リクルートエージェント(?)
尾道駅(南口)の改札が自動改札に替わっていたことにびっくりしました!!
大雨が降って中止になってくれればいいのに、とうっすら考えていた優作の願いは届かなかった。
その日は朝から快晴で、絶好の体育祭日和である。
来なくてもいいのに父親が見に来るから、と言っていた。
高校生にもなると、親が学校に来るのは三者面談でもない限り、やや恥ずかしい。
自分が出ることになった借り人競争は、最後のクラス対抗リレーから数えて2番目となっている。
あんなこと了承するんじゃなかった……と、今さら後悔している。
優作は足取り重く、更衣室からグラウンドに向けて歩いていた。
グラウンドは校舎から少し離れた場所にあり、その上、更衣室からもかなり歩かなくてはならない。
「どうしたの? そんな暗い顔して」
「ほっといてくれ……って、アキ先生?! なんで!!」
不意に後ろから声を掛けられて振り返ると、なぜか和泉がカメラを片手に立っている。
「さくらちゃんのお父さんに頼まれたんだよ。今日、仕事で来られないから体育祭の様子を写真に撮ってきてくれって。優君もちゃんと撮ってあげるからね。ちょうど上手い具合に転んだ瞬間とか」
「……」
「そう言えば優君、何の競技に出るの? どうせ目立たなくて、そんなに力入れなくても済む競技でしょ。あ……さくらちゃんだ!」
顔を上げると確かに、前方をさくらが二人の友人達と一緒に歩いている。
そして。和泉は何を思ったか、
「さくらちゃーん!!」
なんでこの期に及んで呼びかけるんだ!!
優作は思わず彼の肩を掴んだ。が、ビクともしない。
振り返ったさくらの表情は、今まで見たことがないほどに悲壮だった。
彼女と一緒にいた友人達は目を丸くして、それからキャアキャア騒ぎ出す。
え、誰?!
例の彼氏?!
「どーも、初めまして。僕のハニーがいつもお世話になってます」
そしてよりによって、和泉はさくらの友人達に向かって話しかける。
優作は慌てた。
これでさくらの友人達は和泉のことを完全に『さくらの彼氏』だと認識したことだろう。
きゃーっ、とさくら以外の少女達は黄色い声を上げる。
こいつ……いったい俺に何の恨みが……?!
優作は思わず、和泉の横顔を睨んだ。
「あ、ちなみにね。僕のハニーっていうのはこの子のことだから」
ぐいっ、と肩を抱き寄せられて優作はバランスを崩す。
「え……?」
「ねぇ? 優君」
つん、と鼻先を人差し指でつつかれる。
「ところでお嬢さん達、もう進路は決めてるの? 広島県警に入らない? 待遇は悪くないと思うよ。仕事はきついけど、やり甲斐だけは保証するよ」
寝坊してしまった。
どうして起こしてくれなかったのよ?! と、梨恵を心の中でさくらに文句を言った。
今日は慧と一緒に福山へ行く約束をしていたのに。
午前十時に尾道駅前で。時間は軽く十分オーバーしているが、ゴールまではあと約百メートル。
慧の姿が見えた。遠目にもむっつりと怒っている表情がわかる。
「ごめん、遅くなって!!」
息を切らし、肩を激しく上下させながら、まともに顔を合わせることができず梨恵は俯いた。
「時間が守れないなら、約束なんかするな」やっぱり相当怒っている。「……って、優作なら言うだろうな」
驚いて梨恵が顔を上げると、慧は笑っていた。
「もっと遅い時間にすれば良かったな。疲れてて、起きられなかったんだろ?」
確かになかなか起き上がれなかった。
何度か目ざまし時計が鳴っていたが、あと少しを繰り返し、気が付けばとんでもない時間になっていた。
「気にすんな、ほら行くぞ。そろそろ電車が来るから」
(慧ちゃんって、こんなに優しい人だったっけ?)
梨恵の認識では今岡慧とは、いつも怒っていて厳しいことばかり言う人である。
しかも彼の言うことは間違っていなくて、反論の余地を許さない。
「……何だよ?」
気がついたら梨恵は、じっと慧の顔を見つめていたようだ。
「俺が男前だからって、見惚れてたのか?」
「ううん、違う」
否定するなよ、と彼が肩を落とした時に電車がきた。
二人がドアの脇の手すりにつかまって並んで立っていると、反対側のドアの方に立っていた二人連れの女性がちらちらと、慧の方を見てひそひそ何か話している。
はっきりとは聞こえなかったが『あの人カッコいいね』と、どうやら慧のことを言っているようだった。
さっき自分でも言っていたが、彼はやはり誰が見ても『男前』なのだ。
だから学校でも人気が高い。
冷静に考えたら自分は、他の女の子たちから羨まれるようなことをしているのだ。そう思うと気分が良かった。
福山に着くと日曜日だからか、やはり人が多い。
「ところで、どこに行くんだ?」
「こっち、来て」
夏休みに優作と一緒に福山へ行った時、商店街の一画に『MITSUe』の店を見つけたので、今日は絶対にそこへ行くと決めていた。
あの時、何故あんなに優作の機嫌を損ねてしまったのか未だにわからない。
しかし今となってはどうでもいいことだ。
女性好みの可愛らしい雑貨が所狭しと並べられている店内は、当然ながら若い女の子の客で溢れかえっている。
「俺、外で待っててもいいか?」
「ダメ。慧ちゃんも一緒に選んでよ。秀美さんにプレゼントするんだから。あと、さくらにもね」
「へぇ……どういう風の吹きまわしだ?」
梨恵は慧に向かってあかんべーをした。
梨恵が秀美とさくらに何かプレゼントしようと思ったのは、小松屋で初めてバイト代をもらった時のことだ。
今までバイト代はすべて自分のために使っていたが、たまにはそういうお金の使い方をしてもいいだろうと思った。
ちなみに梨恵は、買い物に関してはなかなか決断できないタイプである。
慧がうんざりした気分を隠そうともしなかったほどだ。
それでも彼は文句を言ったり怒りだしたりすることはなかった。
とうとう【借り人競争】の時間がやってきた。
優作はウンザリしながら、入場の列に並んだ。
ここまでくるといっそ、果たしてどんなお題が書かれているのか、そっちの方が気になって仕方がない。
それにしても……和泉はいったい何を考えているのだろう?
あんな余計な情報を、よりによって彼女の友人達に吹き込むなんて。
さくらのこちらを見る目が痛かった。
誤解だ。
しかし、ああいう時に下手に取り繕うようなことを騒ぐのは逆効果である。
仕方がない。優作は考えるのをやめた。
パン、とスタートの号令がかかる。
走るのは嫌いだが、短距離ならどうにかなる。お題の書かれたメモを拾う。
【あなたが今、一番好きな人】
そう書かれていた。
そんなの、さくら以外にいる訳がない。
だが……仮にさくらを連れてゴールしたところで、お題を全校生徒及び保護者の前で発表されることになる。
そうだ、父親にしよう。
父親から直々にファザコンのお墨付きももらったことだ。
『好き』にはいろいろな意味がある。優作は保護者席に父親の姿を探した。
見つけた。
父親に近づくと、すぐ隣に和泉がいた。カメラ片手にニコニコしている。
優作は思わず彼を睨んで、父親に一緒に来てくれるよう声をかけた……つもりだった。
恥ずかしいので、ロクに確認もしないまま父の手を掴んだつもりで走りだす。
「え、なになに、なんて書いてあったの?」
そして、後ろから聞こえた声は……。
恐ろしくて振り返ることができないでいる。
『はーい、一年二組有村君ゴール~……さぁ、お題には何て書いてあったんでしょうか!?』
ゴールに立っているのは現生徒会長。
メモを見せるよう強制される。
『あなたが今、一番好きな人、それがこの方なんですね?!』
「え、そうなの?! いやぁ、嬉しいなぁ~」
優作はおそるおそる、隣を見た。
和泉が笑顔で立っている。
それからゆっくりとさくらの姿を探す。目が合った。
終わった……彼はそう思った。
言い訳します(汗)
やっぱりどうしても、作者の思い入れが強いキャラが前面に出てきてしまいますね……。
お前、今回サブだろ?!