甘いお返しは?
「なあ恵一、お前、バレンタインにチョコもらったの」
クラスメイトが全員帰ってしまった後。
机に頬杖を突きながら、隣の席に座る恵一を見やる。
いつも少し着崩している制服は、今日もどこか色気を漂わせていた。
あらわになっている鎖骨を横目で見て、視線を窓の外へ向ける。
雲の流れていく空は、まだ明るい。
「んー、俺? もらったよ?」
「……女子?」
「女子しかいないでしょー?」
「あっそ……」
それだけ聞くと、俺は机に伏せて、腕に顔をうずめる。
隣で恵一が動く気配がした。
「どうしたー? あ、女子からチョコもらえなかったからって落ち込んでる? 遥翔かわいー」
「うるせぇ……」
うずめていた顔を上げて睨むと、怯む様子もなく、にっこりと笑い返された。
「拗ねなくていいのに~。なんなら俺があげるけど?」
別に拗ねてるわけじゃない……
いや、拗ねてるのか
毎年ホワイトデーになるたびに、俺は機嫌が悪くなる。
まず、恵一が女子からチョコをもらっているところに嫉妬するんだ。
ホワイトデーに恵一が手作りしたチョコが他の女子達に渡されるのも、なんだか納得いかない。
これは別に、男友達として、俺の独占欲がただ強いだけなのかもしれないけれど。
「……くれんなら、もらう」
「あっはは、やっぱ遥翔かわいー」
こっちを向いて無邪気に笑う姿に、胸がざわつく。
どうしていつも、こうなのだろう。
恵一の笑顔に見惚れて、ほんと、男相手に何を思っているんだ俺は。
「はいどーぞ」
「……ん?」
突然目の前に差し出された紙袋に、俺は少し体を引く。
その茶色い紙袋はカラーテープで飾り付けられていて、小さめだった。
「……なんだよこれ?」
「何言ってんの。ホワイトデーだよ? ちゃんと遥翔にも作ってきたんだから、ほら」
珍しいと思った。
去年だって、恵一は俺にチョコをくれたりなんてしなかった。
紙袋を受け取って恵一を見ると、同じく恵一もこっちを見て笑っている。
「珍しいな」
「……そうかな? 今年は、まあ……」
恵一は目線を逸らしてはにかみ、言葉の最後の方を濁した。
どうせチョコをもらえない俺を気遣ってなのだろう。
紙袋を開くと、可愛らしいラッピングに包まれた生チョコが入っている。
ラッピングから生チョコを取り出して口に入れると、ほんのりと甘さがひろがった。
「甘めだよ。美味しい?」
こくりと頷くと、恵一が照れたように笑った。
なんでここで照れるんだよ。
「遥翔に美味しいって言ってもらえると、なんかすげー嬉しい」
「……別に。チョコ、ありがとな」
「どいたしまして。……ってかさ、遥翔からは何ももらってないのに、俺だけチョコあげてんのってなんかおかしい」
「別におかしくはないと思うけど。いきなりチョコくれたの恵一の方からだし」
残りのチョコを口に入れて舐める。
食べ終わると、紙袋を鞄にしまい込んだ。
隣に座ったままの恵一は、それをずっと見ている。
「ねえ……」
紙袋をしまい終わって顔を上げると、頬杖をついて脚を組んだ恵一が俺を見下ろしていた。
なんだろう、いつものまったりとした雰囲気の恵一とは違う。
「遥翔、なんか頂戴?」
「でも、今何も持ってない……ごめん。また今度返す……」
「そういうのじゃなくてさ」
顔の前で手を合わせようと思ったとき、恵一が言葉を遮って俺の左腕を掴んだ。
腕を掴む力が強い。
やっぱり、いつもと違う。
雰囲気が、なんだか怖い。
「もっと甘いの頂戴よ」
気づいた時には、恵一の顔がすぐ近くまで来ていた。
耳元で囁かれて、背中がぞくりとする。
「甘い……の……?」
「そうだよ。甘いの」
次の時には、自分の唇に柔らかい感触があった。
目の前が恵一でいっぱいになっていて、頭が混乱する。
しばらく動けないでいると、恵一が俺から離れた。
「け、恵一……?」
「チョコのお返しだよ」
「は……」
口が半開きのまま固まっていると、恵一が笑いだす。
また、元の恵一に戻った。
変な汗が背中を伝う。
さっき一瞬見せた恵一の眼差しは、今まで全く見たことのないものだった。
獲物を狙う肉食動物のような。
「なーんてね。冗談冗談。でも、さすがに直接キスはまずかった?」
満足気に微笑んだ恵一は、机の横にかけられた指定鞄を肩にかけて立ち上がった。
それを唖然としながら見つめてから、俺も自分の指定鞄を持って椅子から立ち上がる。
今日の恵一は、よくわからない。
でも、一瞬見せたあの表情を見せたとき、怖さで背中に冷や汗が伝ったものだと思っていた。
けれど、それだけじゃなかった。
初めて見た恵一の姿に、ドキドキしていたのだ。
こんな表情があるのかと。
まだ俺の知らない恵一がいるのかと。
キスをされた時だって、嫌だなんて全く思わなかったのだから。
教室を出ようとする恵一の腕を引っ張って振り向かせる。
そのまま俺は、恵一に口づけた。
「なっ、遥翔……!?」
あまりの不意打ちに驚いたのか、恵一の頬が紅くなっていく。
「ごめん、恵一。俺……」
もう止まんないかも
終わり方、雑かな