17:「空白」
誰かの声が聞こえる。
男の声。「気が付かれましたか?」
目を開く。眩しさに目が眩む。
白い壁。白い照明。白い部屋。白い服の男。
私の声?「全て、白いな」
微笑む白衣の男。「ええ。この施設はどこもかしこも白色なのです」
私の声?「良いキャンバスだ。良い絵が描けるな」
狭く白い部屋の中には私と白衣の男しかいない。白衣の男。私と同年齢ぐらいだろうか。ブラウンの髪。ブラウンの瞳。ブラウンの縁の眼鏡。
戻ってくる感覚。私の声。「施設と言ったな?ここはどこだ」
眼鏡の男。「ここは日本政府の科学研究所の一つです」
身体の感覚が回復してくる。締め付けられた身体。ベッドに拘束されていた。
ここは科学研究所というより病院に似た雰囲気を感じる。この男も科学者というよりも医者のように見える。
白衣の男。「私はこの施設の医療主任のフラーゲンと申します。よろしく」
戻ってきた嗅覚。白衣の男フラーゲンから感じる薬の匂い。
私の声?「フラーゲン。お前、俺に薬を打ったな?」
頭が痛む。頭の中のあちこちがぼんやりと白くなっているような感覚。
フラーゲンの笑み。「ええ。あなたの感覚を元に戻す為の薬を投与しました。あなたにもこの施設での研究に参加してもらう事になりますので」
私の声?「ふざけるな!お前らの研究なんぞ知るかよ!」
医者の優しげな声。「それはまだ先の事です。今ではないですよ。今はゆっくりと体を休めて下さい」
フラーゲンは話しながら、カルテにペンで何かを書き込んでいた。
俺の声。「フラーゲン。俺を利用する事なんて出来はしないぞ」
時間。
時が過ぎていく。
ゆっくりとした時間。何もない時間。
考える。
様々な事。今までの色々な出来事。体験。殺し。感情。夢。記憶。
立宮堂一は尾田白蓮を射殺した。私を殺さなかったのは何故だ。私を犯人として扱わなかったのは何故だ。立宮堂一の目的は何だ。尾田白蓮。フィノ・コールヴォ。ヤツらの目的は何だ。
フィノの残した言葉。ウロボロスとは何だ。
死んでしまったヤツら。殺したヤツら。生き残ったヤツら。
生と死。
白い部屋。
何もない時間。過ぎていく。
何もなく。何も出来ず。
考える事しか出来ない。
考える。
あの時、殺されていたらどうなったのだろうか。
私という私はその時に終わるのだろうか。
意識は消え、魂は消え、全て消えてしまうのだろう。
私という私はいつからいるのだろうか。
最初の記憶。三歳の頃。
あの時から私はいる。それ以前の記憶はない。
突然、周りを知覚した記憶。この世界の記憶。母親の記憶。
この身体。この私。私という私がいない時、私はどこにいたのだろうか。
私という私が消える時、私はどこに行くのだろうか。
この私が消えてしまうとは思えない。私は私。
私の意識。私とはなんだろうか。
記憶。たくさんの記憶。
私。たくさんの私。
たくさんの感情。たくさんの心。