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今日がきっと父の日

 帰宅すると、玄関に靴が二人分揃っている。

 さくらが今日休みだったのは知っているが、まさか父親がこの時間にいるとは思いもよらなかった。

「ただいま……」

 お帰り、と迎えてくれた双子の姉はいつもと変わりない気がする。

 良かった。今日は普通みたいだ。

 それにしても、昨夜はなんだったんだろう?

「ねぇ、もしかして、お父さんいるの?」

「うん。今日は午後休みにしたんだって」

「ふーん……」めずらしいこともあるものだ。仕事人間のくせに。

 梨恵は服を着替えてリビングに戻った。

 さくらは忙しそうに夕飯の支度をしている。風呂場の電気が点いていたから、父は風呂に入っているのだろう。

「ねぇ……」

 どのタイミングで昨日買ってきたプレゼントを渡そう?

 梨恵が思案しながら姉に声をかけた時だ。

 さくらが突然、手を止めてこちらを見つめてきた。

「昨日は、ごめんなさい」

「え?」

「私、ちょっと混乱してて……」

 そうだろうな、と梨恵は思った。いつもの彼女らしくなかった。

 突然妙なことを言い出した理由については、今日、優作本人から聞いた。

「ああ、優ちゃんとのこと?」

 さくらは頬を微かに染めて、小さく頷く。

 こんな表情はめずらしい。

「私……その……」

 知ってるよ、と言おうとして梨恵は口をつぐんだ。

 優ちゃんのことが好きなんでしょう?

 しばらく二人の間に沈黙が降りる。

「今までずっと黙ってたけど……本当は……」

 ダメだ、我慢できない。

「好きなんでしょ? 優ちゃんのこと」

 さくらはぱっと顔を上げる。初めてこんな顔を見た。

「……うん」

「あたしが気づいてないとでも思ってたの? バカにしないでよ」

 およそ人の気持ちの機微に疎いという自覚はあるが、こればかりはすぐにピンと来た。

 ごめん、とさくらは申し訳なさそうに言う。

「あんな人、どこがいいの?」

 梨恵は思わず、心からそう訊ねた。

 するとさくらは目を丸くして、

「それはこっちのセリフだわ。あなたこそ、優作君のどこがよかったの?」

 二人は顔を見合わせて、それから同時に笑いだした。

 今頃、優作はくしゃみを連発しているに違いない。

「いいんじゃない? お似合いだと思うわよ。あたし、優ちゃんのことはきれいさっぱり忘れたわ。向こうがどう思ってるかは知らないけどね」

 だからさっさと告白しなさい……。

「それより。ねぇ、ちょっと訊きたいんだけど……男の人って、好きでもない女の子にキスしたりしないよね?」



 三人揃って食卓を囲むのは、もしかしたら初めてかもしれない。なんだかぎこちない。何か話さないと。

 そう焦れば焦るほど、これと言って話題も見つからない。

 仕事の話なんかしたって、さくらはともかく梨恵は退屈するだろう。

 そうかと言って、今時女子高生の興味のありそうな話題など見当もつかない。

 食事中はテレビをつけない、なんていう決まりを作るんじゃなかったか……。

 聡介は箸を持ったまま少しの時間、固まっていた。

「ねぇ、お父さん」

 いきなり梨恵が口を開く。

「な、なんだ?」

「男の人って、好きでもない女の子にキスしたりしないよね?」

 飲みかけのお茶が、気管支に入りそうになる。

「ごほっ……!!」

「大丈夫? お父さん」

「だ、大丈夫……だが、なんでいきなりそんなことを……?」

 次女は少し恥ずかしそうに、

「……ちょっと聞いてみただけ」と答えた。

「何か……あったんだな?」

 双子がチラリと目配せし合う。こんなことは今までなかったな、と思うと同時に、どこのどいつが……と、すぐに思い当たる人物がいた。

 あいつだ。間違いない。

「言っておくがお父さん、確実に急所を外して撃ち抜く自信があるからな……」

「いいじゃない、キスぐらいなら」

 い、今どっちが言ったんだ? 二人とも同じ声をしているからわからない。

「と、とにかく! 不純異性交遊だけは許さんぞ」

 軽い気持ちで男と遊んだ挙げ句、痴情のもつれで殺人事件にまで発展することなんてままあるんだからな……と、言いかけてやめた。およそ十代の娘にする話ではない。

「やだ、お父さんたら、ふっるーい!!」

 梨恵は大笑いし始めた。

 さくらも笑っている。作った笑顔ではなく、たぶん心から。

 あはは、とひとしきり笑ったあと、梨恵は食器を流し台におき、自分の部屋に戻った。

 それからすぐ、再び台所に姿を表す。

「じゃーん!」

 テーブルの上に、綺麗に包装された四角い箱が二つ置かれる。

「こっちはお父さん、こっちはさくらに。あたしからのプレゼントだよ」

 聡介は思わずカレンダーを見た。

「……今日、何かの記念日だったか?」

「別にいいじゃない。なんでもなくたって。こういうのは気持ちが大事なんだよ」

 驚いた。

 今までいわゆる【父の日】にだって何かをもらったことはない。

 作文に自分のことを書いてもらったことも、似顔絵を書いてもらったこともない。

 今までは一緒に暮らしている他人に過ぎなかった。

 開けてもいいか? と、聡介は包みを開封する。

 紺色の地に水色のストライプが入ったオーソドックスなネクタイ。

「お父さんとさくらに、いつもありがとうって。小松屋で働き始めて、初めてもらったバイト代で買ったんだよ?」

 突然、胸にこみあげてくるものがあった。

 言葉が出ない。

 聡介は思わず立ち上がり、娘を腕に抱き寄せた。

「……ありがとう……」

 すると次女は突然、泣き出しそうな顔になる。

「あたし、お父さんの娘だよね? ここにいていいんだよね?」

「当たり前だ……!!」

 良かった、と涙声になる。

「お母さんがいなくなって、あたし……もう、家族じゃないって思われてたら……」

「そんなこと言うもんか。お前もさくらも、可愛い俺の娘だ」

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