18:「科学研究員」
目覚めた時、身体を拘束していた黒皮のバンドが外れていた。
ベッドから起き上がり、身体をほぐす。
身体を動かす。腕を伸ばす。足を曲げる。首を回す。
徐々に戻ってくる身体の感覚。鋭敏な感覚が戻ってくる。
屈伸運動を行う。息を吸う。息を吐く。
腕立て伏せ。息を吸い、息を吐く。
腹筋運動。息を吸う。息を吐く。
意識を研ぎ澄ます。肉体を研ぎ澄ます。
何も考えず。
ただ身体を動かす。
腹直筋。広背筋。脊柱起立筋。大腿四頭筋。上腕ニ頭筋。上腕三頭筋。三角筋。大胸筋。
動かせる場所の全てを動かす。
鍛えられる全ての場所を動かす。
考える。
イメージする。
身体の細胞。破壊と再生。成長を続ける数多の細胞。
鍛え上げられる体。鍛え上げられる精神。
研ぎ澄まされた刃。熱い刃。冷たい刃。
白い部屋。白い壁。白いベッド。白いトイレ。白い洗面台。白い扉。
白い扉の向こうから声が聞こえた。
落ち着きのない声。「なぁなぁ!あんた、連続殺人犯なんだって?」
連続殺人犯。殺しの売人。同じ事かもしれない。
落ち着きのない声。「俺はね、チェーネレってんだ。今は通路の掃除中」
「何か用なのか、チェーネレ」
こちらの声に驚きの声を上げるチェーネレ。次いで、喜びの声。
チェーネレ。「あんた、凄いよな!あんた、一体何人を殺したんだい?」
殺し。いつから殺すようになったのか。
殺しの売人。初めての仕事はいつだったか。
チェーネレ。「本当はあんたも犯人なんだよな。皆、噂してるよ」
記憶の糸を手繰る。いつからだ?
初めて殺したのはどんな人間だったのか。
チェーネレの好奇心。「あんたが主犯?あんたが共犯?八年前も関わってたのかい?」
私の声。「それがお前の用件か?」
チェーネレが息を呑む。
慌てた声。「すまない!俺はあんたに挨拶したかっただけなんだ」
私の質問。「今は昼か?それとも夜か?」
慌てる声。「さ、さあ?どっちなんだろうな…?」
私の質問。「チェーネレ。お前はただの掃除夫か?」
チェーネレの誇らしげな声。「俺はこの施設の研究員だよ。今日は俺が掃除の当番なんだ。あんたももうすぐ俺たちと一緒に研究員としての仕事をするんだからさ。だから、挨拶に来たんだよ」
ここは科学研究所だと言っていた。研究員。一体、何の研究員なのか。
このチェーネレという男も科学者といった雰囲気とは程遠い。
「何の研究をしているんだ。どんな事をしている?」
暫し、考え込んでいる様子のチェーネレ。
悩みの声。「何の研究かな?皆で話し合ったり、話を聞いたり、言い争ったり…」
私の顔に笑みが浮かぶ。
何が研究だ。おそらく研究員という名のモルモットか何かだろう。
とは言え、ずっとこの部屋の中で飼われているよりはましであろう。
逃走の可能性を探る事も出来る。
私は扉の向こうの男に言った。
「私は名はリンクスだ」