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剣と魔法で闘う刑事

かつては、ほんとに【GL】というのはグループリーダーの略だと思っていました。

っていうか……だんだんサブキャラだったはずの奴がメインキャラを押し退けて前面に出てきてしまっていて、しくじったと思いながらも……もう今さら引き返せないのよ!!(?)

 シャワーを浴びながら梨恵は、自分でもひどく驚いていた。

 あんなふうに自分を制することができたなんて。

 以前の自分なら、あんなことをされたら間違いなく手が出ていた。そうしてまた停学処分を食らうか、小松屋での職を失うか。

 腹が立ったのは確かだが、どこか冷静なもう一人の自分がいた。

 その時頭の中に、さくらならこんな時きっとこうするだろう、という考えが浮かんだのだった。それは今までにないことだった。

 風呂場から出ると着替えが用意されていた。

「梨恵、いるか?」

 慧が様子を見に三階に上がってきた。

「大丈夫か?」

「うん、さっぱりした」

「挑発に乗らないでよく頑張ったな、えらいぞ」

「自分でもびっくりした、こんなことができるなんて」

「成長したな」

「うん」

 きっと今は心から笑えている、そんな気がした。

「……」

 しかし、なんとなく慧の表情がおかしいことに梨恵は気付いた。

「慧ちゃ……?」

 気がつけば慧の腕の中に抱きしめられ、唇を塞がれていた。

 やがて。

「……ごめん!!」

 慧はそう叫んで慌てて梨恵から離れると、逃げるように階段を降りて行った。



 イヤープロテクターを外すと、ややあって聴覚が元に戻る。

「すごいですね、聡さん。噂には聞いていましたけど……」

 聡介は以前から射撃が得意だった。

 警察学校にいた頃、滅多に生徒を褒めない教官が、射撃に関してだけは聡介を褒めてくれたぐらいだ。

 勘を鈍らせることがないように、今でも暇を見つけては時折、射撃訓練をすることにしている。

 今日は和泉も一緒に連れて来ていた。

「ま、こんなものは使わないで済めば、それに越したことはないんだが」

 そうですね、と言っている和泉の方の的を見ると、かくいう彼も相当の腕前であることがわかる。

「お前だって腕は確かじゃないか。そう言えば、前は銃器対策課にいたんだったな」

「……僕よりもずっとすごい人がいますよ。それに、僕はどちらかというと飛び道具よりは剣と魔法で闘うタイプなんで」

「ま、魔法……?」

「そんなことより、例の『アキナ』という少女のことですが……」

 昨日、さくらがヤンキーに声をかけられたらしいと聞いて、聡介は心臓が縮み上がる思いをした。

 幸いなことに事なきを得たようだが、相手は彼女のことを梨恵と間違えていたらしい。

 おまけに気になることを言っていた。

『アキナに気をつけろ』

 そう言えば少し前に梨恵が学校でケンカ騒ぎを起こした時の、相手の少女がそんな名前だった。

 気になったので調べてみたところ、何と彼女には多数の補導歴があった。

 何となく普通ではないと思っていたが……。

「生安の少年係に知人がいて、彼から聞いた話なんですが……北川明奈と言う少女は【県東鬼龍会】のGLだそうですよ。ちなみにガールズラブの省略ではありません」

「彰彦、頼むから俺にもわかるように話してくれ」

「県東鬼龍会っていう暴走族のグループリーダー……つまり、ヤクザでいうところの若頭じゃないですか?」

 聡介は思わず息を飲んだ。

 梨恵は、娘はそんなとんでもない相手にケンカを売ったというのか?

 背中を嫌な汗が流れた。

 この頃は全国的に暴走族同士の抗争が激化している。他県では死者が出るほどの事件も発生しているほどだ。

 県内では生活安全課と交通課の把握している限り、対立する二つのグループがほぼ三日置きに騒ぎを起こしているらしい。

 恐らく県東鬼龍会なるのがその1つだろう。

 それと、正式名称は知らないが『なんとか鳳凰会』とかいう、ごたいそうな名前をつけているグループのリーダーはめっぽうケンカに強いらしく、県内の交通課ではその名前を知らない者がいないと言われるほど有名人なのだそうだ。大型二輪を自由自在に乗りこなし、約三十名は仲間がいるらしい。

「聡さん」

「……なんだ」少し頭痛がする。

「烏合の衆を上手く解散させる方法は……頭を砕くことですよ。ま、我々が放っておいても勝手にやり合って自滅するんじゃないかとは思いますが」

 確かにそうかもしれない。

「そんなに心配なら、お嬢さん達に鈴でもつけておけばいいんですよ」

「他人事だと思って、お前は……!!」

 すると和泉は何か言いたげな表情を見せたが、黙ってしまった。

 実際に鈴をつける訳にはいかないが、とにかく娘達には慎重に行動するよう言い含めておくしかない。

 また携帯電話が普及していなかったこの時代、防犯と言えばブザーぐらいだった。



 今日も忙しかった。

 最後の客を送り出して、後片付けをしたら、ようやく椅子に座れる。

 梨恵ははぁ、と息をついた。

「お疲れ様、梨恵ちゃん。今日もよく頑張ってくれたわね」

 仕事中は一切の甘えを許してくれない女将の秀美だが、業務が終わると途端に優しくなる。

 仕事にはだいぶ慣れた。自制することも学んだ。

 うん、と返事をすると彼女は微笑んだ。

「なんだか梨恵ちゃん、顔つきが変わったわね」

「……そう、かな?」

「前から可愛い顔してたけど、なんていうか、落ち着いたっていうか……このままずっとうちの看板娘でいてね。実は、最近は梨恵ちゃんを目当てに来てくれるお客さんもいるんだから」

「ほんと?!」

 嬉しくなってしまう。梨恵は自分でも声が弾んだのがわかった。

「本当よ、ねぇ、慧?」

「……まぁな……」

 職場の同僚、かつクラスメートは面白くもなさそうに返事をする。

 梨恵に言わせれば、男性客の大半は秀美を目当てにくるのではないかと思う。逆に女性客は慧に会いたくて……。

 この親子は顔立ちがよく似た美形だ。

 ただ1つだけ梨恵には不思議なことがあった。

 慧とは血がつながりのないという店主は、外見だけで言えばおよそ異性に人気の出るタイプではない。

 顎なんか四角いし、目は細いし、眉毛は太くてカモメみたいにつながってるし……。

 それに比べたらうちのお父さんの方が数千倍ハンサム!! なんて、絶対に口に出しては言えないけれど。

 そして梨恵は例によって深く考えることなく、ふと思いついた疑問を口にする。

「ねぇ、秀美さん。どうして今岡さんと結婚したの?」

 2人が再婚であることは聞いている。慧の父親は既に亡くなっている、とも。

 すると彼女は笑って、

「あら、そんなこと。好きだからに決まってるじゃないの」

 そんな当たり前の答えが、梨恵にとってはひどく新鮮に思えた。

 それはそうだ。男性と女性が出会って、愛し合うようになって結婚する。それがごく普通のあり方なのだ。

 うちの両親は……。

 梨恵が母親から聞かされたのは、だいたいが父親の悪口だった。

 お人好しで、大した仕事もできなくて、どうせ上司のウケも悪くて出世できない。

 でも、それは真実だったのだろうか?

 だったらどうして2人は結婚したのだろう?

 お祖父ちゃんの力を借りて偉くなりたかったから?

 梨恵が心から同意できるのは『お人好し』の部分だけ。母は不満だったようだが、それは裏返してみれば、父が誰に対しても優しいことが気に入らなかったのではないか。

「……ちゃん、梨恵ちゃん?」

「あ、ごめん、なぁに?」

「どうしたの、ぼんやりしちゃって。早く食べないと冷めちゃうわよ」

 気がついたら目の前に夕食が置かれていた。

 いただきまーす、と梨恵が箸を持った時に、秀美が突然言った。

「ねぇ。明日、たまにはお出かけしてきたら? 慧と2人で」

「え……?」

 梨恵は思わず動きを止めてしまった。

「何言ってんだよ……日曜日に俺がいないなんて……」

「あんたは黙ってなさい」

 秀美はぴしゃり、と息子の口を封じると、

「そうね。福山に行って映画でも観て、美味しいものを食べて、それから……お買い物をするのはどう? ねぇ、素敵なデートプランじゃない!!」

「で、デート?!」

「決まりね! お店のことは何も気にしないで言いから、ゆっくりしていらっしゃい」

 たまには映画も観たかったし、買い物もしたかった。

 梨恵は素直に喜んだ。

 それに、この機会だから慧に思い切って訊ねてみよう。

 昨日のあれはなんだったのかを。


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