。
拳銃を構え、引き金を引く。決められた動作。
生き残った自分。
小さな戦場。
殺し合う俺たち。
俺が未来の自分を殺したように。
遠い過去の自分。八歳の少年。金髪の少年。
目の前で繰り広げられる異様極まる光景にただ怯えているだけ。
少年の足下に転がってきた拳銃。
混乱している少年は無意識の内に足下の拳銃へと手を伸ばそうとした。
その手を掴まれる。
少年の手を掴む手。綺麗な白い肌。白い手。
落ち着き払った女性の声。「駄目よ、こんなところにいては」
静かで、暖かく、優しい声。
その女性の姿。黒髪の女性。
混乱。衝撃を受ける意識。混乱。歪む記憶。
その女性の艶やかな黒髪に視線が釘付けになる。
女性の顔を見る事が出来ない。
黒髪の女性。白い手に導かれる少年。
ぼんやりと霞んだ女性の顔。
呼び覚まされる記憶。
一人の女性の名前。
俺の中のたくさんの声。
あれは誰だ。
そんな馬鹿な。ここに、この時にいるはずが無い。
この状況を見て、何故あんなにも落ち着いていられるのか。
生き残った奴の声。「こんな世界ならどんな事でも有り得るって事かもな」
奴の方を向く。奴の眼は黒髪の女性を見ていた。優しい瞳。
周囲の状況。生き残ったのは奴と俺だけ。
奴の顔。優しい表情。俺でもこんな顔をする事があるのか。
俺の問い掛け。「あの女を知っているのか?」
奴は俺を見た。「知らない訳がない。それともお前は私とは全く別の私なのか」
対話。自分と自分。可笑しな光景。
自信の無い声。「知っている気がする。はっきりとは言えないんだ」
奴の声。「彼女は美季だ」
奴の口にした名前。耳に突き刺さる。歪んだ記憶。混乱する意識。
俺の震える声。「彼女がここにいるはずがない」
考える。
多世界。無限の可能性。有り得ない事。全ては有り得る事。
奴は言った。「こんな光景さえ、まだまだまともなものかもしれない。多世界が存在し、全ての可能性が否定できない時、どんなに歪んだ世界でさえも存在し得る。そういう事になるのかもしれないぞ」
黒髪の女性の方へ再び視線を向けた。
美季。
八年前の彼女。
それとは違う。
初めて出会った頃の彼女だろうか。
どちらにしてもこの時にいるはずがない存在。二十四年前のこの時には。
時間が歪む。歪んだ時間は世界を歪ませる。
彼女は小さい頃の俺の手を取り、こちらへ歩いてくる。
奴の横を通り過ぎる。彼女と少年。
俺の横を通り過ぎる。彼女と少年。
俺を見た彼女の瞳。複雑な表情を浮かべていた。
悲しみ。哀れみ。慈しみ。
美季と少年の頃の俺は母親の待つ我が家へと歩いていった。




