リーゼントとか……
その日、梨恵は慧と一緒に学校へ向かった。
思うところをすっかり彼に打ち明けたら気分が晴れた。
元々深く考えるのが苦手なタイプだ。梨恵は普段通りのテンションを取り戻していた。
「梨恵……お前、気をつけろよ?」
突然、慧が言う。
「え、何が?」
「昨日聞いたんだが、あの北川明奈って……」
「ああ、あいつ。なんとかっていう暴走族のリーダーなんだってね」
「知ってたのか?」
「うん。いつだったかな……古い知り合いから電話がかかってきて、気をつけろって教えてくれたのよ」
それはまだ梨恵が今の学校に入ったばかりの頃に付き合いのあった、ヤンキーの一人である。
彼は不良を自称しているが、どちらかと言うと小心者で、いつもなんとなく梨恵に親切にしてくれた人だ。
「その人がね、宮島にすっごく強い人がいるって紹介してくれたんだよ。あの女のチームと張り合ってるって言ってた」
「なんだよ……その強い人って」
「何とか会っていう暴走族のヘッド」
「……」
「カッコいい人だったんだけど、さすがにこれ以上、暴走族の知り合いを増やすのもなぁって思って……名前と連絡先は聞いたけど……結局、連絡は取ってない」
「それは、懸命だな」
「あたし、大人しくしてることにした。あいつとは関わらないようにする。ケンカ売られても買わないって決めた。それに、ほんとにヤバいって思ったら……お父さんに頼むから」
慧が隣を歩いていると思っていた梨恵は、いつしか彼の姿がなかったことに気づいて、恥ずかしい気持ちと怒りが沸いてきた。
独り言を呟いていたみたいじゃない!!
「ちょっと、慧ちゃん?!」
どこにいるのかと思ったら、彼はポカンとした顔で足を止めていた。
はっと我に帰り、急いで追いかけてくる。
「……なんなのよ、もう!!」
「だって……あまりにもびっくりして、つい足を止めちまった」
梨恵は思い切りあかんべーをしてみせて、学校へ向けて先に走りだした。
教室に入ると既に半分ぐらいは席が埋まっていた。
梨恵は思わず北川明奈の姿を探した。
関わり合いにはならないと決めたが、もしまたあの女がケンカを売ってきたりしないだろうかと、やはり気にはなるのだ。
しかし姿が見えない。
梨恵は近くにいた生徒を捕まえて訊ねた。
「ねぇ、あいつどうしたの?」
「あいつって?」
「……北川明奈よ。あのヤンキー」
「知らないの? あいつ、捕まったんだよ」
「捕まった……?」
「昨日、渡場の辺りで例によって暴走してたら、とうとうおマワリに捕まったんだって」
「それ、ほんと?」
「ほんとだって!! 現行犯逮捕っていうの? とにかく、すごかったらしいよ」
なんだ。
梨恵は心底ほっとした。
「とりあえず、一段落してよかったな」
学校帰り、慧は今日も梨恵を家まで送ってくれると言ってくれた。
「うん。もしかして、うちのお父さんが捕まえたのかな?」
「たぶん、違うと思うけどな……」
「どうやって捕まえたのかな。やっぱり、バーンって拳銃撃ったりしたのかな?」
「マンガじゃあるまいし」
梨恵はちらりと慧の横顔を見上げた。
「慧ちゃん、知らないでしょ? うちのお父さんって、実は拳銃を撃たせたらすごいんだよ。昔、コンテストで一位を獲ったこともあるんだって」
「え……?」
なぜか彼の顔が青ざめる。
「だから、こないだのことをうちのお父さんが知ったら……慧ちゃん、無事じゃ済まされないかもね」
彼は完全に足を止めてしまった。
「大丈夫。あたしまだ、あの時のこと誰にも言ってないから」
あの時のこと、というのは前触れもなく突然、慧がキスして来た時のことだ。
全然、嫌だとは思わなかった。
「でもねぇ~……」
「た、頼む! 絶対に言わないでくれ!!」
楽しい。
いつもなんとなく優作とは違った偉そうなことばかり言う彼が、相当焦っている。
「言わないでおいてあげる代わりに、またデートしてよ。慧ちゃんを連れて歩いてると、すごい自慢になるんだからね」
「……定休日にしてくれ」
「わかってるよ。ねぇ、今度はどこに行こっか?」
これから先、彼と一緒ならどこにでも行けそうな気がする。
梨恵はそんなふうに考えていた。