10:「疑問符」
ライフルのスコープがヤツを狙う。
金色の髪。金色の髭。
年齢、三十歳から四十歳といったところか。
ヤツの冷たい眼差し。銀色のオープンカーの二人を狙っている。
ヤツと二人の距離。約二十メートル。
静かに獲物を狙う。ヤツ。私。
考える。
ヤツはあの青年があの娘を殺すのを待っている。ヤツはあの青年に目をつけていたのか。あの青年が連続女性殺しの犯人だと見抜いて。あの青年が他の女性を殺した証拠を確認したのだろうか。
私の直感はあの青年が連続殺人犯だと告げている。
いや。かつて私が始末した連続殺人犯と同じような瞳。同じような雰囲気。
例え、同じような思考を持っていたとしても、それを実行するかどうかはわからない。
ヤツが左手で拳銃を構える。
銃口の先には黒髪の青年。
一瞬の思考。
今、ヤツを始末するか。今なら簡単だ。殺せ。
しかし、ヤツの目的は何だ。私の事を知っているのか。私の何を。
ヤツが構えた拳銃を降ろす。
疑問符。
そして、驚き。
こちらを見ている。ヤツの両眼。ヤツの冷たい微笑み。
知っている。ヤツはこちらがライフルで狙っている事を知っている。
ヤツはゆっくりと唇を動かす。何かの言葉。
唇の動きを読んだ。「フィノ…。コールヴォ…」
優雅な動作。ヤツはこちらに向かって優雅にお辞儀をして見せた。
フィノ・コールヴォ。ヤツの名前。
笑っている。フィノは両手を広げた。右手をゆっくりと自分の胸元へ。右手の人差し指と中指。二本の指で自分の心臓の辺りをトントンと叩いている。
ふざけたマネ。
ライフルの引き金。指をかける。
フィノは軽やかなステップでダンスを踊り始めた。おどけた笑顔を振り撒く。
ヤツの足元の落ち葉が軽く舞い上がる。
フィノ・コールヴォの手招き。
どうぞこちらへ。
私はライフルを置き、フィノと二人の日本人の近くへと歩いて行った。
二人の日本人には気付かれていない。
拳銃を抜く。
フィノ・コールヴォはさきほどの場所から動かず、私が来るのを待っていた。
対峙したヤツと私。
暫しの沈黙。
ヤツの低い声。「ゆっくりとした御登場だな」
私の問いかけ。「あの青年があの娘を殺す所を見ていなくて良いのか」
「俺はとても鋭い臭覚を持っているんだよ。優秀な猟犬のようにな」
「その鼻であの青年を嗅ぎつけたという事か?」
フィノの笑顔。自分の言葉を続ける。
「猟犬と言うよりも死臭を嗅ぎつける烏のように」
「いずれ私に見つけられる事は分かっていただろう」
ヤツの嘲笑。「お前が俺を見つけたんじゃない。俺がお前を見つけたんだよ、リンクス。お前があの二人を張っていたから、俺がお前の視界の中に入って来てやったんだ」
なんだと?
フィノの表情。優越感。
「お前は死臭を漂わせ過ぎだ。簡単に見つけられた。御粗末な殺し屋だな」
「そんな事を言いたいが為に八年前の事件を模倣したのか」
「俺の目的を知りたいのか?」
ヤツの両眼を睨み付ける。私の中で何かが唸りを発する。
フィノは眉間に皺を寄せながら小声で囁く。
「俺に勝てたら教えてやるよ」