19:「タイムパラドックス」
日々の研究。論議の時間。
討議の会場。日本政府の科学研究所。白く広く暑い部屋。
太陽に照らされているかのよう。熱い空気。
部屋の中。灰色の衣服を着た大勢の研究員たち。私の色も灰色。
白衣を纏った数人の研究員たち。科学者、若しくは医者。
黒衣を纏った屈強な研究員たち。警棒を持ち、灰色を睨み据える。
私の顔を覗き込むチェーネレ。
「どうだい?結構楽しそうな雰囲気だろう?」
私の応え。「そうだな。可笑しな光景だ」
満足げに微笑むチェーネレ。イタリア人。純粋なイタリア種。
白く広い部屋。正面には大きなホワイトボード。議題が書き込まれ、それについて灰色の研究員たちが意見を言い合う。意見。思うままに言葉を吐く。意見の食い違い。相手を罵る。取っ組み合いに発展する。くだらない論議。
灰色の研究員たち。様々な人間。老若男女。子供もいる。老人もいる。
怪物の色の眼をした人間もいれば、普通の人間もいる。
くだらぬ議題。過ぎ行く日々。
殺人について。人種問題について。日本の政治について。
様々な意見が飛び交う。様々な声が飛び交う。
くだらない。
人権問題について。恵まれない人々について。戦争について。
様々な声が飛び交う。怒声。泣き声。笑い声。罵声。悲しげな声。
クダラナイ。クダラナイ。
私が私の中に沈んでいく。
冷めた感情。冷めた心。
チェーネレの陽気な声。「ほらほら!楽しいだろ」
笑いを堪える俺の声。「ああ。とても笑える光景だな」
くだらぬ議題。過去と未来。
タイムトラベル。タイムパラドックス。
相対性理論。物理学。因果律。
タイムマシン。過去への旅。未来への旅。人生のやり直し。
様々な意見。様々な夢。様々な願望が飛び交う。
チェーネレの声。「タイムマシンって、いつの時代になったら完成するのかな?」
俺の声。「くだらん。タイムマシンなんて実現不可能な代物だ」
ホワイトボードの近くにいた初老の男性がこちらを向いた。
初老の男性。「何故、実現不可能だなんて思うのだ?」
「過去になんて行けるとしたら今までのもんが全て狂っちまうだろ?」
「君は親殺しのパラドックスの事を言いたいようだね」
親殺しのパラドックス。過去へ行き、自分の両親を殺す。自分は生まれてこない。存在の矛盾。変わってしまう歴史。世界の矛盾。自分が生まれてこなければ、両親を殺しに過去へ行く事も出来ない。古く有名なパラドックス。延々と続くパラドックス。無限の輪。
俺の声。「そんなもの持ち出さなくても実現不可能なんだよ」
初老の男性。「多世界論というものがあるのだよ、君」
多世界論。多歴史論。パラレルワールド。多数の独立した世界。別の世界。
クダラナイ。こんな話をするべきではない。
俺の声。「それこそ有り得ない話だって理解しろよ」
「何故、有り得ないなんて思うのだ?近年では多世界を観測する研究も進められているのだ。科学は常に進歩している。不可能だと思われていた事が可能となるのだ」
ジツニクダラナイ。ハナスベキデハナイ。
ワタシはオレを深い底へと沈めようとした。
初老の男性の声が響く。
「君はザウバー・ヴァンデルの論文を読んだ事がないのかね?」
頭の中が静まる。頭の中を俺が支配する。
俺の静かな怒り。「他人の意見をお前の意見のように言うんじゃねえよ」
目を剥く初老の男性。
俺の激しい怒り。「お前の意見なら、お前の考えをお前の言葉で語れ」
クダラヌ論争。クダラヌ口論。
喧騒。怒声。
灰色がざわめく。黒が鎮圧する。
論議の時間。




