父と娘の晩秋デート:2
ただ、と聡介は続ける。
「あれのことは、正直言って俺も未だに理解できない。あんなのから、よくお前みたいな娘が産まれたものだと……」
「私は……お父さんの娘だもの」
そうだな、と父は苦笑する。
「梨恵だって、そうだぞ。俺の娘だ」
「……」
「昨夜は本当に、正直言って驚いた。嬉しかったんだ……知らない内にあの子が随分成長していたと思って……」
その通りだ。
でも、認めたくなかった。
自分の存在意義を奪われるような気さえしていたからだ。
その上自分は、父親の前ですごくみっともない姿を晒してしまった。
さくら、と優しい声で呼びかけられる。
「お前も梨恵も、他に代わりなんていない……大切な可愛い娘達だ」
うん、知ってる。
でもそれ……『可愛い娘』は、今までなら自分だけの【称号】だったはずだ。
「昨夜は、嬉しかった」
「え……?」
「お前もちゃんと、怒ったり取り乱したりするんだと思って」
再び、驚きに声を失う。
「ごめんなさい……」
反射的にさくらはそう口にしていた。
「違う、そうじゃない。そうじゃなくて……」
目的地付近に着いたらしい。
聡介は車を路肩に停めて、ハザードランプをつけた。
「お前はきっと、本当は言いたい事がたくさんあるのに、いつも胸の内にしまい込んで口にしないんだろう?」
「……お父さん……」
「どうして、今までそのことに気付かなかったんだろうな? 俺はさくらのことを一番大切に思っているつもりでいたが……どうやら自己満足だったらしい」
「違う。違うのよ、お父さん!!」
さくらは必死で叫んだ。
「お父さんが私の幸せを考えてくれてるのは、よくわかってる……」
初めて聡介が和泉を家に連れてきた時、その時にはまったく気付かなかった。
梨恵が『あんたのお婿さんにするつもり』なんて言い出した時、はっと気がついた。
父は彼を心から信頼している。それは傍から見ていてよくわかった。
優しい人だと思う。
この人となら、父が望む通りの将来を描けそうな気がする……。
でも。
「彰彦とのことは、その……お父さんに気を遣わなくてもいいからな」
「え……?」
思わず父親の横顔を凝視してしまう。
「お前も、もう十六だから……好きな男の一人二人いたっておかしくはないよな。友達とそんな話もするんだろう?」
むしろ、そんな話ばっかりだ。
「……うん……」
「誰か好きな男の子はいるのか? お父さんは肝心の部分を飛ばしていたな、と思って今頃、反省しているんだ……」
お父さんはいつだって私のためを思ってくれている。
さくらはそのことを知っていたから、本当のことが言えなかった。
さくら、と父から優しい声で呼びかけられる。
「俺はお前の、本当の気持ちが知りたい。何を聞いても驚かないし、どんなことを聞いても叱ったりしない。だから……話してくれないか」
誰かに何か言われたのかしら?
一瞬だけそう考えたが、そんなことは重要じゃない。
「……でも、私……」
「俺の前で『いい子』でいる必要はないんだよ。どんなにびっくりするようなことを言われても、さくらはお父さんの自慢の娘だ」
もう、黙っていることはできない。
それからさくらは優作のことが好きなのだと、父親に打ち明けた。
入学したばかりの頃、彼と親しくしていたら、クラスメートから様々な嫌がらせに遭ったこと。そして、梨恵と同じ人を好きになってしまったことで苦しんだこと。
父は黙って、ただひたすら話を聞いてくれた。
そうして。
言いたい事をすべて打ち明けた頃、父は微笑んでいてくれた。
「話してくれて、ありがとう……」