うちの子に限って、とは誰もが思うこと
「彼女とお友達の会話から察するに、どうやらカラオケボックスに行った様子です」
運転席の和泉はのんびりとした口調で言う。
「なんだ、それは?」
「聡さんはほんと、世事に疎いんですねぇ。文字通り、コンテナみたいなプレハブ小屋を繋げている場所にカラオケの機械を持ち込んで、あ、そもそもカラオケってわかりますか?」
「バカにするな! それぐらい、俺にだってわかる!!」
さくらがいつまでも帰って来ないことが心配で、気をもんでいる聡介は、和泉のくだらない冗談がいちいち気に障った。
「心配しなくても大丈夫ですよ。彼女の居場所なら把握できています」
「な、なぜだ……?」
すると和泉は少しの間沈黙を守り、それから答えた。
「最近、さくらちゃんには時間にも気持ちにも、少し余裕ができたんじゃありませんか?」
確かにそうだ。
「こないだはお友達と一緒に寄り道して帰ったっていう話、してましたよね?」
「ああ……」
「何となく、ですが。嫌な予感というか……今時高校生の事情を把握している身としてはですね、さくらちゃんみたいな真面目で融通の効かない子が、割と適当に生きているまわりのお友達と一緒にいると、あまり良くない影響を受けるのではないだろうかと……危惧している訳でしてね」
確かにそうだ。
さくらの通う学校は進学校としてそれなりに有名だが、すべての生徒が真面目な訳ではない。
現に時々、彼女の同級生が煙草を吸っていたことが大問題になり、注意するよう保護者達に連絡が回ってきたこともあった。
昼間は普通の顔をしていて、夜はヤンキーと化す、そんな生徒もいるかもしれない。
「ですから、優君に発信器を持たせておきました」
「何だって……?」
「何か異常があればすぐに、公衆電話から連絡するよう言ってあります。これ、見たことあります?」
和泉はポケットから小型のボイスレコーダーのようなものを取り出した。
「なんだ、これは……?」
「ポケベルですよ。その内、聡さんも持たされることになると思いますよ」
これは、いつかテレビで見た光景だ。
バイクに乗った大勢のヤンキー達が一般人のカップルを取り囲んで、鉄パイプやチェーンを振り回しながら、暴力沙汰に巻き込んで行く。
テレビドラマなら危機が迫った時に、警察なり、相手よりももっと強いヤンキーが仲裁に入ってくれるのがお決まりのパターンだ。
でもこれはドラマじゃない。
さくらは恐怖で足が竦むのを感じた。
優作は怖くないのだろうか?
そう思っておそるおそる、彼の横顔を見上げた。バイクのライトに照らされた彼の表情は、何の変哲もないように見える。
どうしてこんなに落ち着いていられるのだろう?
「……心配するな」
そんなこと言ったって!!
気がつけばさくらは、優作にしっかりと肩を抱き寄せられていた。
「きっともうすぐ、助けは来る」
何を根拠にそんなこと言ってるのよ?!
さくらはしかし、胸の内だけでそう叫んだ。
その時だ。
ファンファン、とお馴染みのサイレンが響く。
警察だ!!
いわゆる白バイ隊員だろうか、制服姿の警官達が一斉にヤンキーの集団と対峙する。
警笛の鳴り響く音。
意味不明な怒号。そして、金属同士がぶつかり合うような音。
まるで目の前で映画を見ているような気分だった。
『いいかい? 何かおかしいと思ったらすぐにこの番号にダイヤルしてね。ちなみにこれ、電話じゃないから通話はできないよ』
『……なぜ、こんなものを持つ必要があるんだ?』
『さくらちゃんのことが心配じゃない?』
『……否定はしない……』
『これからお友達と、打ち上げと称してカラオケに行くんだって。優君もさっき誘われてたでしょ?』
『断ったんだが……』
『ダメダメ、やっぱり一緒に行くって言ってきて。もし、久保2丁目とか新開とか行くようならすぐに連絡してよ。あそこは高校生の出入りするような場所じゃないからね。それに……』
『それに?』
『ヤンキーに絡まれるようなことがあったら面倒でしょ? 優君のこの細腕で、さくらちゃんを守れるの?』
体育祭が終わり、自分の人生も半分終わったようなものだと思いながら優作が帰り仕度をしていた時だ。
リレーと借り人競争を交換してくれと言ってきた男子生徒が、声をかけてきた。
これから皆で打ち上げにカラオケに行くから一緒に行こう。お前の分は俺が払ってやるから、と言われて、初め優作は断った。
学校の外でまで同級生と行動を共にしたくない。
男子生徒はふーん、とだけ言って去って行った。
和泉が声をかけてきたのはその直後だ。彼は何を考えているのか、いきなり小型ラジオのようなものを手渡してきた。
どうやら、緊急時の連絡手段のようだと優作は理解した。
だが、なぜこんなものが……?
しかし今なら、彼の先見は間違っていなかったことがよくわかる。
同級生達は出入りこそ禁止されていないものの、近づくことは良くないと暗黙の内に了承しているはずの繁華街へ近付いて行った。
さくらは何も気づいていないのか、友達とのおしゃべりに夢中だったからか、何の疑問も持たずにくっついていってしまった。
そして今、和泉の言うことを聞いて本当に良かったと優作は思っている。
まさかこんなことになるなんて……。