そんなことは忘れたな
今でもそうですが、小学生の頃は、平日に休めるってなんか気分が良かったですね。
今日、父親はめずらしく出かけると言って朝から不在にしている。
月曜日という平日に学校が休みというのも不思議な気分だ。
一人で家にいたってつまらないので、優作も出かけることにした。
行く先について迷うことはない。
小松屋の暖簾は出ておらず、定休日の札がかかっていた。
そこで優作は今岡家の私的玄関に回り、チャイムも押さずにドアを開ける。
「……慧、いるか?」
「ちょっと優ちゃん!!」
さくらと同じ声で怒鳴られ、びくっと震えあがってしまう。
梨恵が目の前に立っていた。
「な、なんで……?!」
「あんた昨日、さくらに何を言ったのよ?!」
「な、何って……」
「自分から別れたいって言ってきたくせに、何なの?! なんだか、まだあたしと優ちゃんが付き合ってるみたいな言い方したって聞いたわよ!!」
「そ、それは……」
「おかげでさくらったら、すっかり怒っちゃって。あたしのことい……もごっ!?」
奥から急いで出てきた、慧が彼女の口を塞ぐ。
梨恵が何を言おうとしていたのか知らないが、どうせロクなことではないだろう。
「よぉ。そういや、今日は学校休みだったっけ?」
気のせいだろうか、慧の表情がいつもより二割増し明るい気がする。
「聞いたぜ、昨日の話。お前、アキ先生のことが本気で好きだったのか?」
誰に? などと訊ねるまでもない。
「……あの人の言うことを真に受けるな、と子供の頃、お前が俺に言ったんだぞ」
そうだったっけ? と慧は笑っている。
そんなことより。
「さくらが……怒ってた……?」
なぜだ?
「なんだかよく知らねぇけど、お前の言動はとにかく他人に誤解を与えやすいからな。そのままにしておくと、彼女のお父さんにもいい印象を持たれないぞ。何しろ向こうは現役警官なんだからな……下手すると、拳銃で撃ち抜かれたりしてな」
「ま、まさか……」
あの父親が、娘を目に入れても痛くないほど可愛がっているのは確かな事実だ。
でもまさか、そんな私情で銃を撃ったりは……いや、わからない。
いつも傍にいるあの和泉彰彦が何か唆して……!?
背筋を悪寒が走った。
明日、学校で会ったら本当のことを言おう。
今こそ、さくらに本当のことを。
そうだ。
いい加減、勇気を出して本当のことを言わないと。
愚図愚図しているうちに、彼女を誰かにとられてしまうかもしれない。そんなのはごめんだ。
目が覚めたら正午を回っていた。
人間って、こんなに眠れるものなんだな……とさくらは驚いていた。
いつもは目覚まし時計をセットして、朝早くから起きていろいろと忙しくしている彼女は、寝坊なんていう単語とは無縁だった。
ノロノロと起き上がり、顔を洗いに洗面所へ行く。
掃除しなきゃ。洗濯機も回して、それから……買い物に行かないと、冷蔵庫にほとんど何もなかった気がする。
昨夜はあんなことを言ったけれど、自分はたぶん、元々『普通』じゃなかったのかもしれない。
結局、いつもと何も変わらない。
起きたらまず家のことをして、それから……。
さくらは苦笑して自分の部屋に戻ろうとした。
「さくら、起きたのか」
思いがけず父親の声がして、驚いて振り返る。
今日は月曜日だったはず。
「お父さん……今日、仕事じゃないの?」
父は笑っている。
もう、昨日のことは怒っていないみたいだ。
「急遽、休みにした。それでな、さくら。お父さんと一緒に出かけよう?」
「出かけるって、どこへ……」
「いいから、早く着替えておいで」
訳がわからないまま、さくらは部屋に戻って服を着替えた。