23:「時の渦へ」
出発の日。
旅立ちの時間。
「頼んでおいた物は用意してくれたか?」
私の声にフラーゲンが頷く。
黒衣の男の一人がジュラルミンケースを手渡してくれる。
フラーゲンの説明。「鍵は渡しません。過去に遡り、その時代の『波』を感知した時に自動的に開くようになっています」
俺の声。「すぐさま戻ってきて、あんたらを殺すかもしれないぜ?」
ゾガール所長の薄ら笑い。「君のウロボロスはこちらで許可しない限り、君が過去に飛ぶ前の時間の『波』しか目標点として指定出来ないようになっているのだよ」
俺の微笑み。「そいつは用心深い事で」
どうやっても過去にしか転移できないようにしてあるという事。私がいる時間にしか私は戻って来れない。例え、この時間に戻ってきても、それはすでに多世界の一つ。現在、『ここの世界』にいるこいつらを殺す事は出来ない訳だ。
ウロボロス・システム。
俺の両眼に装着されたコンタクトレンズ型のタイムマシン。
両方の目蓋を閉じる。
目蓋の裏の薄暗い闇。
目を閉じたまま、覚えた通りに眼球を動かす。
下方から時計回りにグルリと動かす。
下方から反時計回りにグルリと動かす。
グルリ。グルリ。
目蓋の裏の暗闇。小さな光が燃え上がる。
円を描く光の線。光の炎。
光の頭は口を開き、ぐるりと回って光の尾を呑み込む。
ぐるり。ぐるり。
光の輪が回る。
ウロボロス・システム起動。
目を開く。
さきほどと変わらぬ視界。
視界に浮かび上がる様々な単語。数字。メニュー。座標。
私の視界=ウロボロス・システムのスクリーン。
奇妙な感覚。奇妙な視界。
医療主任フラーゲンが鏡をこちらに向けている。
「ウロボロス起動時にはこのようになります」
鏡の中の私。私の眼。
私の両眼。ヘテロクロミア。右眼は金色、左眼は銀色。
所長の声。「時間逆行に否定的な旅人は初めてだ。楽しませてくれたまえ」
私の言った言葉。世界に矛盾を作り出す行為。
自分を殺し続ける行為。難しい試み。
己への約束。
自分を殺そうとする自分には逆らわない。殺されるままに殺される。ウロボロスは対象の肉体年齢を細かく正確に測定出来る。自分の肉体年齢よりも少しでも時間が経過している肉体を持つ自分に一番の優先権を与える事にする。
はははははは。
時を遡るなど信じていないのにそんな事まで決めておくとはな。
臨機応変さ。
どうとでもなる。
ウロボロスを操作する。
瞳孔の動きをウロボロスが感知する。瞳孔の動きがカーソルの役割。
視界の中のメニューを開いていく。
目標点設定。年月日。時間。場所。
まばたきと瞳孔の動きによって、次々と選択。
設定完了。設定完了。設定完了。
室内のアナウンス。『ウロボロス・システム、目標点設定完了』
ウロボロスの操作。
目標点。時界波観測開始。空間転移決定。
強烈な衝撃が全身に走る。引き裂かれるような激痛。
室内のアナウンス。『ウロボロス・システム、オペレーターへ浸透開始』
視界が歪む。肉体が歪む。意識が歪む。
ハハハハハハ。
痛み。激痛。魂が引き裂かれる。
誰かの声。「何度見ても気味の良いものではないな」
むかつき。絶え間無い嘔吐感。
全てが歪む。視界が消える。
暗い。暗い。暗い闇。
消えていく。小さな光。
伸びて、落ちて。広がり、消える。
ぐるり。ぐるり。
全てが落ちていく。
たくさんの色。たくさんの光。
消える。音。遠い声。消えていく。
突然の音。
『収縮吸収完了。ウロボロス・システム、空間転移開始』
遠く伸びていく。遠く消えていく。
見える。感じる。
たくさんの視界。全てが見える。
たくさんの声。たくさんの刺激。たくさんの悦び。




